迫りくる植物
目の前にいた敵は倒したが、こちらの被害は大きい。
所持金も尽きた今、俺を庇ってくれたバルドを治療する方法は……ない。
「しっかりしろ! 起きてくれよ!」
「マスター、あまり揺らさないほうが良いよ。これでも彼は重傷だ」
メフィの言葉に、抱き上げてた彼をゆっくりと地面へと下ろす。
「くっ、金さえあれば……いや、俺に力さえあれば!」
「後悔しているところ悪いけど、手がないわけではないよ」
その悪魔の言葉に、思いっきり振り返る。
メフィ任せの俺が言うのも何だが、こいつが金食い虫なせいで悲観している部分もあるのに、どうしてこう楽観的なのだろうか。
「構わん。やってくれ」
「いや、マスターがどうこうではなくて、そのバルドの装備だよ」
「装備?」
バルドの傍には、さっきも俺を守ってくれた盾が転がっている。
身体を覆い隠すくらいの大きさがある盾は、持ち主が倒れた今も光を反射して輝いている。
先程の戦いで傷もついていないところを見ると、それなりの業物らしい。
「あの盾がどうかしたのか?」
「あれはどうも、純銀製らしい。あれさえ対価に使えれば、バルドの傷も完全とは言わないけど治ると思うよ」
「そうか……でも盾か」
使用者の意識はない。
もしこの盾が、バルドにとって大切なモノなら、勝手に対価として消費してしまうのは恨みを買っても仕方のないことだ。
しかし、それもバルドの命あってのものならどうだろうか?
ここは俺が勝手に判断するところではないが……全ての責任を取るか。
「バルドには後で謝っておく。頼む」
「了解したよ。ボクは文句を受け付けないからね」
そう言い、盾が消えていくと同時にバルドの傷が徐々に治っていく。
傍から見ると手品みたいだが、それに払う代金が高額なので落ち着かない気持ちだ。
俺がもし傍観者なら、そんな高額要求する手品にお金は払わない。
「ふぅ、終わったよ。彼の活動に支障の出るような傷は治せたけど、残りは自分たちで治してもらうしかないね」
「命の危機が去ったなら十分だろ」
勝手に装備品を使ってしまった後ろめたさはあるが、私利私欲な目的で使ったわけではないんだ。
バルドが起きるまではその場を動くわけにもいかず、メフィと今後の方針について話し合うことにする。
「この後はどうする?」
「目の前のケルベロスを回収したいところだけど、容量空間は開けないからね。この場に放置がいいと思うよ」
「誰もいないようだから、それでも問題無さそうだな」
「それよりこの魔物が門を守っていたということは、この街に何かが侵入しているだろうね。そもそも、この騒動を起こした首謀者が…………」
「? どうしたメフィ」
話の途中だというのに、メフィは急に上空へと飛び立っていった。
残されたのは、動かなくなったケルベロスと目が覚めないバルド、それに俺。
急に一人にされても困るんだが。
やがて、数分もしないうちにメフィは戻ってきたが、俺のテンションはダダ下がりだった。
「これは少々まずいことに……マスター、どうしたんだい?」
「いや、急に置いて行かれて寂しかったなー……」
やることもなくなった俺は、いくら倒したと言ってもケルベロスに近づくこともできず、かといってバルドも起きないので石を積み上げていた。
三つ重ねては崩す。セルフの拷問でもない暇つぶしだ。
「何でもいいけど、時間がないよ。すぐに移動したほうが良い」
「何かあったのか?」
「こちらのほうに植物が向かってきている。取り巻きはいないようだったけど、もしかするとアレが今回の元凶かもしれない」
メフィのいう植物というのがわからないが、それは動けるものなのか?
あまり危険なモノには思えないが、街中を眠りにつかせるくらいだ。何かしら目的があって散策しているのだろう。
なら、相手の目的もわからない以上、今は逃げたほうが賢明かもしれない。
「逃げるのはいいが、こいつどうする?」
「ボクは本に戻るよ。後はよろしく」
「ちょ! 俺が運ぶから一人にしないでくれ!」
メフィに手伝ってもらおうとしたが、一人にされるよりはマシだ。
しかし男一人、しかも鎧を装備した男性を運ぶんだ。バルドには悪いが引きずることで勘弁してもらおう。
「っ……う……ぁ……いづづ!」
「あれ、目が覚めたか」
「君は……そうか! 無事だったか! あいつはどうした!」
「倒したよ。ついでにバルドの傷も治しておいた」
「ありがとう……まさかアイツを倒してしまうなんてな。それに、君が無事でよかった」
バルドがいい人過ぎてつらい。
「ところで、俺の盾を知らないかな? これでもあの盾はパーティの要といって良いほどの高性能で……」
「ケルベロスに壊されました」
「え? あれはよほどのことがない限りは破壊されない……」
「ケルベロスに破壊されました」
素直に対価として使ったと言えばよかったが、パーティの要だと? そんなん他のメンバーから俺が恨まれそうじゃないか。
戦いで散ったとなれば、装備も本望だろう。
「そ、そうか……そのおかげで君や俺も無事なら、痛い出費だったが命には代えられないな」
「微妙にセコいマスターも好きだよ」
謝ると言っていた手前、何やらメフィのフォローが虚しいが、今はバルドの意識が戻ってよかった。
「詳しい話は後で。今はここから逃げたほうがいいらしい」
「わかった。いてて……しかし、これだけのケガで済んだのか。これも、あの盾のおかげか?」
「移動するぞ、こっちだ! 付いて来こい!」
近くに敵がいるらしいので、あくまで小声で話す。
バルドはすぐに盾の破壊だけで済むようなケガではないと気づくだろうが、それを疑問に思わせないくらい目まぐるしい逃走劇にしてやる。
いや、してやるではなくされるのか。
先頭のメフィと俺たちは、どんどんと入り組んだ道へ進んでいく。
さっきのケルベロスのときも思ったが、こんなに移動する必要はあるのか?
