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銃と魔法と臆病な賞金首5  作者: 雪方麻耶
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繋ぐ糸

 悲鳴。絶叫。崩壊の音がエグズバウトに蔓延している。

 アジョップは屋根の上から街の様子を見回した。仕事帰りに足繁く通った酒場も、人肌恋しい時にふらりと立ち寄った娼婦館も飲み込まれてしまった。

 先程は偉そうに生き延びればやり直せるとは言ったものの、やはり一抹の寂しさを抱かずにはいられなかった。胸に空虚な風が吹き抜ける。

 ため息をつき、遠くに投げていた視線を足元に戻す。

 避難している八割方は、ゼントンたちが形成している防御壁を越えていた。全員が防御壁の向こう側まで行くのに、あと十二~三分といったところか。


「もう少し踏ん張って、俺たちも退散しよう」


 ゼントンが考えていたのと同じことをアジョップが口にした。


「ああ、そうだな」


 さすがに長年コンビを組んできただけはある。ほぼ同じタイミングで同じことを考える。

 ゼントンはそんなことを考えながら、もう一度街の様子を伺った。

 モヤは確実に大きくなって街を飲み込みつつある。所々で魔法を使った防御をしているおかげか、拡大のスピードはそれほど速くはない。しかし、見ていてまったく変化に気づかないほど遅くもない。時計の秒針のように、ゆっくりだが確実に街を侵食していく様が、ジリジリと心を焦がし黒く染めていく。


「ほんとうになんなんだよ。こいつはよぉ……」


 風が吹いているのに、見事な半球形をした塊はその形を崩そうとしない。明らかに自然のものとは違かった。

 モヤに阻まれて街全体を見通すことはできないが、少なくとも自分たちが食い止めているこの場所は、もう少しで避難が完了する。その後は自分らも退避して、ひたすら遠くへ逃げるだけだ。これがなんなのか分からないが、まさかこの国全体を飲み込むなんてことはあるまい。

 アジョップの呼び掛けに呼応し、ゼントンが防御に参加してくれている者たちに撤退を促そうと息を吸い込んだ。

 しかし、取り入れた酸素はまったく違う言葉に変換された。


「あいつら、なにやってんだ?」


 ゼントンの目に飛び込んできたのは、モヤが目前まで迫っているのに逃げようともせず、行ったり来たりを繰り返している一組の男女だった。


「おまえらっ、さっさと逃げるんだっ」


 アジョップも気がついたようで、二人に向かって大声を張り上げた。


「早くっ、早くこっちまで来いっ」


 男女の動きに変化はなかった。しかし、二人の声が届いていないわけがない。

 どうやら、女が引き返そうとしているのを男が止めているらしい。男は必死だったが、女の方も引かなかった。

 波のように寄せたり引いたりを繰り返しているうちに、白いモヤはもう二人に触れそうなくらい近づいている。


「くそったれっ!」


 見るに見かねたアジョップは、屋根から飛び降りた。周囲がどよめいたが、構ってなんかいられなかった。


「ゼントンッ。おまえは残って援護してくれっ」


 だが、アジョップが言い終わらないうちにゼントンも飛び降りていた。まるでアジョップの行動を予知していたような動きだった。


「バカ言ってんじゃねえ。おまえだけに行かせるかよ。俺がいなきゃ、おまえなんにもできねえじゃねえか」

「そりゃ普段俺が思ってることだ」


 憎まれ口を叩き合いながら、二人の口元には笑みが漏れていた。


 近づくにつれ男女の怒鳴りあいを聞えてくると、なんとなく事情が飲み込めた。

 どうやら、はぐれてしまった子供を探すために引き返そうとしている妻を、その夫が止めようとしているようだ。

 どうりで、行ったり来たりを繰り返しているわけだ。

 妻の方がヒステリックに泣き叫んで、夫の制止を振り切ろうとしている。

 妻の心情は痛いほど理解できたが、判断としては夫の方が正しい。こんな混乱の極地の中、戻ったところで見つかる可能性は限りなく低い。それに、どうやって戻るつもりなのだ? モヤに触れたら取り込まれちまうってのに……。

 非情だが、ここは無理やりにでも避難させるべきだ。

 アジョップは即断した。


「ここはいったん離れるんだ。こんな状態じゃ、娘さんを見つけられっこない」


 いきなり現れたいかつい二人組に説得され、夫婦は一瞬動きを止めた。だが、妻の方はすぐに状況を飲み込み反論してきた。


「いやよっ。きっと今頃一人で泣いてるわ」

「気持ちは分るけどよ……」

「分かりっこないっ。子供が死ぬかも知れないのに、見捨てるなんて親じゃない」

「サシャ……」


 サシャというのはこの女の名だろう。妻の名を口にした夫は憔悴しきっていた。


「あんたがモヤの飲まれたんじゃ、探すことだってできねえだろう。さあ、来るんだ」

「サシャ。この人たちの言う通りだ。とにかく、この場は……」

「だめっ! 絶対にだめ。今探しに行かなければ、あの娘とは二度と会えない。ライカはあの娘が可愛くないの?」

「そんなわけないだろうっ! バカなこと言うなっ!」


 夫のライカは声を荒げた。

 そんなわけがない。二人で注げるだけの愛情を注いだ娘なのだ。自分の手足を切り離されるよりも辛い。もしも、モヤの中に娘の影が一瞬でも見えたら、或いは声が聞こえたなら、迷うことなく飛び込む覚悟はある。

