戦いの爪痕
取扱説明書。
それは、付属品としてはほぼ無くてはならないモノだが、一回目を通すだけで多くの場合は闇に葬られる。
定めた場所に収納せねば、行方不明になること多数。
それに、一回目を通せば内容を把握できるようになっている。
かくいう俺も、炊飯器の説明書なんて見たことがない。
使い方を覚えれば、大体どれも同じだからな。
「……読んでも、どうしろと?」
「そ、それには何て書いてあるんだ! 御神体と共に伝わる書なんだが……俺にはさっぱりわからないんだ!」
「ごめん。読めるけど、俺にもさっぱりわからないわ」
第一、炊飯器と説明書だけ渡されてどうするんだよ。
電気と米がなければ意味がないじゃないか。
「おかしいな……その書には、御神体が祀られている意味や、ヤシロ様からのご加護が記載されていると聞いたが」
「なんとなく意味はわかりますけど、全く無意味な気がします」
祀られている意味。ご飯が炊ける……飢餓防止だろうか。
ヤシロ様からのご加護。アフターサービス……業者への電話?
「それで、あの中身って見ても大丈夫ですかね?」
「あの文字が読める奴になんか、俺は元より、この村の人間は出会ったことがないんだ。お前さんなら、あの中身の意味がわかるかもしれないな」
「てことは、蓋を開けたんですね?」
「ああ、けど俺にはソイツが何なのかわからなかった」
村長がわからない。御神体。炊飯器。
ということは、中身は俺の世界にあるものの可能性が高いな。
暗殺獣なんて放っておいて、今から御神体の場所まで戻ろうかな。
「ちなみに、その襲われた二人というのは何処にいるんですか?」
「この家の二階だが……すまんな、村の回復魔法を使える者が交代で付きっきりなんだ。できればそっとしておいてくれ」
もしかしたら何か情報が貰えるかもと期待したが、まだまだ危険な状態らしい。
いや、待てよ。
「メフィって回復魔法も使えたりするのか?」
「言っただろ? ボクに使えない魔法は、ほぼ存在しないよ。対価さえ貰えるなら、すぐにでも治せるよ」
「ほ、本当か! なら頼むっ、レイナはここままだと危ないんだ!
その言葉に村長がすぐに反応してくるが、おいそれと許可を出すことは出来ない。なんたって対価を請求されるのは俺だからな。
「ちなみにメフィさんや。対価はいくらほどで?」
「それは負傷状態によるよ。簡単な魔法で治せる傷もあれば、上位の回復魔法が必要な場合もある。なんなら全て上位の魔法で……」
「治せるか判断するので、今すぐ負傷者のところへ案内を頼む」
……よく考えると、俺が対価を払わなければいけないということはない。
メフィに要求された対価は、そのまま村長に請求するか。
どちらにせよ、まずは傷を見てからだな。
「この部屋だ……リューは、見ないほうがいい」
「でも、二人は僕を逃がすために!」
「二人のためでもあるんだ。わかってくれ」
「……はい」
子供には見せられないくらい酷い状態なのだろう。
ともかく、もし意識が戻れば何か話を聞けるかもしれない。
リューを廊下に置いたまま中へ入ると、そこには想像していたよりも危険な状態の女性がいた。
女性と男性が一人ずつ寝ているが、とくに女性のほうが重傷のようだ。
ラルフと思われる人物は、左腕と右足があらぬ方向へ曲がり、見ただけで骨折しているとわかる。
出血はしていないみたいだが、ある程度傷が軽いように見えるのは回復魔法のおかげだろうか。
起きたら苦痛で暴れるかもしれないが、これなら意識を取り戻すまで時間の問題だろう。
対するレイナと思われる女性の方は、足の肉は抉れ、腹部には真っ赤に染まった包帯が巻かれている。
どうやら、相当な死闘を繰り広げたようだ。
頭の半分以上に包帯が巻かれており、所々赤く染まっている。
頭に噛みつかれたと思われるが、あの状態だと傷跡が残りそうだ。
……女性には致命的な傷だな。
そして一番の重傷だとおもわれる原因が……片腕が、分離している。
どうやら利き腕と思われる右腕を、武器ごと切り落とされたらしい。
にしても、あの獣にそんな芸当ができるのか?
