ヤシロ様の加護
どうやら遠くに見える子供は、この洞窟に向かって走っているらしい。
何かに追われているのかもしれないが、それ自体が罠かもしれない。
「あれは男の子……か?」
「まず話を聞くのかい? ボクが言うのもなんだが、この場所に人の子が迷い込むなんて、尋常じゃなく怪しいね。ましてや、今は夜だ」
確かにそうだ。これが罠の可能性も否定できない。
しかし、本当に迷い込んだ可能性も捨てきれない今、いきなり攻撃するのは可哀想だ。
「俺は奥に隠れる。メフィはあの子供が入り口に来たら、驚かすことってできるか?」
「ボクにかかれば、姿を消したり壁のすり抜けだなんてお手のもんさ」
「マジかよ。それは……怖いな」
主に、覗かれる心配と驚かされる恐怖で。
まあ本人が言うなら幽霊の真似事を任せておこう。
普通の人間なら、これで驚くはずだが。
さて、どうなることやら。
「マスター、もうすぐ来るよ。念のため、武器の用意を」
「わかった」
姿は見えないが、声が聴こえるということは近くにいるのだろう。
全く、メフィが味方で本当によかった。
「三つ数えたら出るよ……三、二、一…………止まれ!」
「っえ! う、うわあああああ!! で、でたああああああ!」
「うるせぇ……」
子供がもうすぐ洞窟入ろうかというタイミングで、そこにメフィが立ちはだかった。
先程までは誰もいなかったのに急に現れるものだから、オバケとでも思ったのだろう。あながち間違いでもない。
ただ、勢いよく走っていたせいでそのまま洞窟へ突っ込み、メフィの身体を文字通りすり抜けて転がってきたのは予想外だった。
目の前に現れた子供相手に、することは一つだ。
「黙れ、お前は喋れるのか?」
「コクコク……っ!」
転がってきた子供に、念のため普通のダガーを突きつけて脅す。
例え獣でも、暗殺獣みたいに賢い獣なら話せるかもしれないからな。ここは油断できない。
「ここには何の用があって来た?」
「えっと、その、あの……」
「質問に答えろ!」
「ひっ!」
これが男の子相手でよかった。もし女の子だと、完全に通報モノだ。
……いや、今の脅し方だと、やっていることは盗賊と一緒だな。
「えっと、その……すぐそこの森で薬草を採っていたんですけど、ここに来る途中に獣に襲われて……」
「こんな夜にか?」
「は、はい! 本当はあと二人いましたけど、二人とも僕を逃してくれて……その人に言われたんです。近くの洞窟に逃げ込めば、きっとヤシロ様が守ってくださると」
なんか惨劇が起きそうな村の神様だな。
ちょっと興味が湧いてきたぞ。
「てことは、この洞窟はヤシロ様を祀る祠みたいな場所なのか?」
「はい……この奥にはヤシロ様の御神体が……やめてください! 僕の村を荒らさないでください!」
「え、どういうこと?」
この子供、短剣を突きつけられた状態だっていうのに、だんだんとこっちへ近づいてくる。
ハッ、まさかこれも暗殺獣の作戦だというのか!
「……マスター、その子は普通の子供のようだ。そろそろダガーを仕舞ってあげたらどうだい?」
「なんだ。じゃあ警戒しなくてもいいな。メフィは入り口を見張っててくれ。俺はこいつに話しを聞く」
「了解したよ」
さっきまで威勢の良かった子供は、幽霊と普通に話してる俺を見て、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
さて、何から話したものか。
「脅かしてすまないな。ちょっと厄介な相手と戦っている最中なんだ」
「えと……その、それは警備隊とか、ですか?」
「警備隊? 何じゃそりゃ」
大体予想はつくが、人に追われるような事を仕出かした覚えはない。
まあ、さっきのやり取りから盗賊と思われても仕方ないか。
「いや、黒い犬みたいな獣さ」
「!! それです! 僕もその獣に襲われました!」
この男の子の話を聞くに、どうやら暗殺獣は俺らの前にそっちを襲ったらしい……これは、ちょっとまずいことになったな。
「いいか、そいつは暗殺獣といってな……」
擬態するのが得意。目撃例が極端に少ない。理性を持った魔物並に頭が良い。
最後に、目撃者は必ず排除するだろうという説明をすると、男の子のほうもだんだんと脅威を理解したのか、顔が真っ青に染まっていった。
「ど、どうしましょう……このまま村に戻っても、村の皆の誰かに擬態している可能性が……」
「まだ連れの二人がやられたとは限らないんだ。お前はこのまま、村の人に事実を伝えにいくんだ」
