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梅雨

あじさい

作者: 奥野鷹弘

 柩の中に眠るまだ若すぎる男性は、今まで休めなかった肩の荷を下ろすように安らかに目を閉じていた。


 梅雨のじめりとした空気は、見送りに来ている人たちの胸を苦しめるかのように漂っている。庭先に咲いてるガクアジサイの葉は湿気のあまりに水滴を、涙のようにこぼす。


 まるで太陽のような存在だった男性。まるで月のような存在だった男性。人のために明るく強く引っ張っていき、人の力をもらった必死にもがき続けた男性。もともとの青白さに追い打ちをかけるように、血の気がないながら、あまりにも自然に眠るその姿。



 この男性の死因がわかれば、きっと報われるんだろうと群がる近隣住人のひとたち。目を光らせておこぼれを今かと狙っている、野良猫。たった一回の挨拶だけで知り合い関係になっている、くちばしを光らせたカラス。哀しむ顔なら人一倍うまい、芸達者な業界者。家族でありがらも現在の状況を呑み込めない、絆の浅さ。その事柄を淡々としたっている感覚でいる、ワタシたち。



 ここでひとつ、そこで眠る男性の最期の言葉を聴いた者はいない。

 いや、『いない』ではない。実はみな、最期の言葉を思い出せないのだ。男性と会ったのがいつだったか、それすらも覚えていないのだ。この男性と何か関係が少しでも会ったのは覚えている。だが、あまりにもその男性を自然に扱い過ぎて、当たり前に過ぎて覚えていないのだ。


 だから、わかるはずが無かった。この男性の本当の気持ちや本当の姿。この男性がどのような気持ちを持ちみなと接してきたのか、過ごしてきたのか…。今ではもう、聴くことさえ出来ない…




 棺に眠るまだ若すぎる男性は、今まで休めなかった分を休むかのように安らかに寝ていた。それでもなおその気持ちをわからない人たちが、いろんな思想を渦巻きさせながら花を敷き詰めていく。ハンカチで顔を拭っているくせにそこからすり抜けて落ちる涙があって、男性の顔を濡らす。



 男性の心情を少しだけ明かすとするならば、破って捨てた塵となった遺書にある。

『だからじぶんがキライなんだ じぶんにたいして「よくがんばった」 そういってほしい』

 男性はそう書き残そうとしていた、だけど遺さなかった。いや、わからない。その時は身投げのつもりだったが、今回は違うからだ。




 空に漂う黒い雲が男性の周りを雨で濡らしていく。

 強い雨と思われる粒は、ガクアジサイの花に強くぶつかった。

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