プロローグ
完全に車大好きな私の趣味ですが、車好きな人もそうじゃない人も楽しく読んで頂けたら幸いです。
暗い森の中、複数の足音が響く。
木々の合間から差し込む月明かりに照らされ、1人の少女が追っ手から逃れる為、一心不乱に走っている。
「何で私が追われなきゃならないの!?何も見てないし聞いてないって言ってるのに!!」
少女は背後を気にしつつひた走る。
ひたすら走り続けた結果、既に方向感覚は失われ、自分が今どこを走っているのかさえ判らない。
だが。走らなければ捕まってしまう。
追っ手に捕まれば殺されてしまう・・・少女の心の中は死に対する恐怖で溢れかえっている。
少女が何故追われているか・・・それは半日程前まで遡る。
昼を少し過ぎた頃、少女は夕飯の食材を手に入れるため、自宅の裏にある山に入っていた。
少女の家族は既に亡く、持っている物は両親の遺してくれた小さな小屋と少しばかりの財産だけ。
1人で暮らすには食うに困らぬ生活ではあるが、少女は両親の遺した財産には一切手を付けず、細々と慎ましやかに暮らしていた。
しかし、そんな少女が山菜を採取し、野鳥を獲る為に仕掛けた罠の確認に向かったのが、今回追われる事になってしまった原因だ。
少女が罠を仕掛けた場所に行ってみると、黒いフードを目深に被った2つの人影が見えた。
明らかに怪しい空気を感じとった少女は、その場から離れようとしたその時、山菜の入った籠を落としてしまったのだ。
音に気付いた人影は少女を発見し、見張りをしていた者達を呼んで少女を追わせ、今に至る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・流石にくたくただよぉ・・・お腹も空いたしそろそろ諦めてくれたら良いのに!」
少女は追っ手の気配が離れたのを確認し、足を止めて息を整える。
月明かりに照らされた少女は、顔の半分まで掛かった前髪が汗で肌に張り付いている。
インドアな見た目をしているが、食材採取のために毎日山に入っているため、見た目によらず体力があるようだ。
深呼吸をして落ち着いた少女は、周囲を見渡し隠れられる場所が無いか探す。
「これ以上はもう走れる自信無いしなぁ・・・」
少女が藪を掻き分けて身を隠す場所を探していると、大きな木の幹の根元に穴が開いているのを見つけた。
「ここなら少し休めるかな・・・」
追っ手に気付かれぬように、掻き分けた藪を直して穴に入り、膝を抱えて座り込む。
「うぅ・・・ひもじいよぅ」
少女は暗い穴倉の中で外の音に気を配りつつ身体を休める。
採取した山菜は落としてしまったため手元には無く、あるのはおやつとして持って来ていたビスケットが3枚だけ。
そんな量では走り疲れた空腹を紛らわす事は出来ず、逆に空腹感を助長するだけだった。
少女が空腹感に苛まれ踞っていると2つの足音が近付き、隠れている木の近くで立ち止まる。
「そっちにはいたか!?」
「いや、こっちなは居なかった・・・。くそっ!鈍臭そうな見た目のくせに何であんなにすばしこいんだ!!」
「このままあの少女が見つからなければ、俺達がマグラー様に殺されるぞ!何としても見つけ出せ!!」
「あぁ、まだそんなに遠くへは行ってない筈だ・・・半刻後また此処で落ち合おう!」
2人の男は少女が見つからない事に苛立ち、再度少女を捜すためその場を離れた。
「やっぱりまだ諦めてなかった・・・隠れられる場所があって良かったよぉ・・・」
少女は半べそをかきながら膝を抱える。
「さっきあの人達が言ってたマグラー様って、まさか大臣のマグラー様かな・・・なんでそんな偉い人がこんな山の中に居るんだろう?山菜と野鳥がいる以外何も無いのに・・・」
先程の男達の口から出てきたマグラーと言う人物は、少女が思い至った人物と同一人物である。
マグラーとは、数ある大臣の中でもこの国の財政を任されている最も力を持つ大臣の1人だ。
歳は30代前半とまだ若いが、早くに亡くなった父の跡を継ぎ、周りの有力者達を押し退けて今の地位に就いた程のやり手だ。
マグラーが財政管理を任されるようになってからと言うもの、この国の成長は右肩上がりとなっている。
そんな彼の暮らしぶりは節制を重んじ、家族を愛し、使用人などの周りの人間にも優しく振る舞う人格者と言われている。
だがそれは表向きの顔であり、実際は黒い噂の絶えない人物でもある。
邪魔をする者がいれば排除し、並ぼうとする者がいれば貶め、蹴落とす。
そして、それら全てを雇った者達に行わせ、自分では決して手を汚さず、アリバイを用意してそ知らぬ顔をする。
彼の裏の顔が表沙汰にならないのは、彼自身の用心深さ故であろう。
だが、完璧な人間などいるはずも無く、今回彼は見られてしまった。
実際、彼の話を少女は何も聞いてはいなかったし、フードを被っていたため誰かも判っていなかった・・・だがそんな事は関係無い。
ただあの場に居た・・・それだけで殺す理由になり得るのだ。
小さな山小屋に住んでいる少女1人が居なくなった処で誰も気にはしない。
ならば、不安の芽は摘むに限る・・・ただそれだけの理由だ。
「ふぁっ・・・考えるのも億劫になってきちゃった・・・疲れたなぁ」
少女は足音が遠ざかった安心感からか欠伸を漏らし、遂には眠りに落ちてしまった。
「やっぱりいないぞ!!どうする!?」
「くそっ!何処に行きやがった!!」
半刻後、少女は男達の怒鳴り声で目を覚ます。
(ヤバイ・・・寝ちゃってた・・・)
少女が身体を強張らせ、気付かれないように息を潜めていると、腹部から間抜けな音が鳴り響いた。
空腹に負け、腹が鳴ったのだ・・・。
(何でこんな時に!?空腹の馬鹿!!)
「おい・・・今の音って、あの木の根元から聞こえたよな?」
「あぁ・・・」
男達が近付く気配がする。
少女は恐怖に負けそうになりながらも手元に落ちていた石を掴み、穴から外に投げる。
「何だ!?」
(今だっ!!)
少女は音に気をそらした男達の隙をつき、穴倉から飛び出して一目散に逃げ出す。
「小賢しい真似をしやがって!追うぞ!!」
短時間だが休んだ事もあり、少女の足取りは軽くなり男達を引き離す。
だが、それも長くは続かず次第に足がもつれ始め、最後にはその場にへたり込んでしまった。
「手間かけさせやがって・・・」
「お嬢ちゃん、あんたには悪いがこっちも仕事なんでね・・・」
男達は腰の剣を抜き、ゆっくりと少女との距離を詰める。
「いやっ!来ないでください!私、何も聞いてないし見てません!」
少女は泣きながら懇願するが、男達は意に介さずさらに近付く。
「恨むなら、あの時あの場所に行った自分を恨みな・・・」
「お父さん、お母さん・・・誰か助けてっ!!」
少女の叫びも虚しく、男の手にした剣は高々と掲げられ、月明かりを妖しく反射していた。