カバ(詳細不明)
今度は気を失うよりも早く目的地についた。
俺の感覚では数キロ離れていそうな地点だったが、シキからすると三段跳びで行けるような距離だったらしい。
あの場所からここまでの着地が三回ってなんだよ。翼でも生えてるのか。
そして三回目の跳躍を終えた後、てっきりあの四人に話しかけに行くものだと思っていたが……また跳んだ?
「では、あの人たちへの説明と誘導をお願いしますね」
「まずこのロープを解いてくれ……って、おいおいこのままいくのか!」
シキは俺を抱えたまま、このカバの魔物に突撃するらしい。
抱えられたままの俺はどうすることもできず、落下地点であるカバの顔が迫ってくるのを待つだけだ。
シキはそのまま……衝突するタイミングでカバの顔を蹴った!
同時に、俺もそのまま宙に放り出される。
「ちょ、これ結構高さあるんですけど! ……っメフィ、頼む!」
「やれやれ、ボクをこんな事で使わないで欲しいね」
間一髪といったところか。地面にぶつかる前にメフイが受け取って……そのまま下に落とした。
「……ってぇ! そこで落とすなよ!」
「いや、すまない。ボクの想像を超えるほどの重量だったものでね。思わず手が離れてしまったよ」
そういやこいつ悪魔だったな。こんな時に悪魔らしさを発揮しなくてもいいのに。
一応衝撃は少なかったので、いくらかは支えてくれたようだ。
二人の手によって転がされた俺の目の前には、ポカーンとした表情がよく似合う四人がいる.
いや、一人は人なのか? 人型の獣と言った感じだ。
「……やあ、初めまして」
「誰だお前! いや、ここは危険だぞ!」
「そうだ! そんな身動きの取れないままここにいたら死ぬぞ!」
「み、みんな! あれっ!」
とりあえず挨拶をしてみたが、皆さん好き勝手言ってくれるようで。
傍にいた少年が指差したほうへ顔を向けると、ちょうど何か動くモノが巨大なカバの真下へ潜り込むところだった。
多分あれがシキの姿だろう。あの速さなら、街まで一日で着けるというのも納得だな。
少しすると、何か壁に拳がめり込むような音と共にカバが……浮いた?
あれ、見間違いかな。
「なッ! いまあれが浮い……」
「に、逃げるぞ!」
「衝撃に備えろ!」
巨体が浮く。
そしてすぐに下へと落ちてくる。
浮くと言っても、たかが数メートル程度なので、それはすぐにやってきた。
――地震。
見た目からすると数トンありそうな魔物が宙へと浮かんだんだ。
それが地面にぶつかると共に、近くにいた俺達にも衝撃が襲ってくる。
それも、地面が陥没するほどの衝撃だったようで、思わず俺とメフィ以外の人間は立っていられずに倒れてしまう。
俺は地面に転がったまま、メフィは相変わらず浮いているので被害はないが、こっちには地面からもろに振動が伝わってきて気持ち悪い。
ある意味大ダメージなので、下敷きになったはずのシキまで気にしている余裕がない。
「よし、今がチャンスだ! 一気に畳み掛けるぞ!」
「いや、あれは何かが戦っていないか?」
「でも一人じゃ無茶だよ! 僕たちも加勢を!」
「落ち着いてください! あれは俺の能力です!」
そういった途端、立ち上がろうとしていた四人とも「え?」と言った感じでこちらを見てくる。
そんな視線をもらうと困るぜ。まあ、シキとの約束だしな。
「もう少しで片付くはずなので、あなた達は被害を受けないように離れていてください!」
「そんな! 俺達があんな苦戦したのに、お前一人で倒せるわけがっ」
「さっき浮いたのを見たでしょ? それに、まだ攻撃は続いています」
俺には背後から聞こえる音しかわからないが、鈍い打撃音やカバの悲鳴みたいな声を聞くに、いまだシキの攻撃は続いているのだろう。
その音を聞きながら、目の前の四人に対してドヤ顔をキメてみせる。
「しかし、本当にお前の能力か……」
「こいつは拘束されている。なら、代わりの攻撃手段があってもおかしくはない」
「え? なら、本当にこの人が……」
どうやら動けないことを良い方向に理解してくれたみたいだ。
そうか、あの時! シキのやつ……そこまで考えて!