「メフィ! 疑問、なんだがっ!」
「何だい? 目的地はもうすぐだよ」
「俺達は何処へっ! 向かっているんだ!」
まだ街に来て日が浅いのはメフィも同じだろうが、どうしてこう道に詳しいのだろうか。
さっきは逃げるのみだったが、今は明確な目的地があるように先導している。
質問にメフィは答えなかったが、やがて俺にも見覚えがある建物が見えてきた。
「あれは……冒険者ギルド?」
「しかし、大通りにも人が誰もいないとは不気味なものだな……」
ここまで来るのに何本か道を通ったが、それでもバルドのように街を駆ける人は見当たらない。
昨日のように、道端で寝る人もだ。
てっきりシキみたいに睡眠から覚めないだけかと思っていたが、事前に忠告はしてあったんだ。
勘の良い冒険者なんかは寝ずの番とかしていても良さそうなんだが。
「シッ……止まって」
「どうした、敵か?」
先頭に倣って、素早く建物の影へ身を潜める。
どうやら、冒険者ギルドの建物には二人の見張りがいるらしい。
「あんな見張りがいたら、ここが目的だとアピールしているようなもんじゃないか?」
「まさか動ける人間がいるとは思っていないのだろう。いけるか?」
「無理」
さっきの戦いで消耗しているのに、行けるかどうかなんて無理な話だ。
俺に攻撃手段はなく、バルドは負傷していて盾もない。
「まさに、万策尽きた!」
「いや、俺は行けねぇが、ようはあいつらを無効化すればいいんだろ?」
そういって、バルドは懐から何やら小袋を二つ取り出す。
なんだ、金貨でも隠し持っていたのか?
「……何か期待しているところ悪いが、これはお金ではない」
「何故わかった」
「そんな期待する眼差しで見られるとな。これは麻痺袋さ」
麻痺袋。
よく素材で使われるそれは、街で普通に購入できるらしい。
ただ、素材として麻痺効果を付与する為に使うのはともかく、戦闘には向いてなかったようなことを聞いたが。
「そいつをどうするんだ?」
「そこのメフィストさんに奴らの上から振りかけてもらう」
この男、なかなかエグいことを考えるな。
麻痺状態ということは意識はあるが、無力化には間違いない。
持続時間が気になるが、どうせ選択肢は少ないんだ。だったらやるしかない。
「……ちなみに、正午の気付け薬まで待つ、という選択肢は?」
「ボクが見た植物はここを目指しているようだったよ。あれは……ドライアドかな。マスターも調べることをすすめるよ」
「ドライアド? わかった」
歩く植物とかいうので、マンドラゴラとかのかわいいものを想像していたが、いま向かっているのは木の精とかそういう部類らしい。
ページをめくってみてもすぐには見つからないので、隣にいるバルドに聞いてみることにする。
「ドライアド? 俺も会ったことはないが、本来なら森に済む精霊だ。いや、あれは精霊というより魔人だな」
「魔人? 危険なのか?」
「危険なんてもんじゃない。奴らは森から出ないから見逃されているが、あいつらに取り込まれた人間は同族にされる。そうして森の住人であるドライアドを増やしていくそうだ。そいつが街にでるなんて聞いたことが無い」
話を聞くに、単にエサを求めてきたわけでもなさそうだ。
しかし、取り込んで同族にするなんて吸血鬼みたいだ。植物と一体化するらしいので、どちらがマシかと言われると悩むが。
「ともかく、ドライアドには捕まらないほうがいい。もしかしたら、外にいた住民は既に取り込まれた後かもしれない」
「いきなり怖いことを言うなよ」
バルドの推測なら外に人が居ない原因も納得できる。
しかし、あの冒険者ギルドを見張っている人は人間だし、だとするとドライアドと人間が手を組んだ?
しかも、街中の人を眠らせてまでやることがあるらしい。
どちらにせよ、あいつらの目的は冒険者ギルドなんだ。
危険な橋になりそうなので、そろそろ撤退しても良い気がする。
「これはボクの予想だけど、ドライアドは補充しに来たんだと思うよ」
「補充? エサか人間をか?」
「ドライアドが住む森にはよく枯渇するものがあるのさ。魔人は人と比べても膨大な魔力を持つが、所詮は植物だ。森から栄養や魔力を補給しても、普通の森では彼女らが動けるほどの魔力には足りない。だから森からでない」
「つまり?」
「魔力保有量の多い人間を鹵獲するか、魔力の籠もった魔石があれば、彼女たちは自由に動き回れるだろう」
「つまり、シキの魔力か、魔力の籠もった魔石が目当てか!」
「予想だけどね」
あいつらは、シキの仕事の成果を奪う敵ってわけか。
こりゃあ……逃げるわけにいかないじゃないか。