 しかし、一握りの希望もないのに闇雲に突っ込んで死んでしまったら、己を見失って自殺するのとなにが違うというのだ。

 サシャは身を固くし、ライカは自責の念にかられた。妻に怒鳴ったのは初めてのことだった。


「さあ、向こうに行こう」


 ライカはサシャの手首を掴んで、強引に引っ張った。


「いやっ。あの娘を置いていくなんで絶対にいやっ」

「おいっ?」


 サシャは男たちの制止を振り切って駆け出した。しかも、よりによってモヤに向かってだ。

 子供への愛情が、完全にサシャを盲目にしていた。

 まったく考えもしなかった行動に、男たちは遅れを取った。


「バカヤロッ!」


 アジョップは銃を引き抜いたが、伸びた触手はサシャの身体に巻きついた。まるで植物のツタだ。


「ああっ!」


 悲鳴を上げるサシャ。しかし、こうなったら有無を言わさず引きずり込まれるだけだ。

 サシャは手足をばたばたと動かしてもだえ苦しむが、触手は離れるどころかますますサシャに絡みついた。


「動くなっ。じっとしてろっ!」


 アジョップは叫んだが、パニックに陥ったサシャに彼の声は届かなかった。

 サシャが激しくもがくため、アジョップは狙いを定めることができなかった。頭が痺れるような焦りで、余計に照準を合わせられない。

 だめだ。間に合わない

 アジョップは諦めかけた。

 しかし、銃声が響いた直後、その諦念を吹き飛ばす激しい烈風が駆け抜けた。


「きゃあっ!」


 サシャを傷つけず、触手だけを吹き飛ばすギリギリを狙った射撃だった。アジョップには奇跡的な出来事に見えた。

 奇跡はそれだけでは終わらなかった。再び銃声がこだました。

 散り散りになった触手が再び繋がる隙を与えず、今度は一瞬で目の前のモヤが氷に閉じ込められた。


「うおおっ!」


 ゼントンは驚愕と感嘆の声を上げた。まるで、空まで届きそうな氷の壁だ。


「おかーさーん」


 急な展開に戸惑うしかない四人の耳に、可愛らしい声が滑り込んできた。

 声がした方に目をやると、小さな女の子が駆けて来るのが見えた。一歩ごとに転びそうになる幼子特有のぎこちない走り方だった。


「ステイッ」


 夫婦は同時に叫んだ。走り出したのはライカの方が先だった。

 妻の無謀な行為を引き止めはしたが、娘を思う気持ちで身を焦がしそうだったのだ。


「ステイッ」


 ライカは娘の名を呼びながら抱きしめた。


「おとーさん、苦しい」


 ステイが苦しがるほどのきつい抱擁だったが、ライカは構わず抱きしめ続けた。

 少し遅れて駆けつけたサシャも抱擁に加わり、さっきまで離れ離れだった家族が一つにまとまった。

 アジョップはそんな家族の様子を見て一安心したが、その向こうから近づいてくる三人の男女の方も気になった。

 あいつらが魔法を放ったのか?

 三人の中で見覚えのある者を見つけて、アジョップとゼントンの背中に緊張が走った。

 あいつ……キーラ・キッド?

 アジョップは、思わず銃に手を置いた。こんな状況でバウンティハンターの真似事をするつもりなど毛頭ないが、奴が敵として現れたなら丸腰で向き合える相手でもない。

 頭で計算したことではなく、本能的にとっさに取った行動だった。

 とうとうキーラが目の前まで近づいた。アジョップとゼントンは生唾を飲み込む。


「おかーさん。このおにーちゃんたちが助けてくれたの」


 ステイの無邪気な声に、両親は何度も頭を下げ礼を言った。


「ここもじき飲み込まれる。早く避難するんだ」


 ゼントンは、キーラを気にしながらもブルー一家を促した。

 ライカとサシャは、最後にもう一度礼を口にし避難に移った。

 ステイは父親に抱き上げられ、ずっと手を振り続けた。やがて、避難する人々の波に溶けて見えなくなった。

 それにしても……

 アジョップは、ステイに手を振り返しているキーラを見て不思議に思った。

 さっき屋敷で会った時には、まるで死人のような濁った目をしていた。それなのに、今はその逆だ。命ある限り生き抜こうと決意した者だけが放つ生命力に溢れている。

 こんな状況の中で希望を見つけたとでも言うのか?

 アジョップの疑問をよそに、キーラが話し掛けてきた。


「あの、街の人たちを誘導している方ですか?」


 話し方も柔らかかった。屋敷内での地獄から漏れ出たかのような喋り方ではなく、瞳にもしっかり力が宿っていた。

 本人は屋敷で二人に殺意を向けたことなど覚えていないらしく、初対面の者に対する接し方だった。

 本当に同一人物かと疑うほどの変わりようだったが、蒸し返すことなどしなかった。ただ、対応がぎこちなくなるのは致し方なかった。


「あ、ああ。流れでなんとなく、な……」

「ちょっと相談があるんですが……」


 キーラは、真っ直ぐにアジョップとゼントンを見つめた。

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