顔や足の負傷については納得できるが、獣に襲われたにしては腕が不自然なほどの存在感を放っている。
奴の爪はそこまで長くないので、それと踏まえると……まるで第三者に、切断されたみたいじゃないか。
それにしても……よく腕を持って帰れたものだな。
「助っ人を連れてきた。エリナも疲れただろ、少し休んでくれ」
「でも、ここままだとレイナの奴が!」
「少しの間こいつに診てもらうだけだ。すぐそこで見ていてもいい。だから……」
「……わかった。」
「ラルフのほうはここままでもいいのか?」
「今はレイナが危険なんだよ! こんな奴後回しでいい!」
そんなにヤバイ状態なのか。
だと言うのに、この村長はさっきまで炊飯器のことで無駄話をしていたってことになるな。
村長もそれはちょっと予想外だったようで、心なしか顔が青くなった気がする。
「……これは思っていた以上に酷いな」
「どうやら、聞いていた通りの重傷のようだ……女性のほうは、金貨10枚分を使えば完全に治せるよ。男性のほうは……このままでもいいのかい?」
二人してラルフは無視かよ。同じ男として少し同情する。
しかし、金貨10枚分か。結構ふっかけてきたな。
「……そんだけ払えば、顔も腕も元通りになるのか?」
「対価を受け取るからには、仕事は完璧にこなそう。治療の出来についても、このボクが保証するよ」
「悪魔に保証されてもな……でも村長さんよ。こいつの仕事は完璧だ。それはマスターの俺も認める事実だ」
例え法外な料金を請求されようと、四天王だった悪魔を倒したり、荷物を容量空間に収納したりと、普通では出来ないことをやってのけるのがメフィだ。
例え腕が分離していようが、死んでいなければ治療できるものなんだろう。
もしかすると、蘇生魔法も使えるのかもしれないが。
「……わかった。金を渡せばいいんだな。少し出かけてくるが、すぐ戻ってくる。それまで待ってくれ」
「村長! それまでレイナの奴は放置するつもりかい!」
「エリナ。すぐに戻るから、もう休んでいていいぞ」
この村を治める人物も、さすがに金貨10枚は所持していなかったらしい。
多分、村人の誰かから借りにでも行ったのだろう。
村長が部屋からいなくなると同時に、エリナという人物も休憩するのをやめて、再び女性に治癒魔法をかけ始めた。
「くっ、悪いがレイナはあたしのダチなんだよ。いくら治療ができるからって、何処の誰かも知らないやつに任すわけにはいかないね」
「これはメフィの正体を知ると、絶対に許可は貰えないだろうな」
「まあまあ、落ち着こうじゃないか。それはそうとマスター、横にいる男性なら、銀貨50枚ほどで治療できるが、どうする?」
「あー……それなら放置でいいだろ。このエリナさんに任せようぜ」
自腹で男を治療するまでもない。
それにこの男……意識を取り戻しているのか、さっきから時々動いているように見えるのは気の所為だろうか。
村長が部屋を出ていって数分が経っただろうか。
すぐという言葉の通りに、金貨を10枚用意して部屋に戻ってきた。
……外で待機していたはずのリューも一緒に。
「レイナさん……ラルフさん……! 二人とも僕のためにっ!」
「落ち着け。確かに酷い状態だが、今から治してもらうんだ。お前はこいつらを信用しているんだろ? あいつらを信じるお前を信じろ」
「ちょっと待て、村長さんは俺らを信用していないのかよ」
しかも武器なんか用意しているし。
あれか。もしメフィが金だけ貰って、やっぱり治せませんでしたーとなったら俺らを葬るつもりなのか。
「……お、おい。絶対に成功させろよ?」
