悪魔用の召喚タイミング
試しに呼んでみるも、誰も反応しない。
せいぜい近くを通りがかった人に、怪訝な目を向けられたくらいだ。
……ここは目立つな。もしかしたら隠れているだけかもしれない。
「とりあえず宿に向かうか。あいつもそのうち来るだろう」
「はい、でも……それでいいんですか?」
「どうせ三人分の料金を払う余裕はない」
二人分の宿代を払えるかどうかも不安なんだ。
せめて、宿に入るまでは姿を消して貰わないとな。
何件目かでようやく宿が決まったが、資金が限られると条件を絞らなくても中々部屋が見つからないのは道理だ。
シキが一人部屋でも良いと言ってくれたので助かったが、それでも銅貨20枚で宿泊できる宿というのは、この街でも一つしかなかった。
素泊まりのみ。一人部屋。もろもろ共同。
ただまあ、野宿よりは数倍もマシだ。
それにこんな部屋でも、ベッドがあるということが大きい。
「これでようやく落ち着けるな」
「わたしが街で宿に泊まれるなんて……夢みたいです」
「そんな大げさな」
「大げさなんかじゃありません! 隠れて入ることは出来ても、人に影響が出ることは止められませんので」
どうやら鬼の魔力酔いは、近くに存在するだけで効果を発揮するらしい。
デメリットだらけの効果らしいが、好奇心から俺もいつかは体験してみたいものだ。まあ、一回だけで良いけどな。
「おーい、そろそろでてきて良いぞ、メフィ」
「? そこにいるんですか」
何もない空間に呼びかけるが、もちろん何も出てこない。
何度か繰り返していると、だんだんとシキの目がヤバイものを見るような目に変わってきた気がしたのでやめた。
「こんな時は俺の本で…………あれ、攻略本がない?」
「そういえば、何か本を持っていましたね」
「ああ。本当かどうか疑わしいが、メフィはあれに取り憑いている悪魔らしい。あの本は何処にいったのやら」
「そういえば、門まで移動する際に何か音がしたような……」
そういえばあの時、何か落とした気がしたな。
慌てていたのであまり気にしていなかったが、もしかすると。
「まさか、門の外に置いてきた?」
「えっ、メフィストさんだけ街の外なんですか!」
これはまずい。
むしろ、回収したときに何を言われるかが怖い。
しかし、この時間は門が閉まっているし、暗い中探しものをするのも適切ではない。
いや、こういうときの解決策があった!
「シキ、ちょっと離れてくれ」
「え、急にどうしたんですか?」
シキにはベッドに座ってもらい、俺も誰か来ても良いように一人分の空間を開ける。
攻略本を呼んでも良いが、ここは機嫌を直すためにもあの言葉だ。
「――顕現せよ、俺の悪魔!」
そう唱えた途端、目の前に光が集まったかと思うと、そこから本を抱えた女性が出てきた。
顔を見るに、どうやら相当ご立腹らしい。
「酷いじゃないか、ボクを置いていくなんて」
「まさか攻略本を落とすとは思わかなかったんだよ」
「マスターに、門が閉まる前の光景を一人寂しく見ていたボクの気持ちが……解るかい?」
「すみませんでしたぁぁぁ!」
いくら言い訳をしたって、攻略本を落としたことには変わりがない。
悪いのは俺だ。
俺も街の外に一人置いていかれたらキレる。
「だいたい、マスターはいつもボクを……おや、シキ……その頭の花飾りは」
「これはですねー、ヨーヘイさんに先程買って……あっ」
おいシキ、そんな嬉しそうに語るな。
俺としてはプレゼントした甲斐があったという感じだが、今それを言うのは地雷原を裸で突っ切るようなものだ。
「……へぇー」
「い、いや、これはカモフラージュ用アクセのついでにでな」
「……ボクを置いてけぼりにして、二人は楽しくデートかい?」
「デートなんてそんな!」
シキはヘアピンを触りながら、嬉しそうに身体をくねらせているが、こういうときは空気を読んでほしい。
この後、悪魔にどんな要求をされるかわかったものじゃない。
「これは……ボクにも埋め合わせしてもらわないとね……チラッ……チラッ」
「そうだな。元々メフィにも買う予定だったからな。ただ、ローリアの街まで待ってくれ」
今ではないにしろ、思わぬ出費が増えそうだ。
ここは魔物を売った臨時収入に期待して、問題は先延ばしにしよう。
「おや、ここがローリアの街ではなかったのかい?」
「……まあ、色々あってな」
間違えたことには気づいているだろうが、あえて追求してこないところを見るに、新しい弄り方でも模索しているんだろう。
スルーしてくれるならなによりだ。
「フフッ、これで明日の楽しみが出来たね。明日にはローリアの街だったかな。そこへ行くのだろう?」
「ああ。金もないから、明日には出るぞ」
「なら、今日は大人しく我慢するさ。その代わり、明日はたんまりと請求させてもらうよ」
シキの魔力で騒がれる前にこの街は出たいから、明日には出る予定だったが……そんなことを言われると、先延ばしにしたくなるな。
