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銃と魔法と臆病な賞金首5  作者: 雪方麻耶
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刹那がもたらしたもの

「冗談じゃないっ。グニーエが運命を歪めさせたというのなら、歪めさせた原因そのものを消滅させてやるっ。俺のおかげでトートゥが精製できるようになっただと? 俺の魔力を利用するだと? なら、もっとくれてやるっ」


 光来は床に手を付き、一心に念じた。柱の陰になっているので、タバサからは見えない。

 彼の者。もう一度俺に力を貸せっ! 俺の魔力とやらに反応しろっ!


「おおおおお……」

「む、なんだ?」


 タバサからは死角になって光来がなにをしているか見えなかったが、魔法の変化は敏感に感じ取った。


「安定していた魔法が揺らいでいる?」


 タバサは、柱の向こうで光来が行っていることを察して恐怖に駆られた。


「キーラッ、きさま魔法を書き換えているのかっ!」


 光来の身を晒そうと、タバサは柱にツェアシュテールングを撃ち込もうと構えた。その時、横から絞り出すような枯れた声がした。


「や、め、ろ……」

「!」


 驚愕で見開かれたタバサの瞳に、さらに信じられない光景が飛び込んだ。

 グニーエが、車椅子から立ち上がろうとしている。全身を震わせながら、肘掛けを両手で掴んで踏ん張っていた。


「……だめ、だ。あの魔法は、二度と使っては……いけない」


 苦悶の表情を浮かべ、ついにグニーエが立ち上がった。


「おお…、おおおっ!」


 タバサは打ち震えた。表情を浮かべるということは、すなわち思考能力が戻っていることに他ならない。今のグニーエは、見て、考えて、苦しむことができる。


「時は来たっ! ワタシの人生を捧げるに値する瞬間だっ!」


 タバサは叫びながら銃を弾いた。

 弾丸が命中した柱に、スチールグレイの魔法陣が生じ、瞬く間に拡がりまばゆいシルバーに輝いた。魔法陣が砕け散ると同時に、その中心からビシッと亀裂が入った。直径が二メートルはある柱が、液体窒素で凍らせたバラのように砕けて落ちた。

 光来の姿が顕になった。手を付いている部分の魔法陣が、輝きを鈍らせていた。


「愚か者がっ! これだけ膨大なエネルギーを要する魔法に余計な力を加えたらどうなるかっ!」


 タバサは、叫びながら光来に突進した。


「近づくんじゃないっ!」


 光来は、タバサに向けて一撃放った。

 タバサは、黒い軌跡を描く凶悪な弾丸をギリギリでかわした。

 弾丸には当たらなかったものの、光来の行動にタバサは心臓を掴まれるほどの恐怖を植え付けられた。

 ただでさえ、魔法の精製には並々ならぬ集中力が必要なのに、この男は書き換えるのみならず反撃までしてきた。魔力は自分より上回っていると思っていた。しかし、上回っているどころではないのか? 予想を遥かに凌駕するほどの力を持っているのか? もしかして、この男は、復讐とは関係なしにこの世界から消してしまわなくてはならない存在ではないのではないか?


「キーラ・キッド!」

「タバサ・ハルト!」


 光来はつま先で思い切り床を蹴り、向かってくるタバサに突っ込んだ。


「おもしろいっ! 白兵戦でもやろうというのかっ⁉」


 二人の距離は瞬く間に縮まった。銃同士がぶつかるほど、超至近距離から発砲した。

 耳を劈く銃声と鼻を刺激する火薬の匂い。こめかみが削ぎ取られたかと思うほどの衝撃。だが、互いに身を捻りながらの発砲だったので、かろうじてかわすことができた。

 逸れた弾丸は黒い靄が軌跡を描き、壁を穿った。魔法陣は生じたが、なんの効果も発揮しなかった。


「この魔法だ。死を司る禁忌の魔法。グニーエへの憎しみではなく、おまえから与えられた絶望ゆえに手に入るとはっ!」

「いちいちうるさいぞっ! そんなに空っぽになったなら、おとなしく一人でいじけてろっ!」


 銃のバレルが刀剣のように交わり、 鍔迫り合いとなった。互いの顔が、視野いっぱいに埋まるほど接近した。


「……その目。どんなに追い詰められても、ちっぽけな火種がどうしても消せない。だから、おまえを恐れたし、憎悪もこれ以上ないくらい深くなったし、許すことなどできなくなった」


