VS 勇者?
遠巻きに見てくる野次馬から出てきたのは、一人の幼女……ではなく、先程まで狙われていたリョウタだった。
ピンチの時には現れず、いまさら来て敵認定か。
『…………っ! あれはシーシア様か!』
『…………おおっ、助かった。ということは、悪魔がいう勇者というのは』
『…………でも、姿を見た奴はいるか?』
『…………きっと休養中なんだろ。あの勇者様が、まさか負けるわけが』
『…………そうに違いない』
周りがザワザワと何か言っているが、どうやら俺が敵に見えるらしいな。
そして、救世主の勇者が現れたと……正確には、勇者パーティの一員が、か。
にしても、危機が去った後に出てきて、すぐにメフィを敵認定か。
「はぁ……リョウタさん。それはないっすよ」
「その声、ヨウヘイか! すぐに逃げろ! そこは危険だ!」
危険……と言われましても。
近くにいるのは、突然の乱入者に敵意剥き出しのメフィと、次のナイフを構えたままのリョウタ。
リアンの姿は見えないが、最も危険なのは、俺にナイフを投げつけてきたリョウタだろう。
この状況に困惑する俺を無視して、リョウタは更にナイフを投げてくる。
「っ! アブねぇな! 俺を狙うなよ!」
「それがお前の言っていた『本』か……いや、今はそいつから離れろ!」
「と言われてもな」
状況から察するに、やはりメフィを敵認定しているらしい。
しかし、ナイフは明確に俺を狙っている感じだが、気のせいだろうか?
メフィも対価がないと反撃できないのか、相変わらずリョウタを睨みつけているだけだ。
「落ち着け。彼女は味方だ」
「味方……悪魔がか? ハッ! 笑わせてくれるぜ」
「マスター、対価をくれないかい? 今すぐ目の前の不快分子を跡形もなく消してみせよう」
「まてまてまて! 二人とも落ち着けって! あとリョウタ、お前やっぱり俺を狙っているだろ!」
奴が投げつけてきた三本目も、無事に自動防御で防がれる。
少し横にいるメフィから、三本も連続で外れたとなると……もう俺に向かって攻撃しているとしか考えられない。
リョウタがノーコンの可能性も否定できないが。
もしかして、メフィに向けての攻撃も全て俺に来るとか……いや、まさかな。
「とりあえずリョウタ、お前はナイフを仕舞ってこっちに来てくれ。近づけばお前の固有スキルで何とでもなるだろう。それとメフィ、こいつが暴走するかもしれないから、一応背中に隠れておけ」
「マスター、知り合いみたいだが、くれぐれも気をつけるんだ。彼女からは危険な波動を感じるよ」
波動ってなんだよ。
感知できるなんてニュータイプかよ。
リョウタは相変わらずナイフを逆手に構えたままだが、半径五メートルの地点までは近づいてくれた。
それ以上は近づいてこないみたいだが、常にナイフが向けられた状態というのは、こちらとしても心臓に悪い。
「まずリョウタ。どうしてここに?」
「街に悪魔が現れたってな……住民は阿鼻叫喚の騒ぎだ。しかも俺を探しているなら、行くに決まっているだろ」
「その悪魔は消えたよ」
「何いっているんだ、お前の後ろにいるだろ」
「こんな可愛い娘が悪魔のはずないじゃないか!」
たしかに窒息死されかけたり、法外な料金を請求されたりしたが、住民を困らせるような悪魔でないことは保証できる。
せいぜい困るのは俺一人だ。
「そうだよなっ!」
「っ……~~~~!」
勢い良く後ろを振り向くと、そこには白い肌を赤く染めて、顔を見られまいと俯いた一人の乙女がいた。
まあ浮いているおかげで、その下から俺が見上げる形になっていますけど。
目線こそは合わないが、見られていることに気づいていないっぽい。
この子、格好良く現れた時とは違って、ちょっとポンコツすぎない?
「だとしても、俺の目は誤魔化せないぞ! ……じゃあ、この前みたいに試してみるか? 悪魔かどうか」
「……それは」
リョウタは既にオーラを纏っており、やる気マンマンだ。
さっきメフィは、悪魔を吸収して力にした、と言っていた。
ということは、例えメフィが無関係だったとしても、あの悪魔のせいでダメージを受けるんじゃないか?
あの野郎、最後まで余計な真似をしやがって! ……吸収したのはメフィの判断だが。
俺がどうするか悩んでいると、ちょんちょん、と後ろから肩を叩かれた。
「マスター……ボクはどうしたら良い?」
「こいつのスキルは『魔王に近い存在ほど効果を発揮する』らしい。俺も二日間気絶したくらいだ…………逃げるか?」
自分でも驚くほど自然に、逃げるという選択肢が出た。
三日ほど一緒にいたリョウタよりも、後ろのメフィのほうが大事に思えるのは、一緒に戦いを乗り越えた仲だからだろうか。
それとも、攻略本……能力として、頼りにしているからか?