まあ、今日は移動でも疲れたんだ。俺は気絶しているだけだったが、今日はゆっくりと寝るか。
そう思ってベッドのほうを見ると、そこにはシキが座っていた。
そういえばそうだった。
「さて、じゃあそろそろ寝るか」
「ベッド……」
「シキの家にはベッドがなかったのか?」
「そうですね……随分昔には使っていましたが、今の家では……ベッドって、こんな感触でしたね」
「ならシキが使うといい。俺は寝袋でいいしさ」
そんなことを言われると、ベッドで寝たいとは言えないじゃないか。
今日だって移動したり、魔物を倒したのはシキだ。
俺は気絶したり縛られているだけだったので、実質何もしていない。
「そんな、手伝ってもらっている身でそんなこと!」
「ここまでの移動で疲れているだろ? 俺は寝ていただけだし」
「でもっ!」
お互いに譲るのを譲らない。
まだ渋るシキにどうやって納得してもらうか考えていると、さっきから眺めるだけだった悪魔が動いた。
「二人でイチャイチャして……もう二人してベッドで寝ればいいんじゃないかな?」
「なっ!」
「それは!」
その考えも一瞬頭によぎったが、俺の理性で却下したんだ。
それをまた蒸し返してくるとは……くっ、悪魔に踊らされるな。
「それじゃ俺が緊張して寝れないから、寝袋で寝るよ」
「緊張って……そんな……」
緊張するとか、異性として意識していると言っているようなもんだ。
しかし、俺の睡眠のためにもそれはハッキリさせたほうがいい。
そうしないと、このまま夜が明けそうな勢いだ。
「じゃあ、ボクもベッドで寝るよ。マスターとデートした代わりに、シキはボクの抱きまくら代わりになってくれたら良いさ」
「おまっ、それは」
「それで良いならお願いします」
メフィが舌舐めずりをしたことを俺は見逃さなかったが、本人が良いと言っているんだ。
シキをベッドで寝かすこともできたことだし、俺は寝袋に籠もり、見たことを忘れるように眠りへついた。
寝袋だが、屋根があるという生活はやはり良いものだ。
魔物に襲われる心配がないというのが一番安心して眠れるな。
……いや、約一名は悪魔に襲われていたらしい。
俺が起きた時には、ベッドでうずくまるシキと、相変わらず宙を彷徨っているメフィが起床していた。
「おはようマスター、残念ながらお楽しみは終了したよ」
「お楽しみって……いや、言わなくてもわかった」
「うぅ……酷いです。わたしが寝ぼけている隙に、あ、あんなことまで!」
気になる。
猛烈に気になるが、ここで興味を持つとメフィにからかわれそうだ。何より、シキから一撃もらうことがあれば、命の保障がない。
まあいい。次の街でも滞在はするだろう。その時までお楽しみだ。
「ところでマスター、次からは部屋を別々にしたほうがいいと思うんだ」
「何故! い、いや、懐に余裕が出来たらな」
悲しいことに、俺は悪魔の手のひらの上で遊ばれているらしい。
こっちの反応に対してクスクスと笑っているところを見ると、あいつ分かってやってやがる。
「それにしても、シキは寝起きが悪いみたいだね。おかげで様々な発け……おっと、体験が出来たよ」
「どちらにせよ、人が寝ている間に勝手に行わないでください!」
そういって、シキはメフィに対してポカポカと叩く……が、メフィは霊体状態らしいので、叩こうとした反動でそのままベッドに突っ伏す。
そのままメフィに文句を言っている姿を見ると、俺が寝ている間に仲良くなったかもしれないな。
ボディタッチというか、触れ合いのコミュニケーションも侮れないな。
「遊んでいるところ悪いが、ここはローリアの街じゃないからな。所持金的にも次の街へいくぞ」
「了解したよ。ボクの魔法も切れて、シキも魔力が回復しているからね。くれぐれも注意したほうが良いよ」
「はっ……そうでした。でも、ツノならこれで……」
そういって、昨日買ったばかりのネコ耳カチューシャを装備する。
昨日はわからなかったが、どうやらシキのツノを隠すようにネコの耳がついていたらしい。
後ろから見ても、白いツノにネコ耳がピッタリと合わせてあるので、耳の支柱部分だと思われるだけだろう。
その姿を見て、言葉を失う悪魔が一人。
そういや、メフィは見るの初めてだったな。
「……マスターはそういう趣味だったのかい?」
「そうではないが……でも」
「ど、どうですか? 似合って……ませんでしょうか?」
「いや、可愛いよ。相談なんだけど、ちょっと触らせてもらえない?」
買った時はわからなかったが、想像以上にシキに合っている。
黒髪のシキには、黒ネコの耳が生えているように見えて同化しているな。耳から除く桃色の部分も良いアクセントとなっている。
「……ボクも、悪魔のツノとか翼を付けたほうがいいのかな?」
俺の反応を見て何かメフィが言っているのが聞こえたが、ここは聞こえないフリだ。
ここは早めに撤退して、さっさと次の街へいくのが良さそうだ。




