一夜明けて
…………見知らぬ部屋で目が覚めた。
窓から入ってくる日光のようなものが眩しい。
俺はいま何処にいるんだ?
元いた世界に帰れて……ないよな。見た目は宿屋の一室だ。
たしか魔法陣が現れたあと気を失って……でも、こんな部屋まで来て、ベッドで寝た覚えはない。
一緒に飛ばされたはずの少女たちもいないし、俺はどうしたらいいんだろう。
とりあえず二度寝するか……と、あらためて横になろうとしたところで、コンコンとノックの音が響いた。
「失礼しまーす…………あれ、起きていらしたのですね」
「えっと、あっ……はい」
彼女は栗色の髪をふわっとなびかせながら、ここが定位置ですよと言わんばかりに近くの椅子に座った。
歩く姿も、座り方にも気品があると行った感じで、いかにもいい所出のお嬢様といった感じだ。
でも、俺にそんな知り合いはいないぞ?
「先日は助けていただき、ありがとうございました」
「え? あー……んん? もしかして、昨日のローブの人?」
あの場にいたのは、たしか金髪のゴスロリと、灰色のローブを被った女性だった。
話の流れから行くと、ローブを着ていた女性のほうだろう。
今は普段着といった感じで、俺からするとどこかの民族衣装のような服を着ている。
最初に見たときと服装が違うのでわからなかったが、まさかあのローブが……目の前にいる天使の隠れ蓑だったとは。
「昨日というより、あれから一日中眠り続けていましたので、一昨日ですけど……この街は私もよく知る街なので装備は外しています」
「じゃあ、君がこの部屋をとってくれたんだね。ありがとう」
「いえいえ! 助けていただいたからには、これくらい当然です!」
この世界の宿がどういう仕組かは知らないが、意識のない人間を運ぶのは物凄い手間だっただろう。
それに二人もいたら尚更……ん? もう一人がいないな。
「そういやあのゴスロリの娘は元気?」
「え? ……ああ、シーシアさんのことですか。それがまだ……身体は問題ないのですが、意識が戻らなくて」
まあ俺も起きなかったらしいからな。まだ寝ていても仕方ないか。
それにしても、あのゴスロリ娘はシーシアというらしい。
と同時に、お互いに何も知らないことに気づいた。
そういえば、さっきからチラチラとこちらの様子を見ている気がするな。
色々聞きたいことがあるんだろう。
何故俺があの場にいたのか。俺は誰なのか。どうして助けたのか。
ちょうどいい。コレも何かの縁だ。お互いに情報交換といこうじゃないの。
「そっか。まあ無事ならよかった。それでえっと……君は?」
「あっ、失礼しました! 私はリアンと申します。魔物使いで後衛支援の担当ですが、一応攻撃魔法も使えます」
「えっ、あ、そうですか……」
思わず丁寧語になってしまった。
魔物使いやら攻撃魔法やら、気になるワードはあったが、この世界では普通なのだろう。
ふぁん、たじーですね。
「それで、その……」
「あ、ごめんごめん。俺は大宮陽平。学生でサッカーではディフェンダー担当だけど、たまにゴールキーパーもするよ」
「え? あ、はぁ……」
どう反応したらいいか困った顔をされた。
困惑した顔も可愛いな。まあ冗談はさておきだ。
「さっきのは忘れてくれ。実は気づいたらあの場にいたんだ。はっきりいって、何もかもわからない。なぜ言葉が通じるのかも、だ」
「もしかして、記憶が……」
「いや、ここは俺の住んでいた世界ではないんだ」
「はぁ……? そうなのですか」
異世界召喚。
それが今の状況だろう。
さっきは目の前の彼女に、何か可哀想な人を見る目で見られたが気にしない。
原因としては、あのゲーム機しかない。
もし元の世界に戻れる可能性があるなら、あの技を発動するのが手っ取り早いだろう。
……あの技って、誰が使えたっけ。そもそも、ここは本当に俺がよく知るゲームの世界なのか?
