本当の敵
階段を降りた時、距離は離れているが緑色の人型をとった生物がいた。
多分あれがドライアドだろう。奴はこちらを観察しているだけで動こうとしないのがまだ救いだ。
「おい、メフィ?」
「一足遅かったね。いや、向こうが上手だったというべきか」
「どうするんだよこの状況!」
黙って使ってしまったシーシアの懐も銀貨しか残っていない。
彼が聞いたら泣いてしまいそうだが、それでも死ぬよりはマシだろう。
いや、この場合あいつは死ななかったのか? まあいいや。
「魔石ヲ……ワタセ……」
「こいつ、喋るぞ!」
「そりゃあ、魔物でも人型なら話す個体もいるだろうさ。しかし、ドライアドが話すなんて珍しいよ」
「俺は初めてだ。冒険者の間でもそんな情報は聞いたことが無い」
「ヨコセ……スベテ……」
「どうする? そんな珍獣でも倒すか?」
「でもどうやってだ?」
「ムシ……スルナァ!」
珍しい敵に対して対策を立てていると、どうやら向こうがキレてしまったらしい。
蔓が何本が飛んでくるが、何故か全てメフィを狙っていたのですり抜けていた。
代わりに壁の一部がいくつか破壊されたが、そこは仕方のない被害だろう。
しかし、そうなると……こちらの話が通じるのか?
「まて、落ち着け。話せばわかる」
「魔石ヲ……ヨコセ!」
「わかった。やろう。その代わり少し話させてくれ」
どうせギルドのものなんだ。
間接的には被害を受けているが、街の住民を眠らせて事に及ぼうとしている。
つまり、気づかれずに奪おうとしていたわけだ。
なら、お互い傷つけずに上手くいくかもしれない。
「まず、どうして街を眠らせた?」
「人……被害……出シタクナイ」
「おい聞いたか! 実に平和的じゃないか!」
思わずテンションが上がる俺に、冷ややかな視線を向ける悪魔とバルド。
……いいよ、理解されないなら俺一人で話すよ。
「魔石を渡せば去ってくれるのか?」
「森ニ……戻ル……魔力……モウ無イ」
目的地に出かけて戻れないとか、どこぞの特攻隊みたいだな。
しかし、こいつにも事情があるのだろう。なかったら……戦うか。
「メフィ、さっきの魔石適当に取り出せるか? こいつに必要分だけ渡そう」
「本当に信用できるのかい? 今襲われたら、ボク達はともかく、バルドやここの建物が崩壊するかもよ」
「悪魔に心配されるほどではないさ」
メフィには黙っているが、ドライアドというのは無機質で透明っぽい顔立ちをしている。
人間的というよりは神秘的、精霊のような造形で、俺は今ファンタジーというものを強く実感できている。
つまり、精霊のような存在と会話できている点が猛烈に嬉しい。
「どれくらい必要だ? あ、俺にはよくわからないから、ここから適当にとってくれる?」
「……君、随分とフランクだな」
「コレデ……足リル」
そういってドライアドは、実に半分ほどの魔石を掻っ攫っていく。
予想以上に大量だったが、全部ではないんだ。ギルドの被害が半分で済んだと考えれば安いものか? 俺に判断はできないが。
「じゃあ、これで用事は済んだが? なら他の味方と共に撤退してくれ」
「? ワタシ……一人……キタ」
「え?」
街の人間を眠らせたのは認めたが、このドライアドは先程倒したケルベロスも、ギルド前に居た門番やゴーレムも知らないらしい。
嘘を言っている可能性もあるが、状況から見るにまだまだわからないことはある。
「ということは、お前は魔石目当てでここまで来たのか?」
「ココ……来ル……魔石……アル……聞イタ」
「誰から?」
「鬼」
「「鬼だって?」」
「どうやら全貌が見えてきたね」
驚いた俺とバルドは他所に、今まで聞き専だったメフィが急に語りだす。
「まず、このドライアドは誰かに唆されたらしい。そして、それに便乗して別の目的を達成しようとした黒幕がいる」
「それが鬼だって?」
「そうだろうね。捕まえた彼らが言ってたあの方がその鬼だろう。ドライアドをけしかけた本人なら、その対策の護石を持っていてもおかしくはない」
つまり、門番を立てたり、ここを見張らせたり、魔石を回収しようと支持したのが鬼だって?
