パン騒動
街から出て、そのまま南へと向かう。
門番の話では、この道を進んでいけば、ローリアの街まで続いているらしい。
ただ、徒歩と伝えたときにされた門番の反応が気になるが……こんなことなら、地図か何か探しておくべきだったか。
まさか攻略本にマップが載ってないとは予想外だったからな。
「ところで、メフィは一回『本』に戻ったりしなくても大丈夫なのか?」
「!! マスターはそんなにボクにいなくなって欲しいのかな……」
「い、いや! 魔力補填とか、必要ないのかなと思ってだな! 単にメフィのことを心配しているんだよ!」
「嬉しいことを言ってくれるね。ボクが姿を現すのは、ただの好奇心からさ。対価も何もいらない、大丈夫だよ」
ということは、これってメフィがその気になれば、魔法も対価ナシで使えるんじゃないか?
いや、メフィの存在固定法が魔法と決まったわけじゃない。下手にヘソを曲げられるよりは、このままでいいか。
「このまま街へ行くみたいだが、あとどれくらいかかるんだい? ボクとしては、マスターの手持ちと体力が心配になるよ」
「そうだな。何処かで手っ取り早く稼げるといいんだが」
ギルド登録というものを行なわなければ、いくら強力な魔物を倒しても報酬が半減するらしい。
正確には、素材分の買取金額は貰えるものの、魔物を倒してもギルドは無関係ですよ、ということだ。
どちらにせよ脅威が去ったというなら、報酬を全額渡しても良さそうなもんだが……それじゃギルドの運営もやっていけないのだろう。
経営するというのは大変だな。
大体二時間ほど歩いたところで、休憩にちょうどいい大木があった。
時間的にはそろそろ昼時といったところなので、今のうちに休んでおくか。
「ちょっとここで休ませてくれ」
「了解。見張りは任せてよ」
街を出てからというもの、まだ魔物というものに遭遇していないが、ここら辺に出現する魔物は中々の強さらしい。
依頼も何も受けてないなら相手にする必要もないが、売れる素材の魔物がいないか、少し攻略本で調べてみるか。
ここはベルルクの街の周辺だから……生息地から調べて……チッ、こういうとき逆引きができないと不便だな。
一覧からいちいち探すのは面倒だ。
そんな感じで魔物データを見ていると、少し気になる魔物を見つけた。
「メフィ、ちょっとこっちに来てくれ。聞きたいことがある」
「ん? どうしたんだいマスター、まさかボクに食べさせて欲しいというお願いかい?」
なぜかキラキラした顔でこっちに寄ってくるが、そうじゃない。
それとも、お願いしたら本当に食べさせてくれるのだろうか……ゴクリ。
「あー……うーん……そ、そうだな! いまちょっとページを捲るのに忙しいから、このパンを食べさせてくれるか?」
「まったく、仕方ないね。ほら、口を開けなよ。あーん」
まさか本当にやってくれるとは思わなかったので、少し驚きながらも言われたとおりにする。
……なんか、急に恥ずかしくなってきたな。攻略本に視線を注いでいるが、内容が全く頭に入ってこない。
俺は口を開けたまま、メフィが差し出すパンを今か今かと待って……待っているが、さすがに遅くない?
いつまでも有りつけない食事に、ふと疑問に思って目線を上げると、メフィの手にはパンが半分しか残されていなかった。
「んむっ……このパンも宿で食べたモノに比べると味は劣るが……はむっ……別に悪くはないね。さすが旅の常備食だ」
「俺のパンが!」
「ふむ……いや、マスターのために毒味してあげたのさ。このパンに毒はないよ、安心していい」
「そもそも、飯は要らないって言ってなかったか?」
「確かに必要ないさ。しかし、目の前に用意されて、ボクの好奇心を我慢しろというほうが無理なお願いさ」
さすが悪魔。
期待を裏切ったり、やることはちゃんとやってくれるじゃないの。
「ボクが味見した結果、大丈夫だと判明したんだ。ほら、口を開けてくれマスター……あーん」
「うっ、でもこれはさすがに……」
そういって差し出される、半分のパン。
逆に言えば、メフィが食べた後に残った部分とも言える。
半分に割ったわけでもなく、食べかけ……つまり、間接的にアレだ。
「でもこれは……いや、俺のメシだ。じゃあ、食べさせてくれ……あ、あーん」
「残念だけどマスター、時間切れのようだ」
急に離れていったメフィを追って視線を上げると、そこには黒い毛並みをした野犬のような獣が複数いた……あれ、もしかして囲まれている?
