その名は
ようやく本の召喚に成功した……のはいいが、この女性は誰だ?
敵ではなさそうな雰囲気だが。
「マスター、呆けるのも良いけど、ボクはどうしたら良い?」
「……っ! とりあえずソイツを足止めしておけ!」
「了解」
「――舐めた真似をっ!」
敵でないなら問題ない。
いくら代償を後で請求されようが、この場を生きて脱出できるなら頼ってみよ
うか。
彼女が奴を抑えているうちに、周りに倒れていた男たちを移動させる。
攻撃に巻き込まれないようにと思っていたが……こいつら重すぎだろ!
たしかに装備品の重さもあるだろうが、男たち全員を引きずって壁側に移動させるのは、結構な骨が折れた。
…………いや、すまん。ゴードンだけは武器のせいか、全く動かなかったので放置だ。奴が近づかなければ大丈夫だろう。
移動させるのに結構時間がかかったが、戦いの状況は変化していない。
激しく打ち込んでくる悪魔に対して、涼しく受け流す彼女。
だが彼女は、今まで防御しかしていなかった。
「そろそろっ! 攻撃してきたらどうですか!」
「……いや、ボクは足止めするだけさ。マスターの指示通りにね」
「ではそのマスターとやらを……ッ!」
「行かせないよ?」
くそっ、戦いが激しすぎて作戦会議も出来やしない。
まあいい、避難は終わった。あとは……任せるだけだ。
「おい! その……本で攻撃できないのかっ!」
「どちらかと言えば可能だよ。ただ、マスターが対価を払えるなら、という条件がつくけどね」
「それは……命とか?」
「いや……しかし、場合によっては命よりも大切なものかもしれない」
やはり対価が必要か。
彼女は悪魔……という呼びかけに答えて出てくれた。
防戦一方でも良いが、奴の力も、そして彼女の力も未知数だ。
ここは彼女の実力を見せてもらいましょうか。
「とりあえず必要な分の対価を持っていけ! 話はこいつを倒してからだ!」
「了解したよマスター」
「ふざけた真似をっ!」
奴が吠えたのに対応して、今まで防戦一方だった彼女も何かを喋っている。
……いや、あれは詠唱というやつか? この世界で、ようやく魔法というものを見れるらしい。
「――――せよ、『アッソルビメント・クオーレ』」
「何! くっ、ウオオオオオオオオオ!」
……勝負は一瞬で着いた。
それは、魔法というより消滅だった。
俺が期待していたのは、魔法同士の攻防。先ほどまで繰り広げられていたような、攻撃と防御の戦闘風景だ。
しかし、今のは何だ?
彼女が何か唱えた後、突如として本の目の前に現れた空間。
そこへ、攻撃を加え続けていたアイツが『吸い込まれた』ように見えた。
空間はすぐに消滅したが、場に残ったのは相変わらず浮いている彼女と、俺。
戦いの爪痕は残っているが、襲撃者の姿は跡形もなく消え失せていた。
何が起こったかも把握できずに呆然としていると、彼女が浮いたままこちらへ近づいてくる。
太陽の光を反射しながら煌めく銀髪に、真紅に染まった何もかも見透かすような瞳。黒いワンピースを着ているおかげで、何とか悪魔のようにも見えるが、本人が天使とでも名乗れば、そのまま信じてしまうくらいには悪魔っぽくない。
「とりあえず……初めまして、かな。マスター」
「……ああ。助けてくれてありがとう。色々と聞きたいが……まずは一番気になることを聞こう。今、何をした?」
俺が『対価を払う』と了承したあと、今まで防いでいたのが何だったのかというように奴が一瞬で消え去った。
それくらい強力な攻撃……いや、意味不明の魔法を使われたんだ。
対価とやらも馬鹿にならないかもしれない。
「彼は階級が低いからね。吸収させてもらったよ」
「階級? 吸収?」
「簡単に言うと、ハートキャッチだね。彼はボクの一部として、精々力になってくれるさ」
そう言うと、彼女はパチッとウィンクをしてくる。でもそれ、別のハートキャッチだよね。
それにしても、悪魔の階級。そして下位の吸収か。
もしかしてこいつ、とんでもない奴なんじゃないか?
