悪魔の修羅場
あれから事が終わるまで傍観していると、ようやくゴードン達の男連中が起き出してきた。
リョウタが発する悩ましい声に釣られて起きたのかと思うほど、タイミングバッチリだ。
あいつの声には、目覚まし効果があるかもしれないな。
いつの間にか野次馬は……減ってるより増えている?
いや、家族連れや女性は減って、心なしか男性が増えている気がする。
……気のせい、だといいな。
倒れていた男達が目覚めて、男性の比率が高くなっただけ。そう思えば何も問題はない。
目覚めた男達も、先程の戦場に目が釘付けだ。どうなったか、ではなくて、これからリョウタがどうなっていくか、のほうの興味だろうが。
あ、広場に放置したままだったハゲ店主も目覚めたみたいだ。
「つぅ……よぉ、あんちゃんじゃないか。無事で何よりだ」
「ようやくお目覚めで。起きたばかりで悪いが、周りの連中に危機は去ったって伝えてくれない?」
「……そうだ! 悪魔はどうした!」
ゴードンは思い出したかのように飛び起きると、近くにあったハルバードを構える。
っあぶね! 振り回したときに当たるかと思ったぞ!
「落ち着いてくれ! 悪魔は倒したから!」
「倒しただと! そういやそこにいるお嬢ちゃんは……そうか。はは、シーシア様がいるってことは、勇者はリョウタ様のことだったのか」
さっきも思ったが、シーシア様って……そこそこ有名なのな。魔王の間までいく勇者パーティとなれば、この街の人が知っていてもおかしくはないか。
でも待てよ? だとすると……目の前の光景も。
『…………あのシーシア様がっ! あんなにっ! くっ、あと少しで見え!』
『…………あの浮いてる女性も中々……あっ、あんな声をっ』
『…………うわっ、舌がっ! 糸がっ! ……あっ、ああ!』
『………………………………ふぅ』
……あいつら、周りに見られていることに気づいているんだろうか?
メフィはともかく、リョウタのほうはこの街でも顔が広いだろうに。
俺はできるだけリョウタを傷つけないように、まず周りの野次馬に散ってもらうことにした。
俺一人では警戒されてしまっていたが、ゴードンの説明により悪魔は倒したとようやく理解してもらえた。
さすが元Aランク冒険者だ、こういう時だけ頼りになるぜ。
「……よし、無関係な奴らは大体いなくなったな。ところであんちゃん……あれは、どうするんだ?」
「あー……時間切れか。そろそろ止めますかね」
野次馬を散らすのに数分かかったが、メフィによるリョウタへの愛情表現はいまだ続いていた。
メフィのほうは何か光っている……というか、ツヤツヤしたオーラが出ている。あいつも固有スキルに目覚めたのかもしれないな。
逆にリョウタのほうは……目が死んでないか? すでにメフィのされるままになっており、全身に力が入っていないように思える。
「おーいメフィ、住民への説明も済んだし、そろそろ撤収するぞー」
「……おや、ボクとしたことが、どうやら夢中になってしまったようだ」
「ほら、そいつを連れて移動するぞ」
「ボクはマスターへ着いていくだけだが、何処へ行くんだい?」
「それは……えーっと」
そういや、これからどうするかを考えていなかった。
なんとなく傍にいたゴードンに助けを求める。
「……さっきの出来事を詳しく聞きたい。とりあえず酒場にでも行こうぜ…………よしお前ら! 今から酒場で祝い酒と行こうじゃないか! なーに、金は俺が出すから安心しな!」
「「「「「おおおおおおおお!!!」」」」」
「うるせぇ……」
「もちろん、あんちゃんもいくだろ? そこのお嬢ちゃん方も一緒にな」
「ああ! なんだ、ハゲてる割には気前がいいじゃないか!」
「誰がハゲだコラ」
当初の目的から思わぬ遠回りをしてしまったが、ようやく酒場に行けるらしい。
服が乱れたまま虚ろな表情をするリョウタを拾い、そのままおんぶする。
抵抗もせず、なすがままになっているが……さすがにこれ以上何かするのはまずいだろう。
隣りにいる加害者はというと、まだリョウタを触りたそうにうずうずとしている。いや、ワキワキとかもしれない。
……まあ約束では、今日一日だからな。リョウタの自業自得かもしれない。
酒場へ向かう途中、何か忘れている気がしたが……多分気のせいだろう。
「ひどいですっ! どうして私だけ仲間外れなんですかっ!」
「まあまあ落ち着いて……」
「しかもっ! なんで勇……シーシアさんの服がこんなに乱れているんですか!」
「それは戦闘が激しくてだな……」
「さっきの説明と違いますよ! もうっ! それにヨーヘイさん!」
「はいっ!」