「マスターはその『本』から手を離して。抱えていると、自動防御が発動しない可能性があるからね」
「そうか、俺の意思が優先されるんだな」
持っていた攻略本を地面に置くと同時に、あらかじめ腰に刺していたヴェノムダガーを構える。
ゴードンの薦めで腰ベルトを買っておいてよかったぜ!
ちなみに初期武器のノーマルダガーは、予備武器として鞘ごとリュックに括り付けた。
「一応聞くけど、魔法の使用許可は貰えるのかな?」
「……いや、ここは俺だけでいい。たかが犬相手に、無駄金を使うこともないしな」
群れているので多少の脅威だろうが、見た目も大きさもただの犬だ。
このヴェノムダガーで毒状態にして逃げ回っていれば、いつかは勝手に力尽きてくれるだろう。
動くなら、向こうが様子を伺っている今がチャンスだ!
「注意したほうがいい。あの獣はファントムドッグといって……」
「っ! おらぁ!」
何かメフィが言っていたが、こういうのは先手必勝だ。
初めての野良戦闘なんだ。ここで躓いてたら、旅なんかしていられない。
一番攻撃しやすい真正面へいた犬へ斬りつけると、確かに手応えがあった。
よし、まずは一匹……
って、消えた?
おかしいな……確かに手応えはあったんだが。まさか今の一撃で倒したのか?
だとすると、このヴェノムダガーというのは相当攻撃力が高いらしいな。
「まだだ! ファントムドッグが二体……来るよマスター!」
「っ!! うおっ、あぶねっ!」
正確には手遅れだったが、そこは俺の攻略本が代わりに攻撃を受けてくれた。
思いっきり爪で引っかかれた気がしたが、本には傷一つついていない。
さすが俺の能力だ。
「なんだこいつら、瞬間移動でも使えるのか!」
「その獣はファントムドッグだよ。少ない個体で、数を多く見せて相手を威圧するんだ。敵は十匹ほどに見えるが、実際は三匹といったところだね」
「つまり、どういうことだ?」
「当たりを攻撃しなければキリがない、ということさ。ちなみに分身体にも攻撃判定はあるらしいよ」
「攻撃判定があるなら、もうそれ威圧じゃねぇだろ!」
ということは、さっき消えたやつは分身体だったのか。
どれが本物か見分けなければ倒せないうえに、分身体からもダメージをくらうとか……初っ端から強敵じゃないかよ。
それにしても……なんでこいつ、攻撃判定なんて言葉知っているんだ?
「こういうのはまとめてぶっ放したほうがいいんだよ。マスター、魔法の使用許可をくれないかい?」
「いつからそんな脳筋になったんだよ! それは最後の手段にしてくれ!」
にしてもだ。
実際問題、分身体と本体の合わせて十匹に襲われる状態なら……どう回避するべきだ。
攻撃さえ当てれば勝てる。
初っ端から複数との戦闘なんて予想外だぞ。
「確認するが、こいつらは一匹から分身は二つしか出ないのか?」
「亜種になれば、数十匹出せる個体もいるようだけど……ここにいるのは通常種だからね。本体は三匹さ」
「……わかった。なら!」
さっきのやり取りでわかったことは、攻撃を当てたのが分身の場合、一瞬だけ消える。もっとも、本体が要る限りすぐに復活するが。
なら、やることは同時攻撃だ。
襲ってくるファントムドッグから多少距離を取り、二匹が固まるように誘導する。
そして……奴らが飛びかかってくるタイミングで、何度か守ってくれた攻略本を片手に持ち、アンダースローで投げつける!
「ちょ、ボ、ボクの本が!」
「っ! シャァア! こいつは消えないってことは、当たりかッ!」
攻略本を当てた個体はハズレだったみたいだが、ヴェノムダガーで斬りつけた方は、血を流したままこちらを睨みつけている。
消えたはずの分身体がその隙に襲ってきたが、そこは安心の自動防御だ。
いくら飛ばしても瞬間移動して守ってくれる。心強いね。
さて、傷ついた個体は毒が効くまで待つとして、残りは二匹か……おや、メフィさんが口を開けたまま固まっているぞ?
