第7話 理想のマシン
俺は今、空に浮いている。
眼下には月明かりに照らされた山々が広がり、その先には灯りが見える。
おそらく街か何かが在るのだろう。
「クーリエさん、一つお願いがあります」
「なんでしょう?」
クーリエは俺の言葉に首を傾げる。
「救出したい女性の居る場所から少し離れた場所に降ろしてくれませんか?
コーナー10個分もあれば十分です」
「何故でしょうか・・・近くの方が良いのではありませんか?」
クーリエは訝しげな視線を俺に向ける。
「その女性を車で救出するなら、まず車に慣れておきたいんです。
初めて乗る車で、知らない山道を夜に全力で走るのは、非常に危険です。
車にはそれぞれ癖があります。
駆動方式は勿論ですが、ステアリングの反応、ブレーキの効き、サスペンションなどの足廻りとか数えればきりがありません。
俺だけなら別に良いですが、人を救出するなら失敗は出来ませんからね。
どんな車を用意して貰えるのかは解りませんが、少しでも慣れておきたいんです」
クーリエは俺の言葉を真剣に聞いている。
「解りました・・・では、地上に降りましたらすぐに車をご用意致します。
車を製造する際、昴さんのお力をお貸し頂いてもよろしいですか?」
「俺に出来ることってあります?」
俺が聞き返すと、クーリエは笑顔で頷いた。
「昴さん無しでは出来ません!
まず、私と昴さんの意識を繋げ、昴さんの想像した車を、私が向こうの世界で得た知識と照らし合わせて素材を収集し、部品を精製して車を組み上げます。
馬力や車高など、細かな設定などを指定して頂ければ、ご希望に沿った物をすぐにご用意してみせます!」
滅茶苦茶自信満々だ。
俺好みの車を用意して貰えるなら非常にありがたい。
「了解です!では、すぐに始めましょう!!」
俺達はゆっくりと降下していく。
降り立った場所は、山道の中でも比較的広めの場所だった。
「では、準備はよろしいですか?」
俺はクーリエの言葉に力強く頷いたが、あることに気づいた。
(意識を繋げるって言ってたけど、もしエロい事考えたらバレるのかな・・・)
俺がそう心の中で考えていると、視線が刺さる。
鋭い視線を向けているのはクーリエだ。
やはりバレてしまうらしい・・・。
「昴さん・・・」
「ごめんなさい・・・。
でも、何でもかんでも心を読まれたら、俺のプライバシーが・・・」
俺が肩を竦めると、クーリエはため息をつく。
「ずっと繋がっている訳ではありませんので、ご心配には及びません。
繋がっているのは、車を製造する時と運転をしている時だけです。
私に人の心の中を覗き見る趣味はありませんが、繋がっている間はそのような事は自重して頂ければありがたいです・・・」
あぁ、クーリエの中で俺の株が暴落してしまった・・・。
まぁ、自業自得だから仕方がない。
「運転中も繋げるんですか?」
俺は気持ちを切り替えて質問した。
「はい、昴さんはこの世界の道を知りません。
貴方が走っていたラリーという競技は、ナビゲーターと2人で行うものと記憶していますが、私では、的確な指示を出すことが出来るかが心配です・・・。
ですので、私は昴さんの脳内に道についての情報を直接送らせていただきます」
カーナビの地図が俺の脳内に直接送られてくると言う事だろうか?
まぁ、慣れていない人に指示を出されるより、自分で前以て判断出来るならそれに越した事はないだろう。
「解りました・・・では、マシンの製作に移りましょう!」
「では、目を閉じて理想の車を想像してください・・・」
俺はクーリエの言葉に従い、目を閉じてマシンをイメージする。
(やっぱり俺が乗るならインプレッサだな。
色はスバルブルーで、型はGC8・・・父さんや母さんが好きだった1998年式のサンレモラリー仕様のWRカーが良いな。
2ドアタイプでエンジンはEJ20の水平対向4気筒DOHC、排気量は1994cc+インタークーラー・ターボ、最高出力は300ps/5500rpm、トルクは48kgm/4000rpm、トランスミッションは6MT、サスペンションはストラット、夜間走行だしライトポッドは必須だな!
