10.フランネルの怒り
魔力の保持量が多い者ほど敏感に感じとる。よい力もその逆も。
「凄いですね」
「だが、何をするつもりなのか」
「確かに。古い搭だけど特別何かを感じた事もなかったし」
私は、部下達と街の外れに位置する場、高い塀よりまた上にある見張り台として使用している場を見上げていた。
何か力が働いているであろう楽器からでる音は軽やかな音色を作り、恐らく城まで届いているに違いないほどの音量だ。
「音もそうだけど、絵になるねぇ」
「あのマント団長より似合って見えるな」
夕暮れになりかけた空の下、黒い髪を風で遊ばせ赤く長い布をはためかせながら楽器を奏でる娘は、どこか現実とはかけ離れてみえる。
不本意ながら自分も部下達と同じように見惚れたが、すぐに我に返り指示を出す。
「怪我をさせないよう捕獲する。3名は塀の外に待機。残りは内側に。街から離れてはいるが、万が一力の暴走で被害がないとは言えまい。周囲に人が来ないよう見張れ。また避難をさせろ。ライナス! 私の代わりに指揮をとれ。ノット、お前は私と来い」
「「「ハッ」」」
気配を消し塔の頂上へ着けば音は止み、娘は何かを掴み真下へ突き刺していた。
「力の放流が凄い。しかも吹き出しているのは何だ!?」
「わからない。ただ、とても禍々しい」
ノットは、訓練場にいなかったからか、この力を目の当たりにし恐れと興奮を隠しきれない。
私は、それよりも娘の様子を、表情を観察していた。鍵のようにも見える長いそれを持ちながら、なにやら慌てているようだ。黄色い素も落ち着かず飛び回っている。
差し込まれた先を見れば禍々しいそれが抑えられたのも一瞬で徐々に涌き出てきている。
仕方なく歩みを進めた。
「団長!」
「そこにいろ。万が一飲み込まれそうになったら私に構わず狙い放て」
娘には悪いが国の民に被害はださせない。
強い風を生み出している中心、娘の持つ棒に触れ力を入れる。
「手を止めるな」
今になり私に気づいた娘が目を見開き見上げたが、早く済ませろと目で威圧すれば。
「ありがとうございます! せーの!」
力の抜ける掛け声と共に、赤い禍々しい物は消え失せどうやら成功したようだった。
「団長!あれ!」
その直後、現れたものがあった。
ノットが指差す先には。
古代魔法の陣
そして鍵を全部かけるのかと言う娘の呟き。
この娘は、やはり聖女なのか?
認めざるをえない気になってきている自分がいた。
…なんだ?
娘は私に顔を向け拒否を示した。
* * *
「何故、私も呼ばれたのか」
娘を部屋まで送り届け、その際に勝手に出るなと三回は言っただろうか。
汗を素早く流し、礼服を再度着なおし、執務室の椅子の背に体を預けた。
彼女も今頃陛下と会う為に着つけられているだろう。
「探してくれてありがとうございました」
背を向けたままの娘から発せられた小さな声を拾った。子供が悪い事をした後に謝るような言い方につい笑いそうになった。
被せ握った手は華奢で。抱えた体は薄いのに柔らかい。
「だが、あの目」
強いそして暗さを伴う娘らしさがない瞳。
「私は、平穏に日々を送りたい」
だだ、それだけだ。
* * *
「最後の聖女の護衛を命ずる」
私の願いは消えた。それに縁ができたとはどうすればよいのか。私は簡単に転移などできない。そもそも帰還し、暫く休めと仰ったのは陛下ではないのか?
だが、命令は絶対である。
娘の前に膝をおとし私の剣を差し出せば。
「命をかける護衛なんていらない」
見下ろす娘の体からは、怒りを露にし赤い炎が吹き出していた。
小娘が。
また私の身体からも抑えるのをやめた殺気と青い光が滲み出す。
「見苦しい」
攻めぎあう魔力の拮抗を破ったのは、同じく護衛に任命された私の妹のフローラだった。