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銃と魔法と臆病な賞金首5  作者: 雪方麻耶
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ワルキューレ

 ハング・ヴォガードは、これ以上ないくらいに腹筋に力を込めていた。そうしないと、体内に残っている僅かな気力さえ抜け出してしまいそうだった。

 どうやら、ホールを固めていた連中は、全員やられてしまったようだ。

 こんな仕事引き受けるんじゃなかった……

 猛烈な後悔が、汗とともに滲み出た。賃金がよかったから呼び掛けに応じた用心棒だったが、こんなにも危険な状況になるなどとは考えてもいなかった。

 第一、言われていたのは、キーラ・キッドという賞金首を、殺さずにグニーエとタバサの元に連れていくという内容だったはずだ。それなのに、攻め込んできた連中は、この屋敷内にキーラ・キッドが隠れているような言い方をしている。

 なにがどうなっているのか、どっちの言っていることが正しいのか、わけが分からなかった。

こっちに残っているのは、この居間に集まった十三人だけだ。

 テーブルや椅子を掻き集めてバリケードにしているが、気休め程度だ。魔法の前では紙で作った盾に等しい。

 ハングが逃げ出さずにこの場に留まっていられるのは、仕事に対する責任と、自分にはこんなことしかできないという諦念と、傍らに置いてある大量の弾丸があればこそだった。

 あらゆるタイプの攻撃型魔法が詰め込まれた弾丸が、これでもかというくらい用意されている。

 これだけの魔法を揃えられるなんて、いったい、タバサ・ハルトとはどんな人物なのだ?

 扉の向こうが騒がしくなった。 

 ハングは身を固くし、思考を停止させた。前方に神経を集中させる。


「…………」


 いる。扉の向こう側に殺気を孕んだ黒い塊の存在を感じる。


「おまえらっ! 構えろっ! 来るぞっ!」


 ハングの掛け声と共に、残っていた用心棒の群れが一斉に銃口を扉に向けた。

「向こうが何人残っていようと、入口はあの扉しかねえ。少しでも開いたら、弾丸のシャワーを浴びせてやれ」

 ハングの指示に返答をする者はいなかった。すでに全員、緊張の面持ちで戦闘態勢に入っている。

 僅かな物音一つ立てることさえ憚られる、張り詰めた空気が充満した。一秒、二秒と無音の時が流れる。その進行はハングの精神を弄ぶように遅かった。


「…………?」


 ハングが、来ないのか? と少しだけ緊張を解いた時だった。

 立て続けに銃声が鳴った直後に、壁が轟音を伴って爆破された。


「うおおっ⁉」


 その衝撃は凄まじく、砕けた壁の欠片がハングの所まで弾け飛んできた。横にしていたテーブルの天板を直撃し、ゴッと嫌な音が響いた。即席の盾で防御していなければ、散弾と化した欠片でやられていたかも知れなかった。

 雪崩のような衝撃が止んだ。とっさに身体を丸めてテーブルの陰にすっぽり隠れたハングが、そぉっと様子を伺った。

 ただの偶然だろうが、扉だけを残して、壁一面が消失していた。

 何事もなかったように一枚だけ取り残された扉は、できの悪い冗談にしか見えなかった。だから、ハングは思わず口にしていた。


「……冗談だろ」


 舞い上がっていた土煙が薄れていくにつれ、襲撃者の全容が明らかになっていった。

 ハングは、悪い冗談にさらに笑えない戯れ言をかまされた気分になり、目を見開いた。

 土煙の向こうから姿を見せたのは、少女だった。一人の少女が銃を片手に仁王立ちしている。

少女の後ろには、七〜八人の荒ぶった男たちが控えていたが、 少女に目を奪われた後では、ただの背景にしか映らなかった。

 ハングは、まだ十代とみられる少女の視線にまともに受けて、射すくめられた。しかし、それを恥とは思わなかった。思える余裕がなかった。

 まるで炎を全身にまとっているが如く気迫の前に、完全に飲み込まれ、身体は硬直すらしてしまった。

 ……あれが、キーラ・キッド? いや、しかし、キーラは男のはずだ。あの憎悪の化身のような少女はなんなのだ? なにを心に飼えば、あそこまで憤怒の炎を吹き出せるのだ。あれではまるで、異形の鬼ではないか。