道はグラベルだろうし、車高は3cm程高めで、タイヤは試走で路面状況に適した物に替えてもらおう・・・取り敢えずはこのくらいかな?)
「以上でよろしいですか?
トランスミッションはシーケンシャルで無くて良いのですか?
シーケンシャルの方が速く走れると記憶していますが・・・」
俺のイメージが固まると、クーリエが最終確認をする。
「他にライバルがいて、競うならシーケンシャルが良いかもですが、この世界で車に乗れるのは俺だけですから、別にシーケンシャルじゃなくても良いです。
まぁ、俺がHシフトの方が好きって言うのもありますけど、HシフトのMTでもクラッチを使わずにシフトチェンジ出来ますからね。
取り敢えず、細かな部分は実際に試乗してからいじって貰えれば良いです!」
「そうですか・・・では、製作に移らせて頂きます」
「目を開けても良いですか?
どんな感じで造られるのか見てみたいんですけど・・・」
「ふふっ、構いませんよ」
クーリエは小さく笑い、許可してくれた。
俺はゆっくりと目を開け、目の前で繰り広げられる光景に息を呑んだ。
「これは凄いな・・・」
辺りに眩い光が溢れ、何もないはずの空間に徐々に車が出来上がっていく。
鉱石が現れたと思うと、型が変形してフレームが形成され、エンジン、ミッション、アクスル、ブレーキ、ボディ、タイヤなどあらゆるパーツが召喚された素材を元に精製され、組み上がっていく。
「お気に召しましたか?」
クーリエは得意げな表情をしている。
「お気に召しましたなんて言葉じゃ足りませんよ・・・。
こんな凄いの向こうじゃ見れませんからね!」
俺がうなぎ登りのテンションを隠しきれずに答えると、クーリエはクスクスと笑っていた。
「そろそろ完成です。
座席は2つですし、私は車と同化して貴方をフォローいたします。
試走が終わったら教えて頂けますか?」
「解りました、宜しくお願いします!」
会話が終わると、一段と強い光に包まれ、同時に車が完成する。
光が治ると、クーリエの姿は消えていた。
『昴さん、どうぞ!』
姿は見えないのにクーリエの声が聞こえた。
『ここです!目の前です!!』
俺が周囲を見渡していると、再度声が聞こえる。
声のした方向には、完成したばかりのインプレッサがある。
「まさか、本当に同化したんですか?」
『その通りです!』
(凄え・・・ナイトライダーだ・・・)
『そうです!今の私はK.I.T.T.です!』
あ、心を読まれた・・・。
俺の記憶にある物も読まれてしまうらしい。
これは考え物だな・・・。
「じゃあ、今から試走します。
女性の居る2個手前のコーナーから時間を動かしてください」
『目の前ではなくですか?
そのまま救出した方が良いと思うのですが・・・』
俺が乗り込んで指示を出すと、クーリエは不思議そうに聞き返してきた。
「えぇ、そのまま救出してしまうと、追っ手は女性がただ逃げたと思うでしょう。
でも、この車を使って目の前で連れ去ったらどうでしょうか?
