11.私は、死より怖いものがある
「引っ越しかぁ。あの緋色マントさん家に」
王様とお話して、緋色マントさんとひと悶着というか、私の一方的なこだわりのせいで仲は最悪だ。間に入ってくれたもう一人の護衛騎士さんは、まさかの女の人で緋色マントさんの妹さんだった。
とりあえず、これから鍵をかける作業で何回も転移するとなると警備する側も困るらしいので落ち着いた安全な場所はと話がいき、あまり気が進まないお家へと移動が決定した。
そして先に退出した私は、数歩先にいる騎士さんに謝った。
「ごめんなさい。突然お願いして」
部屋まで送ると緋色マントさんに言われたが嫌で、とっさに室内の扉近くにいる騎士さんに駆け寄りお願いしたのだ。
「とんでもない。面白いものも見れましたし」
楽しそうに笑う騎士さんは、なにやら世慣れしているような人だった。私は、前を歩く濃い金髪の頭を見ながら人選を間違えたかと冷や汗がでる。
「まあフランが怒るのも無理もない」
「……」
叱られたわけではないけど、それだけにチクリとどこかが痛む。
騎士さんは、何も言わない私をちらりと見て、また歩み始めた。
「余計な事言ってごめんね。ただ、あいつとは長い付き合いだから、悪い奴じゃないのは保証するよ」
借りている部屋の前まで送ってくれた騎士さんは、そう言うと私の頭をポンポンした後、別人のような華麗な礼をし去っていった。
「なんか、とっても疲れた」
消えてしまった蝶々さんを呼んでみようと思っていたのにベッドにダイブした直後、爆睡した。
* * *
「お腹一杯」
ご飯も食べず熟睡した私は、朝からモリモリ食べお腹が苦しい。
「そう遠くないのですが、気分が悪くなりそうでしたら遠慮せず早めに仰って下さい」
「はい。ありがとうございます」
フローラさんと馬車の中、向かい合わせで移動している私は、なんとも居心地の悪さを感じていた。
私は、一見フレンドリーだけど実は人付き合いは苦手なのだ。しかもこちらの人は、表情がわかりづらいというか、きっと顔の造りとか私が単に馴染まないからかもしれない。
ガタゴト揺れる中、ふと思う。
何でこんな綺麗な人を男の人と勘違いしたんだろう? 気を遣ってか外に目を向けてたフローラさんを盗み見た。
ショートカットよりは少し長いストレートなきれいな金髪で、瞳はあの緋色マントさんと同じ色。
耳元のピアスの透明な小さな石が朝日と動く振動で揺れて光っている。制服姿のフローラさんは、中性的で綺麗。
何であの緋色マントさんの事まで思い出したのかな。
* * *
「どうぞ。私は、宿舎にいて兄も普段は寝に帰るくらいだと思うので行き届いてないかもしれませんが、ご容赦下さい」
「えっ、いえ。ご迷惑をかけるのは私なので。えっと。お邪魔します」
踏み込んだ先は、家ではなくお屋敷だった。
「兄は、夕刻前には帰宅すると思いますので。その際に改めて家の者達を紹介します」
案内された部屋は、薄いグリーンで統一されていた。私の好きな色。偶然だろうけど嬉しい。
開閉できる大きな窓の先は椅子が置かれていて、座ったら気持ち良さそう。
「兄と交代するまで屋敷におりますが何かご質問はありますか?」
扉に立つフローラさんに聞かれたので、お願いしてみた。
「蝶々さんと暫く話したいのと、また眠りたいので一人にしてもらえますか? 今日は、お昼は自分で下に降り食堂、食事をする場所を教えてもらえれば時間に行きます」
探るような視線をもらったので、付け加えた。
「蝶々さんは、人が沢山いる場所は嫌みたいで。あと、蝶々さんと約束しているので逃げませんから」
別の世界から来て、もう帰る術はないと呟けば、その綺麗な顔に同情心がみてとれた。
「──わかりました」
ドアが閉められても、なんとなく、まだその場にフローラさんがいそうな気がして、出来るだけ扉から離れたくて。結局お風呂場まで移動し蝶々さんを呼べば、すぐに黄色い光が現れた。
「蝶々さん。さっそく始めよう」
私は、ソファーにも気持ち良さそうな椅子にも座ることなく、行動を開始した。
* * *
「あーしんどい。1日何回、5回が限界かな」
夕闇のせまる薄暗い部屋の中、やっとベッドに転がり休憩した。
『場所により 力 違う』
ふわりと近くにきた蝶々さんが教えてくれた。私は、もう1つ聞きたくないけど、避けては通れない質問をした。
「蝶々さんは、私の思い出が鍵になるって言うけど、それは鍵にしたら私の中から消えていくって事かな。なんか、覚えているけど、前よりぼんやりと曖昧な気がして。昔、六花と弾いたヴァイオリンの記憶とか」
手を伸ばせば、蝶々さんが手乗り文鳥みたいに着地してきた。ほっこりする仕草とは違い返された言葉は残酷だった。
『そう 思い出 鍵になる ヒイラギの中から消える でも 少し残る ぼんやりと』
ぼんやりって曖昧だな。
フローラさんに聞かれたのを思い出した。
『服はこれだけで本当によいのですか?』
『はい。華美なのもいりません』
私は、数着だけ必要最低限をお願いした。
だって。
「ねぇ、蝶々さん。私のリミットはあと少しでしょ?」
私の残りは少ない。
でも、それよりも記憶が、思い出が褪せていくほうが数倍辛いよ。涙が溢れそうになり蝶々さんにすら見せたくなくて腕で目を覆った。
嫌だよ。
忘れたくない。
──六花、元気かな。