「野郎っ!」


 ハングの横にいた男が、テーブルを台座にして銃を構えた。

 その表情には怯えが覗われ、明らかに怖れから逃れたい一心の先走った行動だった。


「待てっ!」


 ハングは制止したが、もう遅かった。

 少女は、躊躇いもせずに一撃を放った。無駄のない綺麗なフォームで、ただ闇雲に銃を吠えさせ、その反動に振り回されている銃使いとは一線を画していた。

 放たれた弾丸は、テーブルの天板でオレンジレッドの魔法陣を描いた。


「おいっ! 嘘だろっ!」


 ハングの悲鳴は、耳を劈く爆音に掻き消された。

 圧倒的な力で宙に投げ出されたハングは、なすがままに任せるしかなかった。乱暴な浮遊感の後に、床に強かに打ちつけられた。


「うう……」


 呻き声を漏らしながら再び目を開いた時には、今さっきまで自分が身を隠していた場所は、悲惨なことになっていた。

 屈強が売りの用心棒たちが、血を流し気を失っている。今の一撃で、四人は使い物にならなくなった。

 ハングにしても、打撲の他にも小さな木片があちこちに刺さり、身体中がズキズキと痛んだ。気を失わなかったのは、運がよかったからに過ぎない。いや、運が悪かったからか。

 痛む頭で必死に思考を回転させた。

 いくら敵対しているからと言っても、なんの躊躇もなく相手に爆撃を加えるなんて、もう少女だなんて言ってられない。あれは、いくつもの修羅場を掻い潜ってきた戦士だ。金で雇われ、銃をちらつかせるだけで相手を黙らせてきた俺たちとは格が違う。


「わああああっ!」


 パニックに陥った者たちが、一斉に銃撃を開始した。


「やるかっ!」

「おうっ!」


 呼応するかのように、少女の存在感に隠れ背景と化していた襲撃者の群れは、帆布から躍り出て攻撃態勢に入った。

 賞金首狙いの荒くれ者たちは、飛び交う弾丸をものともせず突っ込んできた。

 ハングの側は、テーブルを盾にしている陣形が、守りを固めているのだと思い込む要素となり、誰一人前に出る者はいなかった。

 先程まで頼りにしていた弾丸の山は、爆発により床に散乱してしまい、必死に掻き集める仲間たちの姿は、ひどく滑稽に見えた。

 瞬く間に距離は意味をなくし、互いに至近距離での発砲、ナイフによる応酬、中には己の拳で殴り掛かっている者まで見られ、魔法の有利不利など関係なくなってしまっていた。

 なにもかもが乱れ雑じる中で、ハングは少女から目が離せないでいた。

 まるで、あらかじめ用意されていた振付でも舞うように動きに淀みがない。躊躇いもなく迷いもなく情けもない。目の前に確かにあるのに決して掴めない焔の如く、ただただ激しく揺らめいているだけだ。見ようによっては、ある種異様な色気さえ感じさせる。近づく者を確実に火傷を負わせる危険な艶やかさだ。


 十分も経たずして、勝敗は決した。

 タバサが支給した弾丸の威力が高かったおかげもあり、襲撃者を四人まで減らすことはできたが、ハングの側は彼以外は倒されてしまった。

 あの少女だ。たった一人の存在が、ミリタリーバランスを決めてしまった。

 満身創痍で、抵抗する気力も失ったハングは、倒れたまま少女を凝視していた。

 残った四人が、示し合わせたように少女に集まった。少女を取り囲み輪になる。文字通り、彼女が中心というわけだ。

 少女は、さり気なく輪の中心から外れて、四人と向き合った。リーダーらしく激励でもするのか、次の指示でも出すのかと思わせる立ち位置だった。

 しかし、次の瞬間、目を疑うことが起きた。少女は一瞬の動作で弾丸を撃ち出し、四人の男たちを倒してしまったのだ。


「なっ!」


 ハングは、思わず声を出してしまった。しまったと思ったが、もう遅かった。少女は振り返り、目ざとくハングを見つけると、ゆっくりと近づいてきた。ハングに懺悔の時間を与えるかのように、ゆっくりとだ。

 目の前まで来ると、銃口をハングの額にピタリと合わせた。

 絶体絶命の危機であるのに、ハングは少女の瞳から目を逸らすことができなかった。まるで物理的な力が作用しているみたいに、吸い寄せられてしまう。


「グニーエはどこ?」


 第一印象は激しい炎だったのに、その喋り方は尖った氷だった。

 ハングは、口中に溜まった唾を飲み込み、喉を上下させた。


「……あれは、あんたの仲間じゃないのか?」

「質問に答えなさい」


 ハングは、もう一度喉を上下させた。


「奥に……、この奥にある広間にいる」


 それだけ聞くと、少女はハングに興味を失ったのか、視線を屋敷の奥に向け歩き出した。

 ハングは、パンパンに空気が詰まったタイヤから空気が漏れるみたく、息を吐いた。

 重石がどかされたように緊張が解け、まず胸中を満たしたのは助かったという思いだった。


「もう一つ……」


 少女のつぶやきに、拡がる安堵がキュッと縮まった。


「まだ護衛はいるの?」

「いいや。玄関前と、この部屋に集まったので全員だったはずだ……」

「絶対に? 嘘はついていない?」

「間違いねえ。残ったのは俺だけだ。なあ? あんた、いったいなにが目的だ? どっちの味方なんだ?」

「正義の味方よ」


 これまでの行動と伴わない予想外の台詞を言ったと同時に、少女はハングに一撃を見舞った。


「あがががっ!」


 強烈な電撃に当てられ、ハングは痙攣しながら気を失った。


「これで、状況は整った……」


 屋敷内の護衛と賞金目当ての無法者たちを一掃したリムは、ハングから聞き出した広間を目指して進んだ。

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