見た事もない物が、爆音を轟かせながら猛スピードで自分達に迫り、女性を連れ去る・・・。
人間は未知の物には興味、もしくは恐怖を抱きます。
なら、それを利用してそいつらの恐怖心を煽って、諦めさせた方が良いと思います。
まぁ、上手くいくかって言われたら何とも返しようがないですが、ただ救出するより再追跡までの時間稼ぎも出来るし良いと思います」
俺の提案を聞いてクーリエはしばし沈黙する。
『そうですね・・・追っ手が諦めるかは判りませんが、少しでも時間を稼げるならそれが良いかもしれませんね。
最悪、もしもの時にはもう一度時間を止めます!』
「大丈夫ですか?結構負担になるんじゃ・・・」
自分で提案しといてなんだが、不安要素はある。
クーリエに負担が掛かるなら避けた方が良い。
俺は、こちらの世界ではクーリエに頼るしかない。
彼女に何かあってからでは遅いのだ。
『負担になると言っても大した物ではありません。
こちらでなら、使った力は戻りますから』
クーリエは、俺を安心させるように優しく呟く。
「絶対に成功させましょう!」
『はい!期待させて頂きますね!!』
俺はインプレッサのエンジンを始動させる。
水平対向エンジン特有の、心臓が鼓動するような音が聞こえてくる。
俺は、聞き慣れたエンジン音に安心感すら覚える。
クラッチを踏み、ギアを1速に入れてゆっくりと走り出す。
タイヤが砂利を踏みしだき、擦れる音がする。
俺は徐々にアクセルを開ける。
エンジンが唸り、どんどんスピードが増していく。
メーターパネルにスピードの表示は無い。
あるのはギアの表示とエンジンの回転数だ。
それでも体感でどれ程の速度かは解る。
4連のライトポッドで照らされた山道は、真昼のように明るい。
まず最初のコーナー・・・俺の脳内に路面状況が流れてくる。
(おぉ、これなら安心だ!!)
『どうです、結構高性能でしょう?』
俺の心を読んだクーリエが得意げに話しかける。
「えぇ、思った以上です!
これなら安心して走れますよ!!」
俺はクーリエを賞賛しながらコーナーに突っ込む。
本来なら様子見で6割程度で攻めるが、路面状況が事細かに流れてくるため、8割程で攻める。
「おぉ・・・やっぱりワークスマシンは出来が違うな!何より反応が良い!ステアリングはしっかり応えてくれるし、コーナーを抜けた後の加速も申し分無い!!」
正直、若干暴れ気味ではあるが、慣れてしまえば気にするほどではなさそうだ。
WRカーは、グループNなどの市販車ベースの狭い改造範囲で行われるカテゴリー車両とは全くの別物だ。
市販車ベースであるのは一緒だが、大幅な改造が施され、WRCで勝つためだけに造られた専用車両だ。
その戦闘力は、俺の載っていたインプレッサとは段違いだ。
俺のインプレッサは、いちショップが限られたパーツとお金で組み上げた物だったが、今乗っているのは企業が当時の最新技術とお金を湯水の様に注ぎ込んだ特別仕様の物だ。
違っていて当然ではあるが、感動と同時に悔しさもこみ上げる。
『どうでしょう、変更点などありますか?』
「車高は問題ありません。
ただ、タイヤをもう少し固めにしてください」
俺が3つ目にあたる小さなコーナーを抜けながら指示を出すと、急にマシンの動きが変わった。
コーナーを走行中にタイヤの仕様を変更したのだろう。
正直、一度停まってから替えて貰えば良かったと後悔した。
タイヤのグリップが効くのは良いことではあるが、それも時と場合による。
本来、グラベルの路面ではタイヤのグリップ力はあって無い様な物だ。
グラベル走行は、タイヤのグリップで走るのでは無く、路面にタイヤの溝を引っ掛けて走る。
グラベルだけでなくターマックでも、コーナーの途中でいきなり走りが変わった場合、マシンがあらぬ方向に進んでしまう。
事故を起こしてからでは遅いのだ。
「仕様を変更する時は、一度マシンを停めますね!」
『解りました、いつでもおっしゃってください』
クーリエの返事を聞き、俺は再度運転に集中する。
タイヤを交換したおかげで、先ほどよりも走りが良い。
これなら問題なさそうだ。
「このまま行きます!計画通り、2つ手前でお願いします!!」
俺はクーリエに伝え、全開走行に移った。