「……お前は何なんだ?」
「マスターが呼んでくれたんじゃないのかい? 悪魔、と」
「悪魔、か」
「マスターがそう呼びたいなら、悪魔とでも呼ぶが良いさ」
「確認するが、その本とお前はセットなんだよな?」
「セット……その意味がよくわからないけど、ボクはその本に取り憑いている悪魔みたいな存在さ」
なるほど。
ということは、こいつも能力の一部ということか。
全く、とんでもない仲間がいたもんだ。これから先、一人でどう戦おうか不安だったが、なんとか一人旅は回避できそうだ。
「ところで……今度のマスターの目的は何かな?」
「え、俺?」
「ああ。ボクとしては、対価さえあれば問題ない。例えマスターが国を滅ぼせと命令するなら、協力するよ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「そんなに慌てて、どうしたんだい? ほら、少し落ち着こうか」
そう言って、こいつは俺を包むように抱き寄せた。
見たところ、頭ひとつ分くらいの身長差はあるはずだが……相手が浮いている分、ちょうど胸の位置に頭を抱えられる。
……リアンよりはないようだが、それでも俺を酸欠状態にするのには十分だろう。この悪魔め。
「ギブ! ギブ! このままで……いや、離れろっ!」
「どうやら逆効果だったみたいだね」
「いや、お前が悪魔だってことがよくわかったよ……」
しかし、目的か。
一番の目的は、元の世界に帰ることだろう。
なんせ、死んだわけでも、転生したわけでもないんだ。
……あの爆発で死んだ可能性も捨てきれないが、戻れる可能性があるのなら、まずは試すことが目的だろう。
「俺は『禁忌』と呼ばれる呪文の使い手を探している」
「そんなことかい。それならボクが使えるよ。もっとも、相応の対価は頂くけどね」
……え?
こいつ、今なんて言った?
てことは、俺の冒険は始まる前に終わるってことか。
「そうか! じゃあ今すぐ使ってくれ! 今すぐにだ!」
「まあまあ、落ち着きなよ。マスターは対価を持っているのかい?」
「さっきから対価対価って、一体なんのことだ?」
「ボクの求める対価とは、金銀が含まれたモノさ。さっきの戦いでは、マスターの持っていた金貨と銀貨を使わせてもらったよ」
……ん?
今のは幻聴かな。まるで『私はお金で動く』とでも言うような物言いだ。
使わせてもらったと言われても、リョウタからもらった金はまとめてこの袋の中に……中に……ない?
いや、あるにはあるが、何故か大幅に減っている。それこそ、銅貨しか見えないくらいに。
おかしいな、武器屋で買い物をした後も、金貨2枚、銀貨20枚ほど残っていたはずなんだがなー……はてはて。
「……ちなみに、どれだけ使ったのかわかるのか?」
「えーと、彼の階級は高めだったからね。吸収するのに金貨2枚と、彼の魔法を打ち消すのに、銀貨20枚ほどかな」
てことは、リョウタの説明だと……
小銅貨1枚=10円。銅貨1枚=100円。銀貨1枚=1000円。金貨1枚=10万円。
銀貨と金貨は100枚で同等の価値らしいから、日本円にすると22万か。
悪魔一体相手で、有り金ほぼ全部。うん。
「お前なんてことしやがる! これだけあれば十連ガチャ何回まわせたと思ってるんだよ!」
「……マスターが何を言っているかボクにはわからないが、許可は取ったよ」
「うっ……そうか。そうだな」
確かに勝手に、というわけでもない。
場合によっては、命がなかったんだ。それで助かったと思えば安い……いや、これからどうやって生活していこう?
