第1話 思い出のインプレッサ
俺の名前は青嵐・J・昴、ミドルネームのJはJoniと書いてヨニと読む。
フィンランド人でプロのラリーストだった父と、フィンランドの大学に留学後父のメカニックとして働いていた日本人の母との間に産まれた。
ラリーストだった父は、15年前WRC総合優勝を賭けた走行中に、コーナー出口に転がっていた落石に乗り上げ、立木に衝突して命を落とした・・・即死だったらしい。
燃え上がった車内から降ろされた父の遺体は損傷が激しく、それを見た母はショックを受け、僕を連れて生まれ故郷の日本へと帰ってきた。
俺は今年で25歳、高校3年の時に車の免許を取得し、夏休みと冬休みにアルバイトをして貯めたお金で中古のインプレッサを買った。
インプレッサを買う事は母に内緒にしていたため、車が納車された時は滅茶苦茶怒られた。
それもそのはず、インプレッサは父が最後にハンドルを握っていた車だからだ。
父も母も根っからのスバルユーザーだったが、父が亡くなって以来、母はスバル車を避けていた。
でも、俺は父がインプレッサで走る姿が好きだった・・・いずれ俺も父のように世界で活躍するラリーストになりたい。
それが小さい頃からの夢だった。
大学進学後は、夜な夜な峠に繰り出しては明け方まで走り、大学の講義を受け、ラリーサークルで走り、バイトをした後に少しだけ寝てまた走りに行く。
そんな車一辺倒な生活を送っていた。
最初の内は母との間に溝があったが、俺が本気である事を知った母は、血は争えないと言って折れてくれた。
今では時々セッティングのアドバイスまでしてくれる。
相変わらずインプレッサを見ると複雑な表情をするが、それでも懐かしそうに見るその瞳には、父との思い出が映し出されているのかもしれない。
俺は大学卒業後、車のチューニングショップに就職した。
大学時代からお世話になっていたそのショップのオーナーにスポンサーになってもらい、JAF公認のラリーに出場して国際C級ライセンスも取得した。
ライセンスを取得した後もラリースクールに通ったりと今でも車中心の生活だ。
ラリースクールの講師をしていた人は父とレースで競い合った事があるらしく、思い出話を聞かせて貰った。
ラリースクールでの座学や実技の講習は、さらなる高みを目指すための良い勉学になった。
「昴、あんた最近調子良いじゃない?結構良いところからスカウトも来たんでしょう?」
俺が車体の下に潜ってオイル交換をしていると、いつの間にかガレージの入り口に来ていた母が話し掛けてきた。
「まぁね・・・ただ、まだ納得出来る走りには程遠いよ。結果が良いだけじゃダメなんだ・・・俺は父さんみたいに走りたい。出来る事なら、満足の行く走りをして勝ちたい」
「あまり無理はしなさんなよ?あんたはお父さんじゃない・・・同じ走りをするなんて無理なんだから・・・あんたはあんたの走りをすれば良いのよ。そろそろ夕飯だから戻って来なさい・・・明日は早いんでしょ?良い結果が出せればお父さんと同じ舞台に行ける大事なレースなんだし、夜更かしは禁物よ」
「わかったよ。これが終わったら戻る」
俺が車体の下から答えると、母はため息をつき優しく諭した。
明日から俺はラリーの大会に出る事になっている。
その大会は規模が大きく、個人で良い結果を出した者にはスポンサーが付いたり、もしくはスカウトが来る場合がある。
俺は一度、大学在学中に小さなチームからスカウトを受けた事がある・・・だが、その時は断ったのだ。
大学には母に通わせて貰っていた。
俺は走りに没頭してはいたが、通わせて貰っている以上勉学を疎かにする訳にいかなかったのだ。
そのせいでそのチームからのスカウトの話は無くなってしまったが、それ以降も俺は勝ち続けている。
そして、先日俺の成績を見た別のワークスチームからスカウトの話が来た。
今回はWRCにも参戦しているかなり大きなチームで、俺の実力を見極めるため、条件が出された。
その契約の条件は、明日からのラリーで表彰台に乗る事だ。
表彰台に乗れれば、俺は晴れてワークスドライバー・・・父のいたWRCへの切符が手に入る。
明日のラリーの参加者は皆今までとは意気込みもレベルも違う。
皆勝つ為に必死になるだろう・・・だが、俺はこんな所で負けてはいられない。
目指すは表彰台の頂上だ。
俺はWRCに参戦し、15年前父が成し遂げられなかった総合優勝を果たし、父を越える。
大きな大会とは言え、こんな所で負けていては、一流のラリーストが集うWRC総合優勝など夢のまた夢だ。
俺は愛車のエンジンにオイルを注ぎ、量を確認してボンネットを閉める。
型遅れな上、大会のレギュレーションに合わせ色々と弄ってあるが、それでも今迄一緒に戦って来た戦友だ。
俺はガレージの入り口でもう一度愛車を振り返る。
「明日もよろしくな、相棒・・・」
俺はガレージの灯りを消し、インプレッサに優しく語り掛け、家の中に戻った。