「……さっきから、妙に馴れ馴れしくシーシアさんに抱きついているこの女性は……どちら様ですか?」
「「――――っ」」
その言葉を聞いた途端、背筋に何か冷たいものが走った。
隣を見ると、どうやらゴードンも同じものを感じたらしい。
リョウタはというと……まだ意識を手放したままだ。
正確には、リアンが来たときに意識を取り戻したが、メフィが纏わりつくと同時に何処かへ旅立ってしまった。
……俺は今、この世界に来て初めて、人間に対する恐怖というものを感じている。
同じテーブルには俺、ゴードン、リョウタ、リアンが座っている。
そして、メフィはリョウタの真後ろだ。後ろから抱きつく感じでリョウタにひっついている。
俺達が酒場に着くと同時に待っていたのは、リョウタの仲間であるリアンだった。
どうやら悪魔が現れたという知らせを受けて、リアンは酒場で手続きやら仲間を募ったりしていたらしい。
そして、いざ出撃……しようとしたところで、討伐完了の知らせが入り、そのまま酒場で待機をしていたと。
いわく、全て終わったならこの酒場に集まると見込んで……とのことだったが、この世界ではそれが常識なのかもしれない。
ただ、リョウタがぐったりとした上に、女連れとは予想外だったみたいだが。
「ボクは悪魔さ。それも、この娘に取り憑く、ね」
「っっ!! 浄化の光よ、我の元へ集え――――」
「まてまてまて! メフィもややこしくするなっ!」
こんな状況で冗談を言うなんて、まさしくこいつは悪魔だな。
今の詠唱によって、酒場の雰囲気が一段と悪くなった気がするぞ。
「……なあ、酒場って普段からこんなに静かなのか?」
「いや、ここまで静かなのは珍しいな……食器の音だけが響く日なんて、何ヶ月ぶりか」
それでも何ヶ月ぶりなのか。
思った以上にこの街の治安は悪いのかもしれない。主に痴情のもつれで。
「――質問に答えてくださいよ? ヨーヘイさん」
「……っ!! ああ、こいつはメフィストといってだな。自称・悪魔だ」
――ドン!
いきなり響いた音に、俺やゴードンだけではなく、酒場中の人間がビクッと反応する。
……机の上に置かれた皿には、何も変化はない。
あれー、おかしいな。さっきは何センチか浮いていた気がするんだけどな。
「――そうじゃないですよね?」
「……はい。すみません」
誰かと聞かれたので正直に答えたが、求めている回答は違いますよね。
心情を察するに『この、泥棒猫が!』といった感じだろう。
メフィのやつも自称・悪魔だからって、そこまで悪魔らしくする必要もないのにな。いや、あれはただ楽しんでいるだけか。
まあいい。今は何と答えるか、だ。
奴の攻撃を食らいそうになったときは、自動防御さえ発動すれば助かるという確信があったが……今回は間違えると――確実に殺られる。
こんなとき選択肢があれば、
1『リョウタの恋人』
2『俺の能力』
3『知らない人』
といった感じで表示されるんだろうか。
これで一番を選んだならバッドエンドまっしぐらだな。
三番を選んだ場合も気になるが、セーブ機能がない状態で試す気にはなれない。
「こいつは俺の能力の一部らしい。あの『本』を覚えているだろ? それの精霊みたいな存在だとさ」
「あの『本』ですか? 私達を守ってくださった?」
「……ああ。つまり、俺達の恩人だ」
そう言って、リアンと共にメフィのほうへと視線を向ける。
ちょうどメフィは、さっきまでリョウタの髪で遊んでいたようで、目線が合うと「フフーン」といった感じで勝ち誇った顔をしてきた。
「!! この人が恩人だなんて信じられません!! 勇……シーシアさんも早く目を覚ましてください!!」
「まあまあ、落ち着けって。それとメフィ、約束だから仕方ないにしても、少しやり過ぎだぞ」
「そうだね。あまり遊びすぎて、壊しても面白くないね。理解ったよマスター」
……こいつは悪魔だ。間違いない。
今の発言でゴードンもリアンもそのことは理解できただろう。
リアンなんか、言葉を失って固まっている。
しかし、メフィもリアンも落ち着いた今がチャンスだ!
「さて、じゃあ今日はゴードンの奢りなんだよな! 腹いっぱい食うぜ!」
「お、おう……そうだな。よし、お前ら! 今のうちに注文しておけ!」
「「「「「おおおおおおおお!!!」」」」」
「うるせぇ……」
せっかくの祝杯なんだ。
タダ飯が食えるなら、重い空気で台無しにするなんてもったいない。
これから2億貯める日々も待っていることだしな!
俺は次々と来る注文に慌てるウエイトレスを眺めつつ、目の前で固まったままのリアンと、意識がないままのリョウタのことを忘れることにする。
……せめて、食事が終わるまではそのままでいてくれよ。