「大丈夫さ、もし失敗したとしても、マスターはボクが守るよ」
失敗を前提に話しをするなよ。
村長とエリナの視線が痛い。なんか、リューまでもメフィを疑い始めた気がするな。
俺は差し出された金貨を奪い取るように受け取ると、何か言われる前にメフィへと合図をする。
「対価はこれでいいだろ! メフィ、頼んだ!」
「了解したよマスター……彼の者へ慈悲を――グアリーレ・マジーア!」
その呪文を唱えた途端、レイナの身体が光に包まれる。
それは一瞬の出来事だったが……光が収まった後には、最初から腕がとれた怪我人などいなかったかのように本来の位置へと取り付いていた。
腕を無理やりくっつけたかのような繋ぎ目なども存在しなく、この調子だと包帯の下も完治しているのだろう。
見た目ではわからないが、腕がここまで完璧に治っているんだ。他の傷は治せなかったということはないだろう。
相変わらず仕事が早い。
ちなみに村長から奪い取った金貨も全て消滅していた。
「……さてと、こっちは済んだね。あとはこの男性か」
「お、おい! あたしは一瞬しか見ていなかったが、本当に治ったんだろうな!」
「心配なら傷口を見ると良いさ。もっとも、男性に囲まれている中で女性の服を脱がすのはどうかと思うけどね」
「うっ……たしかに」
エリナと呼ばれる人物は、すぐにでも怪我の様子を確認したいだろうが、さすがにこの場では抑えたようだ。
ちょうどいい、この人も回復魔法を使えるなら、男性は任せよう。
「レイナさんのほうはもう大丈夫だ。あんたはそろそろ、そこの男性を治してくれないか?」
「チッ、あたし達は金を払ったんだ。ついでにこいつも治してくれてもいいんじゃねぇか?」
「悪いが、ボクの魔法はあれで終わりさ。これ以上は別料金だね」
「ああ、そうかよ! まあ……助かったけどさ」
この世界での相場はまだまだ不明だが、あそこまで完璧に治せるとは思っていなかったのだろう。
普通の回復魔法でも生命を維持するのにやっとだったんだ。
それが金貨10枚なら……安いのか?
まあ、元の世界では金貨100枚分とかザラにあったからな。
「……よし、ラルフはこんくらいで大丈夫だろう。そのうち目を覚ますはずだ。それにしてもレイナ……本当に良かった……」
「おいエリナ。嬉しいのはわかるが落ち着け」
「エ、エリナさん! そのままだとレイナさんが苦しそうです!」
エリナは相変わらずレイナにべったりだが、いくら傷が治ったっていっても、そんなに抱きしめて大丈夫なのか?
目が覚めた時に苦痛に襲われないかが心配だ。
そんな光景を微笑ましく眺めていると、メフィに服の裾をチョイチョイと引っ張られた。
声に出さないところを見ると、何か内緒の話があるらしい。
「……どうした?」
「少しまずいことになったよ。すぐにでも魔法の許可を」
「っ! わかった! 許可する」
こいつとはまだ短い付き合いだが、意味もなくそんな事を言う奴じゃないのはわかっている。
危険が迫っているというなら、お金がどうこうとか言ってられるか!
「我の仲間……その全てを護れ――ソステニトーレ・スクード!!」
「な、何をっ! ど、どうした!」
「ちょ……おいおい。お前、どういうつもりだ?」
その人物は、いつのまにか剣を構えていた。
メフィの魔法が間に合ったので全員無事だが、そのまま剣の軌跡を辿れば、寝たままのレイナとそれに抱きつくエレナ。
近くにいた村長とリューまでが斬りつける対象となっていただろう。
つまり、こいつ……暗殺獣を知る、全ての村人が。
怪我人。ラルフに成りすました獣が、俺たちに牙を向いた。