「そういや、効果がランダムのパル……なんとかっていう呪文を知ってます?」
「!!!」
俺がその言葉を出した途端、彼女は勢い良く立ち上が……ろうとして、椅子ごと後ろへ倒れた。
ちらっと見えたのは水色か……しっかりと目に焼き付けたが、ここは紳士的な対応として、見ていない振りだ。
いまだ座り込んだまま、腰を擦っている彼女から目を逸らしつつ、手を差し伸べる。
「……どうぞ」
「ありがとう、ございます……」
俺が椅子を直して、彼女が椅子に座る。俺がベッドに戻る。
何事もなかったかのように元通りだ。
「それで、先程の呪文なんですけど……」
「それは禁忌です」
ピシャリ、と言われた。
どうやらこの世界では、禁忌扱いされているらしい。
俺の世界では、近畿といったら東海の左にある地方で第二の都市と呼ばれてある場所が……いや、そんなことはどうでもいい。
禁忌と言われるからには、やはり魔王クラスしか使えないのだろう。
それか、魔王に対抗する者……勇者、と呼ばれる存在にしか。
普通なら、勇者と呼ばれる者は雲の上の存在だ。
しかし、俺があの場にいたとき、一緒にいたこの娘たちは多分……。
「勇者と呼ばれる人は、その呪文……使えるんですよね?」
「どうしてそれを!」
彼女は先程と同様に、驚愕の表情を示して勢い良く立ち上がる。
今回は椅子ごと倒れずに立ち上がれたようだ。
しかし、予想通りか。なら、早速試してもらおうか。
「俺は多分、巻き込まれただけだと思うので……その呪文、俺に向けて使ってもらいたんですけど」
「できません」
「そこをなんとか」
「できないんです」
「……どうしても、ですか?」
「……………………」
彼女は苦悶の表情のあとに、何かを我慢するように口を閉ざし、その後無言の時間が続く。
……数分とも、数十分とも言える時間が流れる。
やがて、彼女はようやく決心したといった感じでこちらに顔を近づけてきた。
「え、ちょっと? リアンさん?」
「……静かに」
鬼気迫る表情と言った感じで傍に来られると何もできない。
あぁ、この娘の睫毛長いな。鼻がちっちゃくてかわいいな……そんなことを思っているうちに、だんだんと顔がせまって来て……。
「……勇者さまは、石になりました」
「…………そうでしたね」
耳元で囁かれた。
世間一般的に、勇者が負けたとなればまずいのだろう。
どこで誰が聞いているかわからない以上、内緒話になるよね。
別に、期待が裏切られて落ち込んでいるわけじゃないんだから。
しかし、そうなると……またあの空間まで行かないと行けないのか。
彼女は勇者を助けにいくだろうし、あの場にいたということは実力もある。
ちょうどいい。目的は同じだし、俺も連れて行ってもらうか。
「君は、勇者を助けにいくんだよね?」
「そうですね。石化に関する情報を集めて……また道具を探しながらですが、近いうちには必ず」
「それ、俺も付いていったらダメかな?」
一応、彼女たちを助けたという実績もある。
足手まといにはならないはずだ。
そういや、いつの間にか消えていたが……あの本はどこにいったんだろう。
俺が唯一頼れる能力だろうし、本の中身にも目を通しておきたいところだ。
「もう一人が起きてからでもいいですか? 確かに仲間は欲しいですが、私の一存では何とも」
「じゃあ保留で。返答が聞けるまで、この部屋でお世話になってもいいかな?」
「せっかく助けていただいたのに、すみません。この宿には七日日間滞在する予定でしたので、ゆっくりしていってください」
まあ、異世界から来たなんて言う人間を、そう簡単に信用できるわけないよな。
行くところもないし……方向性が決まるまでは、チュートリアル的な感じでこの世界でも探索しようじゃあないの。
彼女が帰った後、そう思って部屋の外に出てみたが……いかん。掲示物に書いてある文字が読めない。
数字? のようなものはわかるが、そもそもこの世界のお金はどうなっているんだ。
こんなことなら、さっきの彼女に聞いておけばよかった。
えっと、彼女の部屋は……あれ、部屋?
そういや聞いていなかったな。大体は隣のどちらかだと思うが……まあいい。また見に来てくれるまで大人しくしていよう。
…………とりあえず、お腹すきました。
……数時間後に訪ねてきた彼女には、まさに天使といった感じで後光がさして見えた。
一階の食堂へ行き、まずはこの宿のシステム。食事がきたら、これはどういった料理だとか、この食材はどこで獲れるかなど。
なんだか、手料理を作ってくれた彼女みたいな会話だな……そうだ。
「そういや、どこの部屋に滞在しているんだ?」
「ふぇ? わたしですか?」
「俺には他に頼れる人がいないんだ。いざという時、連絡を取りたい」
おもに、食事に行くとき。
まだ文字が読めないことは話していないが、ここまでしてくれる彼女は一番頼れる存在だ。
例え七日間で別れるとしても、今のうちに必要な知識は仕入れておきたい。
「でも男の人に……いや、勇者様も男性でしたので……でもわたし一人しかいないわけでは…………」
「……もしもーし?」
どうやら一人の世界に入ってしまったらしい。
俺が男だから警戒されているのか? 俺もさっきは彼女みたいとか思っていたが、この娘も想像力が豊富なようだ。
やがて、なにかを決心したような顔でこちらを見てくる。
そんな真剣に見つめられると俺、困っちゃうぜ。
「条件が二つあります」
「はい」
「まず、わたしの部屋に入るときには、ノックを二回お願いします。まだ起きていないとはいえ、シーシアさんと同部屋なので」
なるほど、女の子同士の二人部屋か。
なにかハプニングがあっても困るから、ノックは大事だよね。
着替え途中だったり、二人が密着していたら気まずい。
逆に言えば、ノックをしなければ…………話が進まないので、ここは了承しておこう。
「わかった。君に用があるときは、ノックを二回して一言かけるよ」
「それともう一つ」
「はい」
「あのー……君、じゃなくて名前で呼んでもらえませんか?」
決して忘れたわけではない。たしかこの娘の名前は……栗色の髪で、目が大きくて、まるで宇宙の……いや、それはさすがに失礼すぎるな。
それくらいならお安い御用だ。
「わかったよリアン。頼りにしている」
「…………はい!」
今日から付き合い始めた恋人のようなやり取りに、内心でガッツポーズだ。
食事の後、浮かれた気分のまま別れて、部屋に戻った時に気づいた。
俺も名前呼びにしてもらえばよかった。
次の日。
もうすぐ昼飯だという時間で、リアンが訪ねてきた。
てっきり食事のお誘いだと思っていたが、どうやら眠り姫が目を覚ましたらしい。
リアンをここまで心配させるとは……まったく、お寝坊さんなんだから。
リアンに連れられるまま、初めて二人の聖域に足を踏み入れる……あ、ここも俺の部屋と同じ造りだ。
「…………というわけで、この人が一緒に」
「ダメに決まっているだろ! 素人はひっこんでろ!」
その怒声が聞こえたほうへ驚いて顔を向けると、幼さの残る可愛らしい顔にキッ! と睨まれた。
……生意気な、ゴスロリ野郎との対面だった。