「おーい、いくら自称・悪魔でも、獣に襲われて負傷するような真似はしないでくれよー」
「……ハッ! ま、ますたー? 一応聞くけど、今の攻撃は……」
「ん? 攻略本を投げつけただけだけど?」
「ちょ、ボクの本体を乱暴に扱わないでよ!」
どうやら俺の攻撃(物理)が相当不満だったらしい。
一応奥の手として持っておきたいので、ここは説得するか。
「といってもな。打撃にちょうどいい重量で頑丈。しかも、俺の傍に一瞬で戻ってきてくれるんだ。何も放ったままというわけでもない」
「いや、そうだけど……」
「それにな、俺一人だとどうしても手数が足りないんだ。わかってくれ」
「なら、ボクが魔法で!」
「対価がないときはどうする?」
「うっ……それは、そうだね……」
俺の方も、いつでも対価を用意できるわけじゃない。
対価さえあれば、ほぼ無敵と思われるメフィだが、そこら辺の事情も分かってくれたようで何よりだ。
メフィと会話しているうちにも奴らは襲い掛かってきてたが、そこの対処は頼れる攻略本に任せてある。
もっとも、複数攻撃は防げないようなので、予備のダガーも使った二刀流で応戦していたが。
「血を流している個体はまだ二匹か。そもそも、あれが普通のダガーでの傷なら一匹しか倒れないな」
あとの隠れた個体をどうするか考えていると、奴らの一匹が伏せるように倒れた。どうやら猛毒の効果で力尽きたみたいだな。
一匹が倒れると同時に、ファントムドッグも二匹消滅した。
「よし、あと七匹だ! 本体が二匹なら、せめて二手に分かれくれるとわかりやすいんだが……」
いくら分身体といっても、さすがに本体と別々の行動は取らないだろう。
これが半分に分かれてくれると有り難いんだが。
「おや、分割作戦かい? 囮ならボクに任せてくれ」
「大丈夫なのか?」
「何、簡単なことさ。これを向こうのほうへ投げれば……」
メフィが何か投げた途端、それに追従するようにして四匹の獣が離れていった。
よし、手負いの個体も向こうへいったみたいだ。
今のは魔法……ではないよな。
「さすが獣だね。食べ物を使うと思い通りに操れるよ」
「……俺のパンが!」
チクショウ。あいつら俺の食事を邪魔したうえに、メフィの食べかけを……いや、まだチャンスはあるはずだ。
今はこの怒りを、目の前の犬っころで発散せねば。
「俺のアンダースローを……舐めるなぁ!」
「ギャウッ!」
怒りのままに振りかぶった攻略本は、見事に二匹へヒットした。
片方が消えなかったところを見ると……アイツが本体か!
「っ! これで終わりだ!」
分身体から攻撃を受ける前に、すぐにヴェノムダガーのほうで突き刺す。
斬りつける攻撃と違って隙は多いが、怒りをぶつけるからにはこうしないと気が済まない。
すぐに分身体が襲ってくると思い身構えていたが、どうやら突き刺した一撃で勝負は着いたみたいだな。
いつのまにか分身は消滅し、突き刺した個体もグッタリとしている。
残り一匹! パンの恨みだ!
……そう思い、離れていった奴らのほうへ顔を向けたが、ちょうど一匹が倒れるところを目撃した。
それと同時に、近くにいた二匹も消滅する。
「どうやら向こうにいったファントムドッグも、ヴェノムダガーのほうの傷だったみたいだね」
「……パンに毒が入ってたわけじゃ、ないよな?」
「フフッ」
そこで誤魔化すなよ。
毒味した結果、アウトだったから食べさせなかった……とか、まさかな。
さて、倒した奴らの素材でも回収するか……と思ったところで、そいつの存在に気がついた。
「なあ、ファントムドッグて分身を二匹出すんだろ?」
「そうだね。マスターはこれで本体を三匹倒した。十匹いたあの獣は全滅……おや、数が合わないね」
「……てことは、あの犬は……」
「おっと、マスター……今すぐ荷物をまとめるんだ。そうか、あいつは擬態して群れに混ざっていたのか……」
「あいつは何だ?」
「説明は後でするよ。さあ、走って!」
……なんだかメフィに急かされるまま荷物をまとめたが、逃げる途中に思ったのは、あとで素材回収できるかな……といったお金の心配だった。