「なるほど。なら大丈夫さ…………マスター、ボクが消えたら、すぐに名前を呼んでくれると嬉しいな」
「っ! わかった」
最後の声は、囁くような声だったが……メフィの頼みだ。
これでお別れとならなければ良いが、魔王との関係性が疑われている今、周りの野次馬にも安心してもらう必要がある。
「リョウタ……といったかな。受けるよ、君の申し出」
「ただな、さっきも言ったように味方だからな?」
「既に洗脳済か……待っていろヨーヘイ、すぐに解放してやる」
あっ、ダメですね。
この幼女、話を聞きません。
どうしようもないので、メフィにアイコンタクトというか、お互いに顔を見合わせる。
今のリョウタに話は通じない。なら俺に出来ることは、二人のやり取りを見守るだけだ。
「……言っても無駄だと思うけど、お手柔らかに頼むよ」
「この悪魔め! 触れた瞬間、お前は終わりだ……くらえっ! 魔族撃滅!」
……攻撃といえば聞こえはいいが、見た目は幼女が女性に抱きつこうとしているだけだ。もしリョウタが男性のままだったら、確実に事案発生だな。
そんなどうでも良いことを考えているうちに、リョウタがメフィに抱きつこうとして……逆にメフィが包み込むように抱きつき、そして……消えた。
――消えた!
「顕現せよ! メフィ!」
「っ! 何を!」
「マスター……そこは最初みたいに『俺の…………』と呼んでくれると嬉しかったかな。減点対象だよ」
事前に頼まれた通りに叫んだ瞬間、消えた存在の声が真横からした……正確には、攻略本の後ろからだ。
無事だったか……よかった。
「は……あ? どういう、ことだ?」
「君に理解るかい? こういうことだよ」
「ちょ、待て! そいつまだオーラが!」
慌てて止めようとする俺を放って、困惑した状態のリョウタにメフィが抱きつく。
あれ、さっきと同じ状態のはずだけど、メフィはそのままか?
固有スキルのオーラが消えていない……ということは、発動されたままのはずだが、今度はメフィの存在も消えなかった。
それどころか、先程すぐに消えてしまったのがよほど不満だったのか、リョウタに抱きついて頭を撫でたり頬をプニプニしたりしている。
実に羨ま……いや、あいつは男だ。冷静になれ。
「っうわ! ひゃ、ひゃふぇろぅ! ひっふぁるな!」
「最初は危険人物かと警戒したが、よく見ると小動物みたいで可愛いじゃないか。ほら、マスターも触るかい?」
「すごく魅力的なお誘いだが……辞めておくよ」
思わず『喜んで!』と言いそうになったが、話しを振られたときにリョウタが目線だけで殺してきそうだったので遠慮した。
シーシアという人にも悪いからな……決して、怖気づいたわけではない。
一通り幼女の柔肌を堪能したメフィは、ようやくリョウタから離れる。
こちらへ戻ってくる際に顔を盗み見ると、まるでやり遂げたといったような顔をしており、消える前と変わらない位置へと戻った。
リョウタはというと……メフィによって、ある意味大ダメージを受けていた。
「この悪魔め……」
「確かに、悪魔の所業だったな……眼福だったが」
「否定はしないけど、マスターにまで言われるとは心外だね」
悪魔の手によって、髪をクシャクシャにされたリョウタ……頬に何か光るモノが伝ったように見えたのは気の所為だろうか。
よく見ると、リョウタの傍にも何か光るモノが落ちている。
「ところで、何か光ってないか?」
「ち、ちがう! 抵抗できなかったからって、べつに泣いてるわけじゃっ!」
「いや、その地面に落ちているモノ」
「……え?」
そこには、先程までなかったと思われる水晶玉が転がっていた。
大きさは野球ボールくらいだろうか。あれをバッドで打つと、すぐに割れそうだな。
俺とメフィには何だがわからなかったが、リョウタはそれを見つけた途端、さすが勇者とも言えるスピードでバッと拾い上げた。
「こ、これは……っ!」
「知っているのかリョウタ!」
「ああ……これは、魔王幹部を倒した証とも言えるオーブで……って、なんでお前らに説明しないといけないんだよ!」
「マスター、もしかしてこの娘は、弄りがいがあるんじゃないかい?」
「ああ、でもあまりやるとキレるぞ」
ナイフを振り回したまま暴れるリョウタに、メフィは攻略本による自動防御で涼しく受け流す。
攻撃は当たらないとわかってはいるが、幼女がナイフを振り回して襲ってくるって、それなりに危険な絵面だな。