 言葉は時として心を抉り傷つける凶器となるが、この時の光来には、タバサの恨み言など届かなかった。


「許せないのは俺の方だ。おまえが精製したトートゥが俺の友の命を奪ったっ!」


 擦れあっていたバレルが拗れ、ギャリッと音を立てて離れた。


「うあっ!」

「おうっ!」


 離れたと同時に引鉄を引いた。またしても超至近距離から放たれた弾丸が、紙一重でかすめていった。

 磁石の同極を合わせたように、二人は後ろに飛び距離を取った。


「さっき、おまえだけがこっちの世界に飛ばされたか考えたかと問うたが、その答えをワタシがくれてやる。おまえはワタシの復讐を完成させるために飛ばされたんだよっ!」


 タバサは、素早く光来の懐に潜り込み、ベルトからナイフを抜いた。


「うっ⁉」


 光来は突き出していた腕で縮めてルシフェルの銃口を向けようとしたが、タバサの流れるような振りで、すでに魔法の刃が喉元まで迫っていた。


「遅いっ! その銃ごと喉を一直線に切り裂いてやるっ!」

「おおっ!」


 光来の闘争が宿ったかの如く、ルシフェルから発していた黒い靄が一層深くなった。

 なんだ? と思う間もなく、ルシフェルのバレルから黒い光の束が噴き出し、刃を形成した。


「なにっ?」


 タバサは驚愕したが、勢いのついた腕が急に止められるはずもなかった。黒い刃に受け流され、態勢を崩した。


「うおおっ!」


 光来は、足を突き出すように蹴りを放った。格闘技でいうところの前蹴りだ。無我夢中で放ったため、どの部位を狙ったとかではなかった。ただ、タバサがよろけて隙ができたから放っただけだった。

 光来自身も無理な態勢から放った蹴りだったので、大した威力はなかった。しかし、タバサは飛ばされ転倒した。その一瞬を光来は見逃さなかった。

 触れられるほどしか離れていなかったが、光来はグリップを両手でしっかり固定し、ルシフェルをタバサの額に合わせた。


「終わりだっ! 終わらせてやるっ!」

「そんな仕掛けが……。その銃を造った奴は、ずいぶんと酔狂らしいな」


 光来は、己の怒りが乗り移り、漆黒の鎧を纏ったルシフェルに焔を吐き出させんと引鉄を絞った。銃口に死を象徴する不気味な魔法陣が拡がった。

 それでも、タバサは光来の目を見据えて逸らさなかった。視線で刺殺してやると言っているような鋭さだったが、光来の気迫はそれをがっしりと受け止めた。


「この銃を造ったのは、最高のガンスミスの燻り続けた希求で、俺をここまで導いたのは一人の少女の執念だ。おまえらは過去に殺されるんだ。これまでおまえらがしてきた報いを受ける時だっ!」 


 バンッと弾け飛ばんばかりに、いきなり扉が開いた。

 ぶつかり合い、絡まっていた視線が同時に逸れた。


「グニーエェッ!」


 広間全体に響き渡る怒号と共に飛び込んできたのは、リムだった。

 リムは一瞬だけ視線を走らせ、光来と目が合った。瞬時に状況を理解したようだった。

 そして、今こそがグニーエ・ハルトを討つ時だと判断したに違いない。デュシスを抜いて、グニーエに突進した。

 しかし、リムはひとつ見逃していた。倒れていたタバサの持つ銃が、偶然にもリムの方を向いていたことを。

 タバサの口元の歪みで、光来は恐ろしい事態になっていることを悟った。リムはグニーエに向かって一直線に駆けている。光来には、タバサの銃の銃口とリムが直線上で結ばれた瞬間が、ひどくゆっくりとした動きに映った。まるで動画のスロー再生を見ているような感じだった。


「リムッ!」


 光来は、引鉄を引くと同時に身を踊らせていた。大きく逸れたパスを強引にヘディングシュートで打つみたく、身体を宙に浮かせタバサの銃の前に飛び込んだ。


「うぐっ!」


 苦痛の声を発したのは、光来の方だった。光来が撃った弾丸は、タバサの頭部を僅かに逸れて床に魔法陣を描いていた。

 一方、タバサが放った一撃は、光来の心臓の位置をしっかりと捉えていた。タバサが狙ったのはリムだったが、光来がその凶弾を胸で受けたのだ。

 真っ黒い魔法陣が拡がり、砕け散った。


「うああ……」


 光来は、貫かれたような衝撃に身を悶えさせた。そして、自分の胸元で繰り広げられている光景が信じられなかった。


 死を司る魔法。

 俺が初めて使った魔法。

 ズィービッシュの命を奪った魔法。

 死んだ人間を生き返らせることなどできない……。

 不意に全身から力が抜け、ルシフェルを握ることさえ叶わなくなった。

 ゴトンと重々しい音を立てて、光来の手からルシフェルがこぼれ落ちた。

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