表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CARRIER〜異世界最速の運び屋〜  作者: コロタン
3/13

第2話 出陣

 時計の針が午前5時を過ぎた頃、外からディーゼル車特有の振動音が聞こえてきた。

 ディーゼル車はガソリン車に比べ、燃焼室内の圧力が高いためエンジンブロックやヘッドが振動を起こして音がするのだ。

 バックブザーの音が鳴り止み、エンジンが停止する。


 「昴、起きてる?迎えがきたわよ」


 「大丈夫、起きてるよ。流石に大事な日に寝坊する程抜けてないよ・・・」


 部屋の外から話しかけてきた母に答え、俺は着替えなどを詰め込んだバックを担ぎ扉を開ける。

 今日から3日間、隣県で行なわれるラリーの大会に出場するため、ちょっとした旅行にでも行くような出で立ちだ。

 

 「しっかり眠れた?寝不足は禁物よ・・・まぁ、あんたに限ってラリー中に睡魔に襲われるなんて事ないだろうけど」


 「ローダーの助手席で寝させてもらうから大丈夫だよ・・・じゃあ、行ってくるよ」


 母は扉の向かい側の壁にもたれかかり、優しい笑みを浮かべている。

 俺は軽く手を挙げて挨拶をし、玄関に向かう。


 「寂しかったらいつでも電話してきなさいよ?」


 「ガキじゃないんだから大丈夫だよ!それより母さんこそ、俺が3日間居なくて寂しいんじゃないの?」


 「何言ってんのよ・・・あんたは大学の時から殆ど家に居なかったじゃない?帰って来るなり走りに行って、家に居るのは夕飯と寝る時だけだったでしょ?今更寂しくなんかないわよ」


