第6話 異世界へ
俺がクーリエに手を引かれて時空の扉を通ってから10分程が経過した。
最初こそ少し怖かったが、今では慣れてしまい、ただ何も無い白い空間にしか見えない。
移動はただ浮かんでいるだけ、辺り一面が白いため、進んでいるのか疑問に思えてくる。
「クーリエさん、この空間には、貴女の世界に通じる扉しか無いんですか?
さっきから何も見当たりませんけど・・・」
変わり映えの無い光景に飽きが来た俺はクーリエに話しかける。
「そう思われても仕方ありませんよね・・・。
実際には、目に見えないだけで無数の扉があるのです・・・それこそ無限と言っても過言では無い程に」
振り返った彼女は苦笑して答えた。
「何で見えないんですか?」
「無闇に扉を開けられないようにするためだと言われていますね。
無限とも言える世界の中には、善とは程遠い世界もあります・・・。
そう言った世界の住人が容易に異世界へ侵攻出来ないようにするためだと教わりました」
俺の質問に答えた彼女は、懐かしむような優しい表情をしている。
「どなたに教わったんですか?」
「私の先代にあたる方からです」
「先代って、クーリエさんの世界では代替えが在るんですか?」
「神という存在は、その世界や司るものによって所有する力や在り方が大きく異なります。
不老不死であったり、中には星々を砕く程の力を持つ者が居たりと、その能力は千差万別です。
世界が違えば神の定義も変わり、人を超越した存在を神とする世界もあれば、人を神として祭り上げる世界もあります。
私の世界での神とは、1人の者が悠久の時を生き世界を統治するのではなく、後継者に受け継いでいくものなのです。
1代での統治期間は長くても1000年、短ければ500年程でしょうか・・・。
私は人の子として生を受け、先代から神の地位を受け継いで700年程になりますね」
俺は彼女の話を聞いて驚いた。
別に、話そのものの内容に驚いた訳ではない。
では、何に驚いたのか・・・最後の方で彼女が言った、人の子として生を受けたという言葉だ。
はっきり言って彼女は美人だ。
いや、美人と言う言葉が失礼に思えてしまう程の絶世の美女だ・・・いや、それでも足りないかもしれない・・・。
て言うか、こんな絶世の美女が人の子として産まれる世界・・・顔面偏差値の高さはいかほどだろうか?
自分で言ってはなんだが、フィンランド人と日本人のハーフの俺は、整った顔立ちをしていると思う。
実際、今までに何度か告白された事もある。
だが、クーリエの隣に並んでしまえば、俺はただのモブだ。
案山子と言っても良いだろう・・・正直、自信を無くす・・・。
「どうかされましたか?」
項垂れていた俺は、彼女の心配そうな声に顔を上げると、慌てて手を放しそうになった。
滅茶苦茶顔が近かったのだ。
透き通るような白い肌と、ほんのりと桜色に染まった艶のある唇が目の前にあった。
「手を放しては駄目です!」
「うわっ!?ごめんなさい!!」
俺は彼女に力強く手を握られ、なんとか踏みとどまった。
「危ないではないですか・・・。
ここに入る前にもお伝えしましたが、手を放した場合、人間である昴さんでは出る事は不可能なんですよ?
もし手を放して貴方がここで死んだ場合、魂となっても、未来永劫この空間に囚われてしまいます・・・」
「すみませんでした・・・以後気をつけます」
俺は、眉根を寄せて注意する彼女に平謝りした。
彼女は神であるにも関わらず、どことなく親しみ易い雰囲気を醸し出している。
見た目は美しく、物腰が柔らかく言葉遣いも丁寧だが、やはり元人間だったからだろうか、近寄り難い感じはしない。
俺は、先程の事で自分でも赤面しているのが分かったため、少し顔を逸らす。
「すみません、話を戻しますけど、見えない扉をどうやって探すんですか?」
「なんと説明すれば良いのか・・・なんとなく分かると言った感じです」
照れ隠しに話を戻した俺は、何気なく答えた彼女に呆れた。
(なんとなくで大丈夫なのか?まさか、迷ってないよな?)