その時、俺達のすぐ横にカバの足が落ちてきた。距離でいうと数メートル横だろうか。
とてつもない衝撃と、砂埃が襲ってくる。彼らは衝撃に構えられたが、俺は踏ん張ることも受け身を取れるわけもなく、破壊された障害物のようにふっ飛ばされる。
その姿を呆然と見守る四人と、離れた場所から笑っている悪魔が一人。
いや、シキのやつ何も考えてないだろうな。やっぱり偶然だろう。
「……なので、早く……離れてください」
「ボロボロじゃねぇか! 本当にあれはお前の能力なんだよな?」
「まあいい、俺らも危なかったんだ。態勢を整えるためにも一旦離れるぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
俺の身体を張った交渉もあってか、ようやく彼らは撤退するらしい。
さて、俺もさっきみたいに巻き込まれるのはゴメンだから、移動するか。
「メフィさん、俺を運んでくれますかね?」
「マスターは、先程の出来事を忘れたのかい? このボクに抱えられるわけがないだろう」
「ですよねー」
ある程度は予想していたが、やはり無理だったか。
となると、生き残るためにはプライドなんか捨ててやる!
「すみません! 俺も一緒に運んでください! すみませーん!」
「え? ちょっと、あのリーダー!」
「なんだ! 離れるぞ!」
「いえ、この人が運んでほしいと……」
「何っ! 自分で動けないわけが、いや動けないのか」
なんか俺が常に縛られている人みたいに勘違いされているが、この状況なら仕方ない。
例え動けても、金がない状態ではヴェノムダガーと自動防御しか頼れないんだ。無力なことには変わりがない。
「ハッ! お前さん、自分の能力とやらで死ぬ気だったのか!」
「こっちにも色々とありまして」
「まあいい、どっちにしろ俺らも危なかったんだ。俺らはどこまで離れればいいんだ?」
「とりあえず、すぐそこの岩場までお願いします。多分、もうすぐ終わりますので」
この人たちがどれだけダメージを与えていたかは知らないが、俺らが話している間にも後ろからの音は止んでいない。
いくら相手が巨大な魔物だって、ダメージを受け続けていればいつか沈むだろう。シキのほうは……心配しなくてもよさそうだな。
俺達がそう離れてはいない岩場まで避難したところで、一際大きな地響きが鳴り響いた。
どうやら、あの巨大なカバが横に倒れたらしい。
それ以降、音が止んだところを見るに、終わったのかもしれないな。
「倒した……のか?」
「あの時は死を覚悟したのに、こんな呆気ないのか」
「ほ、本当に倒したんですか?」
俺に聞かれても困る。
ただまあ、様子を見てもあれ以降動く感じはしない。
ここであいつが起き上がったりでもしたら驚きだが、シキが動かないということはもう安心だろう。
「片付いたみたいですね」
「ああ……実は俺達も苦戦していたんだ。何せ全く攻撃が通っている気がしねぇんだ。そのくせ一撃でもくらったらお陀仏ときやがる」
「あいつに踏み潰されそうになっても動じないって……お前、肝が据わっているな」
「ふっ飛ばされていましたけどね……」
すると、もしあの時踏み潰されていたら死んでたわけ?
