20.私は、お菓子を作り差し入れをする
「これくらいですかね」
「ああ、いい頃合いだ。高温だから気をつけなさい」
「はい。よっ」
そこには型からふっくらと盛り上がっている焼き菓子、マドレーヌがどっしりとした鉄板の上に陳列されていた。
「少し温度が下がるのを待って型から外したほうがいいね」
「そうですね」
「あっちは冷めたようだから、先に篭にいれておこうか。しかし聖女様がお菓子を作るとはね!」
フランネルさんのお屋敷の料理を担当しているモーナさんは、驚いたさと言うとガハハと吹き出しをつけたいほど豪快に笑った。
「急にすみませんでした。昨日、騎士団の人達に多分、迷惑をかけたので。やっぱり謝ろうと決めたけど手ぶらで行くのもと思っていたので」
お昼過ぎに鍵を二回閉めた後に戻れば、今日は食べても大丈夫なんですねとメイドさんが用意してくれたクッキーを見て、作るのもよいかもと思い調理場に勇気を出してお願いしに行ったのだ。
「つまみやすい大きさだし良い案だよ」
「そう…ですかね」
「なんだいその顔は! 喜ぶにきまっているさ!」
なんとなく女の人はお上品が当たり前なように感じていたので、モーナさんみたいな飾り気のない人に会えてちょっと嬉しかった。
「あの、よかったら、お屋敷の皆さんにも」
私は先に作り冷めたスティック状のチーズと細かくした薫製のお肉をまぶしたパイもどきをモーナさんに渡した。
「いいのかい? 実は、とても気になっていたんだ。だけど差し入れで作ったんだろう?」
「はい。でも沢山焼いたので。ただ材料は頂いた物で申し訳ないですが」
こんなのでしかお礼を表せなくて。
「ありがとうよ。皆、喜ぶさ」
優しそうな緑の目を細め私の背中を軽く、いや、私にとっては痛いけど、本人はきっとスキンシップなんだと思う。その証拠に髪が入らないようにしていた布を頭から外せば、頭を強く撫でてくれた。
なんか子供扱いが恥ずかしくて、マドレーヌの型を抜く準備をしながら伝えた。
「マドレーヌも食べてみて下さい」
「ああ!勿論だとも!」
私は、久しぶりに自然に笑えていたと思う。
* * *
「えっ! 嬢ちゃんは」
「度々、突然すみません」
いきなり転移して室内になんて失礼かなと思ったけど、フローラさんにそれとなく外出を伝えてみれば、馬車を用意すると言われて、なんだか大事になりそうなので、安易な転移を選んだ。
『帰る時 呼んで それまで 離れる』
蝶々さんは、すぐに何処かに避難してしまった。一人だとなんか緊張するな。そういえばと、大きな机のほうに目をむければ、主はいない。
「団長は書庫に行ってますよ。呼びましょうか?」
穏やかな声に振り向けば、背の高い金髪で薄い茶色の目の人が本や紙の束を持って立っていた。
「ああ、失礼。ライナスと申します」
副団長という雑用係ですと自己紹介をされた。副団長さんってもっと偉そうな人を想像していただけに拍子抜けした。目の前の人も私の様子に気づいたのか、ちょっと笑った。
「怪我は大丈夫ですか? 団長の腕なら問題ないとは思いますが」
「あ、はい。もう治ってます」
「よかった。訓練場での傷も?」
「…はい」
あれは、多分蝶々さんかなぁ。そういえば、最初から見たくないようなシーンを騎士団の人にみせたり、迷惑極まりないよね。
「あの、迷惑をお掛けしたお詫びに。よかったら夜食にでもしてもらえたら…え?」
副団長さんに差し出した篭に誰かの手が伸びてスティックパイをつかんでいった。
「ダン、お前は」
「うまっ」
ダンと呼ばれたとても大きい人は口の中がいっぱいみたいで、ほっぺたがふくらんでいる。それを見て、この人、私が踏み台にした人だと気がついた。お礼をと口を開いたけど、先に声を出したのはダンさんだった。
スティックパイを飲み込んだ後、手のパイの欠片をはたきながら聞かれた。
「聖女さんは、生きたくないのか? 俺は、聖女さんが団長の嫁になるのに全額賭けてるんだが」
思わず手を放してしまった篭は、副団長さんがキャッチしてくれた。でも、それさえ気がつかなかった。
生きたいかはなんとなく質問としてわかる。ただ次のは。
「今、嫁って言いましたか?」
誰が? 言葉に出してないのに、ダンさんは私を指差して言い切った。
「聖女さんに決まってるだろ」
「私?!」
「そうだ。俺は、全額かけてるんだぜ!」
自信満々な見た目は渋いカッコ良さを持つダンさんのはしゃぎっぷりを見て、ここ騎士団だよねと不安になる。その時、更に不安要素が。
「賭け事は禁止だ。それに何が決まっていると?」
三人と他、室内にいた人達は第三者の声に固まった。
「お前達、よっぽど暇しているようだな」
絶対零度とは、このような状態をさすのではないかと柊は思った。
読んで下さりありがとうございます。
なかなか終わらない…進まない…。