16.私の急ぐ理由
「仕事の邪魔してすみません! すぐ消えますから! ってイダッ」
目の前のあまりの圧に腕で顔を庇えば、その腕を掴まれ思わず痛みに声をだしてしまった。
「一人鍵をかけに行ったのか? 何故、無駄に命を削る?」
…無駄?
「何が…貴方に何がわかるっていうの?」
腕の断続的に続く痛さよりも、この目の前の人のたった一言で怒りのが勝った。
「同じ顔で双子なのに妹だけ苦しくて辛い思いをしなくちゃいけない。効果が見込めないけど、もしかしたらという希望で薬を試してガッカリする負のループ」
何よりも。
「代わってあげたくてもできなかった! ならせめて半分でも痛いのを辛いのを引き受けたいって! だけど看てるだけしかできない。毎日確実に目に生きる気がなくなっていく様子を!」
言いたくても言えない言葉。
「頑張ってる人に頑張れって言えない! かといってもう楽になっていいよとも!」
だから蝶々さんと会ったのは奇跡だった。
「今度は私が返す番。でも」
今になって床に滴る赤い血や服から溶けて水になった滴が染みをつくっているのに気がついた。急に話が途切れたからか。
「ヒイラギ?」
緋色マントさんは、戸惑うような声に変わった。
「鍵を閉めると私の記憶は曖昧になる。大事な思い出が。だから…早く終わらせたい」
私に六花のような辛い痛い苦しみはない。だけど、私にとって辛いのは、思い出が記憶が消えること。
私が私じゃなくなるようで。
「フランネルさんが言った言葉は当たりです」
今、私の表情はきっと泣き顔ではなく笑顔だ。
「全ての鍵を閉めれば私は消える」
ただ、これは私の問題だ。
「貴方に関係ないでしょう?」
私の身体は浮いた。
どうやら蝶々さんが来てくれたらしい。
「床、汚してすみませんでした」
お辞儀をしたのが最後の記憶。
次に目を覚ましたのは、真夜中だった。