「うぅ……せっかく節約したのに。まずは金策か……こんなことなら、武器をもっと良いやつにしておけばよかったか」
「いや……すまない。説明しているヒマはなかったんだ」
状況が状況だったとはいえ、よく確認しなかった俺にも落ち度はある。
まあ……仕方ないか。
「じゃあ、俺の目的は達成したわけか。ちなみに『禁忌』を使うための対価はいくらになる?」
「対価はお金以外でも問題ないけどね。マスターのためにわかりやすく金額で例えると、金貨2000枚といったところかな」
金貨2000枚? それってつまり……2億円!?
てことは……前の世界で俺は、2億の呪文をホイホイ唱えていたわけか。
「2億か……それだけ払ってランダムとか、全く使えない呪文だな」
「ランダム? 何を言っているんだい?」
「え?」
彼女は意味がわからないといったようで、首を傾げている。
俺も意味がわからないよ。何か噛み合わないな。
「お前が言っている『禁忌』の呪文って何だ?」
「ボクが言うと、対価がなくても万が一という可能性があるからね。今は魔王と勇者が使えた呪文、とだけ伝えておくよ」
「いや、間違ってないよな……」
とりあえず対価がなければ、発動することもできないか。
脱出方法を見つけたのに、2億とか随分とお預けを食らうものだ。
まあいい、俺の目的は金策に決まった。
「で、お前の目的は何だ?」
「ボクのかい?」
いきなり現れた自称・悪魔。
能力自体も怪しいのに、その存在を疑うなっていうほうが無理だ。
いくら能力の一部だって言われても、信用できないモノを近くに置いておきたくはない。
「ボクはマスターの目的を遂行するまでさ。なんせ、マスターに仕えることも久々だからね。ボクはボクで楽しませてもらうよ」
「だとしても、行きたい場所とかはないのか? ほら、生まれ故郷とか」
金貨2000枚。
それだけ稼ぐのに、どれほどの時間が必要かはわからないが、この街の労働で稼ぐつもりはない。
せっかくの異世界だ、自動防御もあることだし、冒険しなければもったいない。
「生まれ故郷か……ん? いや……ボクにそんな場所はないか」
「記憶喪失か?」
「いや、なんでもない。とりあえずマスターの行きたい場所へ行けばいいさ」
「でもお前……いや、わかったよ。さっきは助けてくれてありがとう」
お互いに目的地はない。
ただ、お金が必要ってことだけか……まあ、旅をして適当なドロップ品でも売って金にしていけば大丈夫だろう。
金貨2000枚、か。先は長いな。
「ところでマスター、お前って呼び方、止めてもらえないかな。ボクには……ボクは…………あれ? おかしいな」
そういって、小さい顎に手を当てながら首を傾げる。
……仕草は人間そのものじゃないか。むしろ人間って言われても信じるぞ。
「ボクの名前は…………いや、ここは新しくマスターに名付けて貰おうか」
「え、そんな簡単に良いのか? 大事なものだろ」
「このボクが思い出せないということは、何か理由がありそうだ。マスターも交代したところだし、新規一転といった感じかな」
「それでいいのかよ……」
しかし、名付けか……いきなり振って湧いたような美少女に、適当な名前をつけてもいいものか。
タマ……ミーコ……はるか……いやいや、ペットの名前を付けてどうする!
最後のは初恋の人だが、それを付けると、色々と終わってしまう気がする。
こいつは悪魔なんだろ? じゃあそれに相応しい名前が…………あ。
「メフィスト……」
「メフィストか……良い名前だね。よし、ボクの名前はメフィストだ」
「じゃあ、これからよろしく。メフィスト」
嘘か真か、悪魔を名乗る彼女。
俺に力を貸してくれるって言うなら、目的を達成するまでその力を存分に貸してもらおうじゃないの。




