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CARRIER〜異世界最速の運び屋〜  作者: コロタン
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第5話 女神クーリエ

 俺の視界には飛び散る泥、無残に砕ける愛車のパーツが映る。

 そして、マシンの向かう先には樹が立ち並らんでいる。

 このままでは、待ち構えているのは死だ。

 俺の脳裏に15年前の父が浮かぶ。


 (父さんもこんな気持ちだったのかな・・・)


 不思議と死に対する恐怖は薄かった。

 今、俺の心の大半を占めているのは、母への、そして隣にいる中城、今まで支えてくれた仲間達に対する申し訳ない気持ちだった。

 俺が事故を起こしてからまだ2〜3秒程の時間しか経っていないはずだが、やけに長く感じる。

 目に映る光景も心なしかゆっくりに見えてしまう。

 樹まではあと3m程、時間にして1秒も無いだろう。

 俺は目を瞑る。


 (母さん、皆んな、ごめん・・・)


 俺は死を覚悟し、心の中で皆に謝る。

 だが、目を瞑ってから、体感で2秒、3秒と時が流れるが、一向に俺の意識が途絶えない。

 痛みが襲う気配もない。

 俺は現状を確認するため、恐る恐る目を開ける。

 俺の視界は茶色に染まっていた。

 いや、正しくは、至る所に苔の生えた樹が眼前にあったのだ。


 (俺は助かったのか・・・?いや、それにしては止まった感じはしなかった・・・)


 俺は周囲を確認するため、左を見て我が目を疑った。

 隣にいる中城は、目を瞑り、叫びをあげた状態で止まっていた。

 それだけではなく、降りしきる雨も、飛び散る泥も、砕けるパーツまでもが空中で止まっていたのだ。


 「一体どうなってるんだ・・・?」


 『はじめまして、貴方の名は青嵐・J・昴でよろしいでしょうか?』


 俺が唖然として呟くと、頭の中に女性の声が響いた。

 その声は透き通るように美しく、優しい響きだった。


 「誰だ!?」


 『私の名はクーリエ、こちらとは別の世界で神と呼ばれる存在です。

 正直、私がこちらの世界の時を止めていられる時間はそう長くはありません・・・貴方の名は青嵐・J・昴でよろしいでしょうか?』


 クーリエと名乗った神は、少し焦ったような声音で聞いてきた。


 「あぁ・・・」


 『良かった・・・昴さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?』


 俺が答えると、彼女は安堵したようだ。


 「好きに呼んでくれて構わないよ・・・で、これは一体どう言う状況なんだ?」


 『貴方が事故を起こした事は覚えてらっしゃいますか?』


 「あぁ、正直死んだと思ったけど、あんたが助けてくれたのか?」


 『・・・まだ助かった訳ではありません。

 このまま時が流れれば、貴方とお隣の方に待っているのは死です』


 クーリエはしばしの沈黙の後、声のトーンを落として答えた。


 「じゃあなんで時を止めたんだ?俺達を助けるためか?」


 『はい・・・正確には、昴さん・・・貴方を助ける為です。

 私は、貴方にお願いがあって参りました・・・』


 「もし俺がそれを断ったら?」


 俺が聞き返すと、クーリエは押し黙った。

 しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりとした口調で話し始める。


 『その時は・・・貴方もお隣の方も助からないでしょう・・・』


 「クーリエさんだっけ?あのさ、それってお願いじゃなくて強要だよね・・・?

 選択肢のないものをお願いとは言わないだろ!?」


 俺が怒鳴ると、彼女は再び沈黙する。


 『それは私も理解しています・・・それでも私は、何が何でも貴方に願いを聞いて頂きたいのです!!』


 悲痛な叫びが脳裏に響く。

 彼女も切羽詰まった状況なのだろう。


 「・・・取り敢えず話だけは聞かせてくれ。

 聞く聞かないはそれからでも良いか?」


 『はい・・・ありがとうございます。

 私の願いは、貴方に私の世界に来て、1人の女性を救って頂きたいのです』


 彼女は俺の提案に落ち着きを取り戻し、語り始めた。


 「何で俺なんだ?俺は自分で言うのもなんだけど、車を走らせる事しか能が無い人間だ・・・人助けなんて、もっと他に適した人間がいるんじゃないか?」


 『貴方でなければ駄目なのです!私には、断片的な映像で未来を予知する力があります・・・。

 1ヵ月程前、私は幾つかの未来の映像を見ました。

 そこには、貴方に救って頂きたい女性の子供が、世界を救くうというものでした』


 「だから、そこで何で俺なんだよ?

 その女性の子供があんたの世界の救世主になるって事は解った・・・でも、その女性を救うのは別に俺じゃなくても良いだろう?」


 『私の見た未来には、貴方も映っていたのです!

 貴方だけじゃなく、今貴方が乗っているような車という乗り物も映っていました!