ここまでくれば俺にも鬼の目的がわかる。
「そいつの目的は……鬼の魔力、シキなのか?」
「彼女は騒動の中心になるのが好きらしいね」
「それ本人に言うなよ」
静かに暮らしたい彼女に、それは気の毒すぎる言葉だ。
しかし、そうなるとわからない事も出てくる。
「じゃあなんだ、ドライアドがここに来るって分かっていて、魔石を回収したり、見張りを立てていたのか?」
「鬼の魔力が籠もったものを渡したくなかったのかもね。ゴーレムまで持ち出すとは、敵は本気のようだ」
「魔石……無イト……帰レ……ナイ」
「ふむ、あらかじめ利用するだけだったのかもしれないな」
ベテランの冒険者だけあって目の前の警戒を怠らなかったが、さすがのバルドも同情したらしい。
いくら魔物だからって、同じ魔物だか魔人に利用されて故郷に帰れなくするなんて、ただの使い捨ての駒じゃないか。
「とりあえず今はシキの安全が心配だ。メフィ、悪いが先行して様子を見てくれないか?」
「良いけど、ボクは何も出来ないよ。せめてマスターに所持金があれば離れた場所でも大丈夫なんだけどね」
「うっ……痛いところを。なら一緒に行こう」
「そういや、俺の傷を治したと言っていたが、所持金なしどうやって……」
「とりあえず今すぐ向かうぞ! じゃあな、気をつけて帰れよ!」
バルドの疑問に答える前に、素早くその場をあとにする。
この状況なら、さっきのドライアドも無事に森まで帰れることだろう。
あいつにとっては行って戻るだけの旅になってしまったが、こっちにも事情がある。それだけで納得してもらう。
ギルド本部から宿へとトンボ返りしていると、俺の走りと平行しながらメフィが話しかけてきた。
「やっぱりボクがこのまま先行しようか?」
「むしろ俺らより先にいけよ」
「いやー、必死に走っているマスターを横から見るのも、オツなモノさ」
シキが危ないかもしれないっていうのに、何を言っているんですかこの悪魔は。
それとは別に、聞きたいことがある。
「そういや、俺らが奪った護石ってあの場所にあったか?」
「いや、なかったよ。ボクはシーシアが持っているものだと思ったが、あの場所にギルド長もシーシアもいた。ということは」
「敵が鬼となると、リアンの可能性が高い……か」
無関係なシキに関してあれだけ騒いでいたリアンだ。
もし街の侵入者、しかも何か企んでいる首謀者が鬼だとしたら、何をしでかすかわからない。
しかし、だ。
「もしそうだとしても、なんでリアンは護石を持っていたんだ?」
「さあ? タイミング良くシーシアが渡していたか、それとも鬼が来ることを察知していたとかかな? どちらにせよ、現場に付けばわかることさ」
まだ見ぬリアンの行方も気になるが、宿に残してきたシキが何よりも心配だ。
もし本当に敵の狙いがシキだとすると……いや、考えても仕方ない。
「あともう少しだ! 急ぐぞ!」
「「ああ!」」
「……バルド、いたんだな」
「話についていけなかったからって、忘れないでくれよ……」
時間にして数分走っただろうか。
元からそこまで距離は離れていなかったが、随分と長く感じる。
そして宿が見えてきたとき、入り口の前にある道路では、二つの人影が対峙していた。
「私は貴方がたを許しません!」
「嬢ちゃんに用はないんだが、その護石を持っているところを見ると部下がお世話になったらしいな」
「貴方たちのせいで! 私たちは!」
「困ったな、さっさと立ち去らないと、アイツに見つかったら何されるかわからないんだが。じゃあやるか?」
「望むところです!」
「いやいや、ダメだろ」
思わずツッコミをいれてしまったが、そこにはリアンと先程のゴーレムに似た大男……違う点は、頭に二本のツノが生えているところだが、その二人が敵対していた。
どうやら戦ってはいないようだが、間に合ったのかアウトなのか判断に困るところだ。
「とりあえずメフィはシキを頼む。もしシキの身が危ないようなら、残りの銀貨を使っても構わない」
「元はシーシアの全財産だけどね」
「それはいうなよ」
二人に気づかれないようにメフィを送り出した後、俺とバルドは二人の話し合いに乱入する。
「リアンもそこまでだ。この騒動は、お前が起こしたことか?」
「次から次へと……お前はなんだ? どうしてお前も動ける?」
「答える義理はないね」
こっちはドライアドから聞いた情報がある分、多少は有利だ。
ならこのチャンスを生かさない点はない。
「悪いが純正の鬼はノーサンキューだ。彼女は渡せない」
「……どこまで知っている?」
「何も知らないぜ? リアン、やっちゃいな」
「ヨーヘイさん……色々言いたいことはありますが、後にします『――光の同胞よ。我の呼びかけに答えよ。彼の名は……』」
「そうかい。なら二人とも……死ね!」
リアンの詠唱と同時に、目の前の鬼は叫ぶ。
その叫びに応じてか、建物の隙間から見える空が、何かに覆われ辺りが暗くなる。
「何だアレは!」
「オイオイオイ、死ぬわ俺ら」
リアンは詠唱に集中して気づいていないようだが、上空に現れたのは空を覆うほど巨大な金棒だった。
いや、金棒といって良いのか? 素材がわからないので棍棒でもいいかもしれないが、俺の自動防御も衝撃には無意味だぞ!
「避けるぞ!」
「建物の中に入れ!」
「『現れよ、守り神!』」
「遅い! 死ね!」
いまだリアンが詠唱を続けていたが、俺らにそちらを気にする余裕もない。
奴の方角からこちらへ、勢い良く巨大な金棒が振り下ろされた。
「……あれ? なんともない?」
「……助かった、のか?」
振り落とされた際に叩きつけられた風圧は感じたが、奴の降ろした金棒が地面に届くことはなかったようだ。
俺たちは咄嗟に転がって避けたが、もし奴の攻撃が地面に届いていたとしたら、避けきれずに攻撃をもろに喰らっていたことだろう。
状況を見るに、寸止めされたらしい。なぜ?
「まさか、リアンの召喚か!」
「何言っているんですかもう。いきなり何ですか? この事態は」
そこには、先程まで眠りについていた姫。
騒動の被害者であるシキが、金棒を片手で受け止めて呆れていた。