 母は呆れたように溜息をついている。


 「それもそうか・・・」


 俺が思い返して笑うと、母もつられて笑う。


 「昴、無事に帰ってきなさいよ?」


 笑っていた母は、ふと真面目な表情で俺を見て小さく呟く。

 まだ明け方で周りは静まり返っていたため、しっかりと聞き取れた。


 「わかってる・・・行ってくるよ母さん」


 俺は少し不安そうな母を安心させるため、笑顔で答える。

 俺がラリーに出場するために家を出る時は、どんなに朝が早くても母は必ず俺を見送ってくれる。

 俺の父はラリー中の事故で亡くなった。

 少しの判断ミス、操作ミス、不測の事態で命を落とす事がある。

 CART、INDY、F1、ラリーなど数あるモータースポーツの車両は安全対策がしっかりと為されている。

 一般の車両も安全対策は為されているが、レース車両は一線を画すレベルだ。

 だが、いくら安全対策がしっかりされていても、レース車両のポテンシャルの高さから考えれば完璧とは言い難い。

 早く走るために造られたそれらは、市販の物とは比べ物にならない性能を有している。

 その為、いくら安全対策が為されていようとも、スピードの乗った状態で事故を起こせばひとたまりも無いのだ。

 F1マシンなどに比べてラリーカーは最高速度はあまり出ないので安全な様に思えるが、それはセッティングを加速重視にしているためだ。

 実際、WRCに出場するようなワークスマシンの最高速度は出ても210km/h程だ。

 だが、ラリーは他の競技とは走るコースの状況が全く違う。

 F1などはしっかりと舗装され管理されたサーキットだが、ラリーは申し訳程度の舗装路や、砂利や砂、泥にまみれた未舗装路が主だ。

 コーナーも多く、アクセルを全開に出来る区間など殆ど無いに等しい。

 だからこそ最高速を抑え、コーナー立ち上がりの加速に割り振っているのだ。

 そんな状況でもストレートでは200km/hオーバーのスピードで駆け抜ける・・・グリップの効きにくい状況でそんな速度で走る事は自殺行為と言っても良い。

 よくF1ドライバーは頭のネジが2、3個飛んでいないとなれないが、ラリードライバーは頭のネジが付いていてはなれないと言われる事がある。

 まさにその通りだ。

 1982年〜1986年までのグループBの時代は狂気と熱狂の時代と言われていた。

 重量1tを切るマシンに450〜600馬力ものエンジンを搭載し、曲がらないマシンを無理矢理曲げ、悪路を猛スピードで走破する。

 0-100km/hの加速が僅か1.7秒〜2.5秒程であったとされるグループBのマシンの加速力は、当時1000馬力以上のF1マシンを凌ぐとも言われていた。

 観衆は少しでもその大迫力の走りを近くで見ようとコースに飛び出し、観衆を巻き込んだ事故も何度となく起こった。

 だが、当時のラリードライバーは走行中に人を見てもアクセルを戻さなかったそうだ。

 進路上に人が居るからと言ってアクセルを戻していては勝つ事が出来ないからだ。

 プロとして走る以上、勝って結果を出さなければ意味が無い。

 身の危険も顧みず、猛スピードで走るマシンの前に飛び出す観衆の自業自得・・・そんな考えがまかり通った時代だ。

 そんなグループBの時代も、1986年の第5戦ツール・ド・コルスにおけるモータースポーツ史に残る大事故を期に終焉を迎えた。

 今でこそレギュレーションなどによってグループB時代のような事は少なくなっているが、現在は技術の進歩などによりグループBの頃よりもマシンやタイヤの性能が向上し、馬力こそ抑えられてはいるが、コーナリング速度は逆に増している。

 昔に比べ危険が減ったとは言え、俺はそんな世界を目指そうとしている。

 父が命を落とした世界・・・母はそれが心配なのだろう。

 俺がプロを目指す事を認めてくれてはいるが、それでも内心では割り切れていない。

 そんな複雑な表情をしている。


 「勝って帰って来るよ・・・母さん、帰って来たらどこか旅行に行かない?今まで親孝行らしいことして来なかったし、今回のラリーが終わったらしばらく余裕出来るしさ!」


 俺が振り返って明るく言うと、母は少し驚いた表情をした。


 「親孝行って・・・気を遣ってくれるのは嬉しいけどまだそんな歳じゃ無いわよ?」


 「まだって言っても、もう48だろ?十分歳だと思うけど・・・」


 俺はそこまで言って言葉に詰まった。

 母の眼つきが変わったのだ。


 「48がなんだって?」


 「何でも無いです・・・」


 母のドスの効いた声に俺が肩を竦めて謝ると、深く溜息をついた。


 「旅行とかは良いから、あんたが無事に帰って来てくれらそれだけで親孝行よ・・・。まぁ、どうしてもって言うなら、早く彼女の1人でも連れて来なさい!孫が生まれない限り私は歳だなんて言われたくないわ!」


 「善処します・・・」


 俺がおとなしく素直に返事をしたのを見て母は頷いた。


 「昴、頑張ってきなさい。正直私はまだ複雑だけど、お父さんはきっとあんたを応援してくれてるわ・・・」


 母は優しく俺を抱き締める。

 父が亡くなってからの15年間、誰の力も借りず、女手一つで俺を育ててくれた母の身体は細く、抱き締め返すと折れてしまいそうな程に華奢だった。


 「だと嬉しいな・・・じゃあ、行ってくるよ母さん」


 母に挨拶を済ませて靴を履き、玄関の靴棚の上に飾ってある写真を見る。

 そこにはマシンの前で笑顔で抱き合う父と母が写っている。

 俺は写真を見つめて手を合わせる。


 「父さん、行ってきます」


 俺は顔を上げ、扉を開けて玄関を出る。

 母の「行ってらっしゃい」の声に重なり、父が応援してくれている声が聞こえた気がした。

 

 


 

 

 

 



 

 

 

 

 

仕事が繁忙期に入りなかなか更新出来ずすみません・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