 確かにその女性を救うのは貴方でなくても良いのかもしれません・・・でも、関係が無いと言えますか!?』


 彼女は必死に訴える。


 「なぁ・・・もしそっちに行ったとして、俺はこっちの世界に帰って来れるのか?」


 『それは・・・申し訳ありませんが、無理です・・・』


 「どうしてだ?連れて行けるなら、帰す事も出来るんじゃないのか?」


 俺は弱々しく呟くように答える彼女に、叫びたい気持ちを押し殺して冷静に聞きかえした。


 『詳しく話せば長くなってしまうので時間がありません・・・』


 「端折って良いから簡潔に答えてくれ」


 『私はこちらの世界で力を使い過ぎました・・・。

 こちらに来るのにもかなりの力を使っています。

 私の世界であれば力を行使すれば、世界に還元され、いずれは私に戻ります。

 ですが、別の世界で使った場合はそうではないのです・・・。

 使えば使っただけ力は減り、回復はしないのです。

 現在私に残されている力は全体の5割・・・貴方をあちらの世界に連れて行くとすれば、更に力を使う事になります。

 あちらの世界を維持するための力を残すとすれば、転移が出来るのはあと1回になります・・・』

 

 俺はそれを聞いて頭を抱えた。

 異世界行きの片道切符なのだから当然だ・・・。

 彼女には悪いが、正直、俺にとって異世界なんてどうでも良い。

 現状をどうするかが一番の問題だ。

 だが、彼女の願いを断ってしまえば、俺も中城も死ぬだろう。

 俺が死ぬのは良い・・・母を1人にしてしまう不安と申し訳なさはあるが、俺はそういう世界を目指していたし、覚悟もしていた。

 だが、中城だけは救いたい。

 彼の子供達には俺と同じ思いをして欲しく無いし、奥さんにも母の様な思いをして欲しく無い。

 もし断ったとして、この女神は本当に俺達を見捨てるだろうか?

 もしかすると、俺だけを無理矢理連れて行くかもしれない。

 そうすれば、中城は死に、俺は行方不明になり、結局母を悲しませる・・・。


 (本当、選択肢なんて有って無いようなもんじゃねーか・・・)


 俺は心の中でため息をつく。


 「解ったよクーリエさん・・・行くよ」


 『本当ですか!?』


 彼女は歓喜の声を上げる。


 「あぁ・・・だけど、条件がある」


 『何でしょうか?私に出来ることでしたらなんなりと仰ってください!』


 嬉しそうな彼女に、俺は少し間を空けて答える。


 「まず、隣に居る人は必ず助けてくれ。

 彼には奥さんと、2人の子供がいるんだ・・・悲しませたくない」

 

 『わかりました、必ずお助けします』


 「それと、この世界での俺の存在を無かった事にしてくれ・・・」


 俺の二つ目の条件を聞き、彼女が絶句する。


 「俺の家族は母さんだけなんだ・・・父さんは15年前に亡くなって、母さんにとって俺はたった1人の肉親なんだよ。

 母さんの両親は2人とも俺が産まれる前に亡くなってて、父さんの両親は海外にいるけど、ほぼ疎遠だ・・・。

 俺が貴女の世界に行ったら、母さんは愛する夫を喪ったうえ、たった1人の息子まで喪ってしまう・・・もう、そんな悲しい思いはして欲しくないんだ・・・」


 『昴さんの存在を無かった事にする事は可能です・・・。

 ですが、よろしいのですか・・・?

 そんな事をしては、貴方が・・・』


 彼女はそこまで言って言葉に詰まった。

 申し訳なさそうな、悲しそうな震えた声をしていた。

 こちらの世界から俺の存在を消せば、俺は完全に1人になる・・・。

 よく知りもしない異世界に飛ばされ、住み慣れた世界には戻れない。

 だが、今まで俺を育ててくれた母や、支てくれた人達に悲しい思いをさせるよりはマシだ。


 「構わないよ・・・もう戻れないのなら、後腐れなくした方が良いからね。

 そうすれば、母さんや他の人達も悲しまないだろ?

 俺が覚えていれば十分だよ・・・」


 『貴方は優しい方ですね・・・。

 解りました・・・では・・・』


 クーリエの言葉と共に俺は光に包まれる。

 光が治ると、俺は白く巨大な門の前に居た。

 門は上も横も目視出来ない程に巨大で、全体に美しい装飾が施されていた。

 その門の前に1人の女性が佇んでいる。


 「願いを聞き入れていただき、感謝致します・・・」


 深々とお辞儀をしていたその女性が顔を上げる。

 長く美しい白銀の髪に白い肌、女神の名に恥じない整った顔、細身だが均整のとれた身体は芸術品のようだ。

 まさしく絶世の美女と言ったところだ。

 だが、そんな絶世の美女は今、目に涙を浮かべ、震えた声をしている。


 「こうしてお目にかかるのは初めてですので、改めまして・・・私はクーリエと申します。

 この度は、私の無理な願いを聞き入れていただきありがとうございます・・・」


 「青嵐・J・昴です・・・。

 確かに無理な願いではありましたが、自分で決めた事です・・・だから、そんな顔をしないでください。

 約束さえ守って頂けるなら、俺は貴女について行きます・・・」


 俺とクーリエは互いに頭を下げる。


 「はい・・・昴さんにお越し頂く間にすでに・・・。

 御覧になられますか・・・?」


 「お願いします・・・」


 俺が頷くと、目の前に霧のような物が現れ、映画館のスクリーンの様に映像が映し出される。

 そこには横転したインプレッサの中で目を閉じて動かない中城が映っていた。


 「生きてますよね?」


 「はい、気絶しているだけのようです」


 よく見ると、中城の胸のあたりが上下している。

 ちゃんと呼吸しているようだ。

 俺が中城の無事を確認して安堵すると、映像が切り替わった。

 次に映し出されたのは菅野や社長達だった。


 『おい、うちの車両が事故ったってのは本当か!?