「リョウタ、とりあえず落ち着いてくれ。魔王幹部を倒した証といったな? さっきまでこんなものがなかったということは……」
「事前に言うけど、ボクは魔王幹部なんて存在ではないよ」
「しかしこの形といい……間違いない! 俺が以前集めたオーブと全く一緒のモノだ。幹部……つまり、四天王と呼ばれる存在を倒さないと手に入らないシロモノだ」
「てことはアイツか」
どうやら最初にこの街を襲った悪魔は、四天王と呼ばれる存在だったらしい。
にしては強く……いや、十分強いな。俺も死ぬかと思った。
相手が四天王だったなら、元Aランクのゴードンが手も足も出なかったというのも納得できる。
けしてあのハゲ店主が弱かったわけではない。すぐやられたので『雑魚!?』と思ったことは本人に内緒だ。
「やはりお前……! いや、オーブがあるなら倒したはずだ。なぜすぐに復活しているんだ?」
「だからこいつ……いや、メフィは悪魔かもしれないが、味方だっていっただろ?」
「そんなん信用できるか!」
「マスター……ちょっと耳を貸してくれるかい?」
「ん?」
騒ぐリョウタは放っておいて、メフィが浮いたまま俺の耳元へと近づいてくる。
そんなに近づかれると吐息が……息が当たるということは、これでも生きているのだろうか。
「ボクの仮説だが、あのオーブは先程の悪魔を吸収したことによって生じた副産物だろうね。もう一度あの力を試すように進言してくれないかい?」
「あの力って、あいつの固有スキルか?」
「多分、今度は何も影響がないはずだよ」
「……わかった。もし消えたら、またすぐに呼ぶから来てくれよ?」
「了解。頼んだよ、マスター」
それだけ言うと、メフィはそのままリョウタのほうへ近づく。
しかし、メフィが近づく度に、リョウタは同じ距離を後ずさる。
その姿、まるで捕食される前の草食動物のようだ。
「そのオーブは最初にいた悪魔の分だ。多分あいつが幹部だったんだろ」
「そう言われても、本当に悪魔がいたのか怪しい」
「なんなら、そこら辺にいる街人に聞いてみな。目撃者だから」
「……わかった。で、そいつはなんで近づいてくる?」
気づけば、二人は俺を中心にして輪を描くようにぐるぐると移動していた。
リョウタも大人しく捕まればいいのにな。
「もう一度あの固有スキルを使ってくれ」
「あ? 俺にもう一回もみくちゃにされろってか!」
「ボクが悪魔ではないことを証明するには、それが一番早いと思うけどね」
「え? メフィってやっぱり悪魔じゃないの?」
「あっ! いやっ! ボクは悪魔さ。それも高貴な位にいる……」
俺とメフィが始めたやり取りに、馬鹿らしくなったのか、ようやくリョウタが逃げるのをやめた。
「はぁ……そこまで言うならやってやるよ。でも、触るだけだからな! 消えたらもう近づくなよ!」
「ボクが本当に悪魔だったらね。もし違った場合は……そうだね、今日一日抱きつく権利を貰おうか」
何それ羨ま……いや、男に抱きつく趣味はない。
しかも、あいつの見た目は幼女なので、俺が抱きつけばただのロリコンだ。
「くっ……この街の為だ、良いだろう。違えばの話だがな! 悪魔よ、これで立ち去れ! くらえっ――魔族撃滅!」
リョウタは立ち止まったまま、近づいてくるメフィに掌を向ける。
そのままメフィが消えればさっきと同じ展開だが……メフィはその掌を……リョウタごと優しく包み込んだ。
「おい、こら! 今度はなんで消えないんだ! やめっ! ひゃっ!」
「ということでマスター、ボクは今日一日、この娘を好きに弄るよ」
「んぁっ……ちょっ……そこはぁ! んっ……っふぁ! はぁ……はぁ……ヨーヘイ……っ、こいつを戻……んぅぅっ!」
あれ、これって抱きつく範疇を越えてない?
想像以上のことをおっ始めるメフィに対して、俺はやめろと言うことが出来ない。それほどまでに目の前の光景は……その、良い子には見せられないな。
「リョウタ、約束だよな? まさか勇者ともあろうお方が約束を破るなんて、そんなことは……ないよな?」
「……こ、これはシーシアの身体だからやめっ……んんっ!」
「そうかい。じゃあ、君が我慢する。それで問題ないはずさ」
「そ、そん……ぁぁ……やめっ……ひぃっ!」
助けを求めてくるリョウタに言えるのはこれだけだ。
……そいつ、味方だけど悪魔だよ。