「あぁっ、そんな目で見ないでください・・・説明が難しいんです・・・。
例えるなら、出掛けた時に、帰りに何気なく歩いていても家には自然と帰り着くそんな感じです・・・」
俺の疑いの目に気付いた彼女は、慌てて例え話で説明するが、徐々に尻すぼみになる。
見るからにションボリとしている姿は小動物みたいで可愛らしい。
美人で可愛いって最強だなと思ってしまった。
「まぁ、言いたい事はなんとなく解りましたよ・・・。
で、見えない扉をどうやって通るんです?」
「良かった・・・理解して頂けましたか。
隠されている扉を出現させるには、相当量のエネルギーが必要になります。
魔力や神通力と呼ばれる力ですね。
異世界で消費した力同様、ここで消費した力も戻ってくる事はありません。
特に私は、あちらの世界との往復に加え、貴方に来ていただいてます。
消費する量は莫大なものになります・・・。
恐らく、扉を通った後私に残された力は、3割ほどになるでしょう・・・」
「なんでそこまで消費するんです?」
「それは、本来存在しないものを持ち込むことに対する対価なのです・・・」
俺は、彼女の話を頭の中で整理する。
彼女が俺の居た世界で消費した力が戻らない事、扉を通る時に力を消費する事、俺を連れて来たことで扉を通る時の消費量が増える事。
なんとなくだが、海外旅行に似ている。
海外旅行をするためには、まず移動手段が必要だ。
飛行機であったり船であったり、それが扉だとしよう。
タダで海外旅行に行けるはずは無い。
通行料が掛かるのは当然だ。
次に、異世界で消費した力は、旅行で言うならばショッピングだ。
国内旅行ならば、使ったお金は自分の国に還元され、働けばまた戻ってくる。
だが、海外旅行で使ったお金は、旅先の国に還元され、物を買えば手元に残るが、何も買わずとも食事や宿でお金は飛んで行き、戻ってくる事はない。
最後に、俺が居ることで力の消費量が増える事・・・要するに関税だ。
俺は言わば人間大の荷物だ・・・海外旅行だって、買って来たお土産に関税が掛かる事がある。
俺は頭の中で勝手に解釈し、納得した。
だが、まだ疑問は残っている。
彼女は、未来視で俺と車を見たと言っていた。
だが、今この場には俺と彼女の2人だけだ。
「クーリエさん、異世界から何かしら持って来た時の力の消費量って一定なんですか?
それと、見た所車が無いみたいですが、輸入みたいな形で取り寄せるんですか?」
俺が尋ねると、彼女は得意げな表情で振り向いた。
「よくぞ聞いてくださいました!
正直、今まで聞かれなかったので不安になっていました・・・。
まず最初の質問ですが、魂が宿っているかどうかで消費量が異なります。
特に人間ともなれば、私1人を軽く上回る消費量です。
対して魂の宿っていない物の場合は、私の半分以下になります」
「じゃあ車は輸入するんですか?それだと、例え消費量が少なくても、結局力を消耗するんじゃ・・・」
俺の言葉を聞き、彼女は不敵に笑う。
なんだか表情が豊かになって来た・・・。
もしかすると、今まで猫を被っていたのかもしれない・・・。
「車は持って来ません。
いくら消費量が少ないとは言え、人に比べてのはなしですから」
「じゃあどうするんです?」
「私がご用意します!」
「どうやって?」
「私が造ります!」
俺は、得意げな表情をする彼女に殺意が湧いた。
腹立たしいくらいのドヤ顔だ・・・。
「出来る訳ねえだろ!馬鹿かあんた!?
車1台にどれだけのパーツが必要か知ってんのか、3万近い部品の集合体だぞ!!?」
「無論です!私は、向こうで貴方を捜す間、車に対しての知識を習得しました!燃料も用意しましょう!バッテリーも造って充電しましょう!!タイヤだって路面に適した物を造ります!!」
鼻息荒くそう言い放った彼女は、俺の手を握ったまま腕を組む。
俺の手の甲に柔らかい胸の感触が伝わってくる。
滅茶苦茶柔らかい・・・。
しかも、ノーブラのため突起物の存在が強調されている。
「信じて良いんだな?」
俺は柔らかい感触を堪能しながら彼女に確認する。
「お任せください!
あっ・・・すみません、はしたない真似をしてしまいました・・・」
彼女は自信満々に頷いたあと、俺が赤面しているのに気付き、自分が何をしているのかを理解して慌てて組んだ腕を解いた。
「では、扉を呼び出します。
扉を抜ければ、貴方の知らない異世界です・・・。
ですが、何も心配する事はありません。
何があろうと、私がついています!
自らの存在を無かった事にしてまで私について来て頂いた御恩に報いるためにも、私は貴方を必ず守りましょう!」
「あぁ、よろしく頼むよ」
彼女は俺の答えに笑顔で頷き、正面に手をかざす。
すると、目の前に巨大な扉が現れた。
「あちらは今、時を止めています。
貴方に救って頂きたい女性は、現在危機的状況に陥っています・・・。
私は地上に降りてすぐに車をご用意いたします。
まず、貴方にはそのフォローをお願いしたいのですが、宜しいですか?」
「了解です、では行きましょう!」
俺達は頷きあい、扉が開くと同時に外へ飛び出した。