 乗ってた奴等は無事なのか!!?』


 社長が運営のスタッフに食い付かんばかりに怒鳴り散らしている。


 『コ・・・コドラの方は無事です・・・!

 ただ、ドライバーの方は見当たりません!!』


 襟首を掴まれた運営のスタッフは苦しそうに答えている。


 (社長相変わらずだな・・・)


 俺が苦笑していると、菅野が映った。

 彼は顔面蒼白だ。


 『社長・・・うちのドライバーって誰でしたっけ・・・?』


 俺は菅野の言葉を聞いて胸が締め付けられた。

 クーリエはそんな俺を見てしまったのか、俯いている。


 『お前は何言ってやがんだ!?ドライバーはあれだ!!・・・誰だ?名前が出て来ねえ・・・そもそも、うちにドライバーなんていたか?』


 社長の言葉を聞いて他のスタッフも首を傾げている。

 

 (これで良いんだよな・・・)


 俺が目を閉じて自分に言い聞かせ、再び目を開けると、スクリーンは母の姿が映っていた。

 映し出された母は、外で洗濯物を干している。

 俺を女手一つで育ててくれた母は、48という年齢の割には若く見える。

 だが、必死に働いてきたため、手は荒れ、苦労してきた事が窺い知れる。


 (母さん・・・俺、何も返せなくてゴメンな・・・)


 俺が、見納めになる母を見ていると、隣に住んでいる奥さんが家を訪ねてくるのが見えた。


 『息子さん今日から大事な大会でいらっしゃらないんですよね?』


 その言葉を聞いて俺は焦った。

 まさか失敗したのかと思ってしまった。

 だが、そんな思いも、母の表情を見て霧散した。

 母は訝しんでいたのだ・・・。


 『何を言ってらっしゃるんです・・・?

 私に息子は居ませんが・・・』


 『あら・・・そうでしたわね!私ったら何を言って・・・。

 もう歳かしら・・・』


 俺は母とお隣さんの会話を聞いてホッとしたような寂しいような複雑な気持ちになった。


 「クーリエさん、約束を守ってくれてありがとうございました・・・。

 最後はちょっと焦りましたけどね・・・」


 俺がそう言って振り返ると、彼女は涙を流していた。


 「昴さん、本当に申し訳ありません・・・。

 私の勝手なお願いで、貴方に辛い思いをさせてしまいました・・・」


 彼女は涙を流して謝罪する。


 「さっきも言った通り、自分で決めた事ですから、気にしないで下さい・・・。

 クーリエさんは約束も守ってくれました。

 だから、貴女が泣く必要なんて無いんですよ・・・」


 俺の言葉に彼女は顔を上げる。


 「気にしないなんて無理です・・・!

 だって・・・貴方も泣いてらっしゃるではないですか・・・!!」


 俺は彼女の言葉を聞き、自分の頬を何かが伝っているのに気が付いた。

 手で触れると、指先に暖かい液体がまとわりつく。


 (あぁ・・・俺、泣いてたんだ・・・)


 泣くのなんて何年ぶりだろうか・・・。

 父の葬儀の時に泣いた以来ではないだろうか?

 住み慣れた世界、厳しくも暖かく見守り、愛してくれた母、車談義に花を咲かせた親友、俺の腕を買って支援してくれた会社の人達、それを思うと涙が止まらなくなってしまった。

 自分で願った事とはいえ、俺にとってもただ1人の家族である母に忘れられたのはショックだった。


 「すみませんでした・・・行きましょう」


 俺は涙を拭い霧のスクリーンに背を向ける。

 

 「はい・・・では、参りましょう・・・」


 クーリエは俺を見て涙を拭い、扉に手を掛ける。

 巨大な扉はクーリエの細くしなやかな腕に押され、ゆっくりと開いていく。

 扉の先には何も無い白い空間が広がっている。

 俺はその光景を見て少し怖くなってしまった。


 「昴さん、私の手を握って放さないでください・・・もし放してしまえば、時空の狭間に取り残され、二度と出られなくなりますので」


 「分かりました・・・」


 俺は短く返事をして彼女の手を取る。

 彼女の手は絹のように滑らかで、暖かく、不思議と緊張していた心を解きほぐしてくれた。

 彼女が扉の中に身を投げる。

 俺も彼女に引っ張られるまま白い空間に飛び込んだ。

 俺達がくぐると、後ろで扉の閉じる音が響いた。

 


 

 


 


 

 

 

 


 


 


 


 

 

 

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