オイオイオイ、いつか死ぬわ。
「ところで、そこの女性は兄ちゃんの相方か?」
「ボクは――」
「はい! そうですけど、アレはどうします?」
こいつに名乗らせると、また余計なトラブルになりそうだ。
シキだって存在を隠して欲しいと言っているんだ。これ以上厄介事を増やしたくない。
「ああ、俺達も依頼を受けたってわけでもないんだが……あのままにはしておけないな」
「運ぶのは到底無理だな。街に戻って報告をして回収班を出してもらう。それから報酬って感じの手続きになるだろう」
「でも、倒したのはこの人ですけど……僕たちは」
「あっ、苦戦しているのを見かけて手伝っただけなので、報酬は全て差し上げます」
「そ、そんな! でも、良いんですか?」
実を言うとお金が欲しい。
でも今回はただ立ち寄っただけだ。シキが急いで街へ行きたいと言う手前、報告やら手続きやらで時間を取られたくもない。
それに、俺がやったことでもないことで報酬を請求するのは少し違う気がするからな。俺がやったことにはするけど。
「おいおい、俺らも冒険者という手前、共闘したのに片方は報酬なしということには出来ない」
「獲物を横取りしたってなら話は別だが、俺らが手伝ってもらったんだ。全部は渡せないにしても、半分以上の報酬は受け取ってもらわないとな」
「とはいっても、私達も急ぎますので」
この魔物を見るに、金貨数十枚はいくだろう。
それの半分ともなると、是非とも頂きたい。でも、シキと相談できない今、勝手に今後の方針を変えることはしたくない。
良い落とし所が見つからないな。
「ならマスター、彼らの所持金を貰い受けるということでどうだい?」
「所持金? ああ、それならあれも回収できるし一石二鳥か」
「回収? お前たちは何を言っているんだ?」
「ちなみに、あいつも時間停止のほうで銀貨10枚しか要らないのか?」
「大きさに規定はないけど……あれほどの大物は、さすがにボクも試したことはないね」
銀貨10枚あれば運べるかもしれない。可能性はゼロではないんだ。少しでもあるなら試す価値もある。
「というわけで、あなた達の所持金をください。あの魔物の報酬は街に着いてからということでどうですか?」
「いや、俺らも手持ちがないと街へ入れないからな。全部は渡せないぞ?」
「第一、街ってどこの街で落ち合う予定なんだ? ここから近い街は……」
「ローリアの街でお願いします」
「ここから結構距離があるじゃねぇか! でもまあ、大型ギルドもあるし、妥当かもしれないな」
勝手に行き先を変更しても困るからな。ここは俺達に合わせてもらう。
「では、街で報酬を渡すということで……」
「わかった。街に着いたら俺らがお前らを探すぜ。なあに、こいつがいれば簡単に見つかるさ」
そういって、彼はさっきから全く喋らない獣人を指差す。
獣人と言った種族はよくわからないが、多分鼻も効くんだろう。
もしかして、悪魔や鬼の匂いもわかったりするのか?
「よし、こいつは助けてもらったお礼も含めた前金だ。じゃ、俺らは先に街へ向かっているぜ」
「その姿だと、着くのも一苦労だろうがしばらくは待ってやるぜ」
「その状態でどうやって移動するかわかりませんが、道中には気をつけてくださいね!」
「はい。じゃあ私はアレを回収してから先に待ってますね」
「「「「え?」」」」
「ん? いま獣人もしゃべ……」
「お話は終わりましたか?」
話も纏まって移動しようとした時、空から女の子が降ってきた。
そろそろメフィに呼んできてもらうところだったのでちょうど良い。
「えっと、頭はいいのか?」
「わたしが可哀想な子みたいな言い方はやめてください! メフィストさんが隠してくれたので大丈夫ですよ。では、わたしたちはこれで……よいしょっと」
「ちょ、それがお前の能力なのか!」
「街で待っているので、報酬が欲しいなら来てくださいね」
シキに抱えられたまま、最後に言葉を残して飛び出す。
手始めに巨大なカバの近くにいくのも忘れない。
「じゃあ、メフィ頼んだ」
「出来なくても文句は受け付けないよ。容量空間よ、開け」
「えっ、メフィストさんは容量空間まで使えるんですか! それでも、この大きさは……ええっ!」
横でシキがうるさいが、メフィの空間にはどんな大きさの獲物も収納できるらしい。
ここからでは見えないが、こちらの足元からカバの反対側までは黒い空間が広がったのだろう。
まるで落とし穴にでも落とすかのように、あれほど巨大なカバが一瞬にして下へと落ちていった。
もちろん、容量空間が閉じた後には、戦いの爪痕というか、クレーターが残るだけだ。
「じゃ、あとはシキ。街まで頼むよ」
「えぇ……わたしも驚きが止まらないですけど、倒した本人が言うのもなんですよね」
そりゃそうだ。
ここからでは見えないが、置いてきたあの四人があんぐりと口を開けている姿が目に浮かぶようだ。
これもそれも、前金としてお金を貰えたから出来た芸当。
中身は銀貨10枚しか減って……でもあれ、なんか少なくない?
残り30枚くらいしかないんだけど。
「ちなみに、シキのツノを隠すのを含めても、ボクは銀貨15枚しか使っていないよ。もし少ないなら、初めから金額が少なかったんだろうね」
「チクチョウ! 冒険者というのは金欠なのかよ!」
どうやら、換金するまで贅沢はできそうにないらしい。