「でも、今から討伐依頼を出しても、その間に村の皆の誰かが犠牲になったりしたら……」
「その村には冒険者はいないのか? 主にランク持ちの」
「僕の村では、多分Bランクのあの人が一番強いかと……それでも擬態する相手をどうやって判別したら良いのか……」
もしAランク冒険者がいたとしても、擬態する奴を相手に、本物か擬態かを見分けるのは難しいだろうな。
メフィの目も誤魔化した相手だ。村へ行かず、とっとと消えてくれるのが一番いいのが。
「そ、そうだ! お兄さんが僕の村に来て助けてください!」
「俺にメリットはないだろ。しかも弱いし」
「で、でも! 暗殺獣という獣を追っているってことは、相当の実力を持った冒険者様だとっ!」
「俺はランクもなにも、ギルド登録さえしてない初心者だぞ?」
「え? でもさっき、幽霊みたいな人も従えて……」
「ボクはマスターの一部だからね。当然さ」
後ろから急に現れたメフィに、男の子のほうは腰を抜かしたようだ。
……こいつ、わざと驚かして反応を楽しんでいるな。
「とにかく、俺はアレに襲われていたから身を守っていただけだ。危機が去ったならさっさと離れるさ」
「ま、待ってください! どうしたら助けてくれますか!」
目の前の男の子は、半泣き状態で俺の服を掴んでいる
……別に、村にいって様子を見てもいいんだが。
元はといえば、俺がファントムドッグに襲われたせいだ。それが原因で、間接的だが村に被害が出るというなら、俺も無関係ではない。
「そうだな……実は今、金欠でな。報酬次第なら考えよう」
「マスター、さすがのボクも、子供相手にお金を要求するのは……」
誰のせいで金欠だと思っているんだ!
目の前の男の子は、それでも良いといったように、必死に頼み込んでくる。
「わかりました! もしその暗殺獣を倒していただけるなら、僕が村長様と交渉してでも払います! なのでお願いします!」
「うっ……わかった。協力しよう」
男の子にそこまで言わせると、さすがに俺も心が痛んだ。
隣にいるメフィなんかは、何も言わずにずっとジト目を向けてくる。
……無言のやり取りが、実に気まずい。
「あ、ありがとうございます……僕はリューと言います。よかったら、お兄さんのお名前も教えてください」
「あ、ああ。俺はヨーヘイだ。こっちの浮いてるのはメフィといってな。俺の相棒だ」
「ヨーヘイさんにメフィさんですね……よろし」
「ボクはメフィストさ。君もそう呼ぶといい」
リューの言葉を途中で遮って、メフィが強く自己主張をしてきた。
何気なくつけた名前だったが、そんなに気に入っているのだろうか。
予想外の反応にリューが停止してしまったので、今のうちに聞きたいことを聞いておくか。
「と、ところで、ヤシロ様の御神体っていうのが気になるんだが……見せてもらうことは可能か?」
「は、はい! 本当は村の人間以外には見せては行けないことになっているんですが……どうぞ」
こんな誰にでも入れる洞窟にある時点で、村人限定も何もあったもんじゃないと思うが、昔からの仕来りでもあるのだろう。
リューはどこからかソフトボールくらいの灯りを取り出すと、ゆっくりと洞窟の奥へ先導し始めた。
「どうぞ……そんなに奥までは行かないと思います」
「すごいな、この灯りってどう灯すんだ!」
「え?」
「……マスター、それが魔法さ」
メフィが何かかわいそうなモノを見る目でこちらを見てくる。
リューのほうはというと、何を言っているのかわからないという感じだ。
「なんだよ、初めて見るから仕方ないじゃないか! おい、リューもそんな目で見るのはやめろ!」
「いや、ヨーヘイさんって本当に初心者だったんですね……」
「今からでも依頼を取り消したらどうだい? マスターはこう見えて、魔法がからっきしダメらしいからね」
メフィの言葉を受け、真剣な顔で悩んでいるリューが気になったが……最初に言われたように、すぐに行き止まりへと辿り着いた。
見た感じでは、小さい神社のような空間が広がっている。
「あれがヤシロ様の御神体ですが……絶対に手を触れないでくださいね」
そう言われるままに、神社のようなモノの中心に視線を向ける。
なんだあれ、なんとなく見たことあるような……て、あれ?
「おい、え……ちょ、あれが御神体?」
「……そうですけど、どうかしましたか?」
「でもあの形……いや間違いない! でもなんでこんな場所に……」
そこには、元の世界で言うところの……炊飯器が、祀られていた。




