17.私は、飛んでみたくなる
「…蝶々さん?」
借りている部屋のベッドに誰かが寝かしてくれた状態で呼べば柔らかい光が現れ鼻先で浮いている。
触れようと手を近づければ腕に巻かれた白い包帯のようなものと、同時に少し痛みを感じた。
私は、手の行き先を変更し両手で顔を覆った。夕方の自分の発した言葉の数々を思い出した。
「私、ダメダメじゃん」
話すつもりじゃなかった。約束が終わったら、いつの間にか消えていた。旅にでもでたのか? なんて流れのはずだったのに。
チャリ
手をそのまま大の字に伸ばせば左手が何かに触れた。掴んで目元の近くでそっと開いてみた。
「これ、言ってた部屋のだよね」
鈍い金色の太めのチェーンには、鎖と同じ色に緑色の石がついた葉のレリーフの小さな鍵。蝶々さんの黄色い灯りできらりと光る。
「…綺麗」
痛くないほうの腕に力をいれ、ゆっくり起きた。鍵のついた鎖を首にかければ、少し長い。
『ヒイラギ 弱ってる 飛ぶ鍵閉める 無理』
「うん。流石にわかってる」
あのお城とは違う、でも可愛らしい窓に触れたら冷たい。そっと押してみれば小さな音をたて開いた。
冷たい空気に包まれて寒いくらいなのに、とても気持ちがいい。お城でも、このお屋敷にきてからも夜空を眺めるなんて事はしなかった。
数歩出てみると空は星がいっぱいで賑やかだ。月はないのかな?
あまりの星の数と空の広さになんだか足場があやふやになる。
「私、転移の時の浮遊感好きなんだよね」
空を飛んでるみたいで。実際は数センチ浮いているくらいなんだろうけど。
『飛ぶ 少し 浮く できるよ』
「えっ!」
返事をする前に体が軽く感じて。私は、行儀が悪いのもここが3階なのも忘れてバルコニーの手すりに立ってみた。
ポニーテールの髪はほどかれていて弱い風になびいている。
足を縁から離し上に──。
「何処へ行く」
夜の空中散歩は、お腹と肩に回された何かによって阻まれたと同時に蝶々さんが目の前から消えた。
もうこの腕が誰なのか分かる。フランネルさんだ。逃げ出すつもりも鍵をかける為でもないのに。
どんな顔して振り向けばいいの?
少し経ったはずなのに掴まれた肩は、お腹にある腕はそのままで背後から強く抱きしめられた。
「貴方は、前触れもなくいなくなる」
かろうじて聞き取れた声は、いつもの冷たい口調じゃなかった。私の髪と銀色の髪が風で絡み合うのが視界に入った。
「あの時…剣を乱暴に扱ってすみませんでした。あと他にも色々」
やっと謝れた。
誓いはともかく剣は騎士という職業ではとても大事な物だとフローラさんが言っていたからというか、分かりきっていたのに素直になれなかった。
ため息が思った以上に近くで聞こえ身体が動いてしまった。
「逃げはしないのはわかったが、何をしようとしていた?」
信じてくれるの?
「空を」
「空が何だ」
「飛んでみたかったから」
「……そうか」
重いんだけど。
自分の頭に頭が乗ってるような。それにため息をまたついている。
「まだ夜中だ。明日話そう」
やっと身体が解放されたと思えば、手を掴まれベッドに誘導され寝かされた。
暖かいぬくもりと軽く繋がれた大きな手の先には長い銀色の髪と広い背中。眠れなくても横になるよう念をおしフランネルさんは部屋を出ていった。
なかなか寝つけなくて、やっと寝た時にはもう空は明るくなっていた。