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揺れる金天秤:帝国領 第五幕 聖女召喚 9 「帰還」

長い物語に成りましたが、揺れる金天秤:帝国領 の章はこれにて終章となります。


第一幕から、第五幕まで 長いお話になってしまいました。 仕掛けの不発もあります。 テンポも悪く読みにくいと思われますが、まずはご容赦を。


それでは、第五幕、最終話 揺れる金天秤:帝国領 の章 終章 お楽しみください。


 マニューエの尋常でない消耗に、ヴァイスは困惑していた。 もうほとんどマジカ残量が残っていない。 無理も無かった。 大魔方陣の書き換え、および駆動式の書き換え、魔方陣の発動にどのくらいのマジカが必要かくらいヴァイスも知っている。 更にこの世界に生を受けし者が、行ってはならない「精霊界」に入った事、さらに、其処で何か重大なやり取りが有った事。 すべてが彼女の命と言うべきマジカを削り取っていたのだと云う事は理解している。 しかし、腕の中の彼女はほぼ昏睡状態であり、辛うじて意識を保っていると云える。そうおいそれと動かせる状態ではない。


 フォシュニーオ翁も、ヴァイスの傍に寄り添い、マニューエを心配そうに見ている。 マジカの回復回路がうまく動いていない様だった。 今しばらくは、此処に留まり、ある程度マジカが溜まるまで待たなければならない様だった。 直ぐにでもここを立ち去ろうとしていたが、まだ召喚の間を出る事すら出来ていない。


「大丈夫ですから・・・私は、平気です」


 不穏なマジカの塊と云える「神」への祈りの残滓が色濃く残るこの場所に留まる事は、彼女にとって良く無い事は判ってはいるが、動かすことで取り返しのつかない事に成りはしないかと、誰もその場を動くことが出来なかった。 マニューエの薄い息のしたから出た言葉を信じる者など、この場には居ない。 とりあえず、フォシュニーオ翁は、六龍に命じ、この場の瘴気ともいえる「神」への祈りの残滓を浄化させ、少しでも光の精霊神の加護を持つマジカの流れを作ろうとした。


 実際、六龍がこの場を浄化してからは、マニューエのマジカ回復回路は正常に動き出してはいたが、危機的状況を脱しては居ない、予断は許さないと感じている。


 突然、召喚の間の床に長距離転移門ロングポータルが開いた。 濃い緑色の発光が、魔方陣を形作り、光が溢れだした。 床から二人の男が出現した。


「お師匠さん! やっぱり来てたんですね」


 飄々とた声がフォシュニーオ翁の耳に届く。 何故かその声に安堵したフォシュニーオ翁は、半分怒りながらも、応えた。


「バカ者め! お前と言う奴は! 大事な愛弟子をこんな目に合わせ負って!!」


 長距離転移門ロングポータルから出てきた男の一人、フォシュニーオ翁に言葉を掛けた男は、タケトだった。誰も居ないと思っていた、召喚の間に、マニューエを含む九人もの人が居るとは思っていなかった。


 タケトは、フォシュニーオ翁の言葉に、ヴァイスの腕の中に居るマニューエに意識が向いた。顔色が悪い、生命力が著しく低下して居る。 この症状に思い当たる節があった。 そう「精霊界」にタケトが初めて呼ばれた時に成った症状だった。


「白、ちょっといいか?」

「兄者!」

「これ、持ってて。中に大事な魂が入ってるから」


 ヴァイスに運搬袋の一つを渡す。中には、北の大陸オブリビオンで回収したラアマーンの部下たちの魂が入った”依代”が入っている。 それをヴァイスに渡す代わりに、彼の腕からマニューエを受け取り、横抱きに抱く。 浅い息をしているマニューエ。 辛うじて保っている意識で、マニューエはタケトの顔を認識すると、満面の笑みを浮かべ言った。


「マスター、お帰りなさい。 逢いたかった、本当に逢いたかった・・・」

「無理をさせてしまったね。 精霊界に行ったんだ」

「うん。 光の精霊神様と協力して問題の”神” とやらと決着をつけてきました」

「よくやった。 苦しいだろ、判ってる。俺も同じだった。 ちょっとまってね」


 タケトは上位回路を開き、光の精霊神を呼び出した。


 ”無茶しましたね。 そちらで使ったマニューエのマジカ返してください”

 ”ごめんね・・・すぐに返そうと思ったのですが、此方から観測できなくて”

 ”まだまだ、未熟なんですよ、この子は。 私とは違います。 私経由で返しますので、よろしくお願いします”

 ”判りました。では送ります。 ほんとにごめんね”

 ”世界の危機でしたからね・・・精霊神様”

 ”なあに?”

 ”私から大切な者を取り上げるような真似しないでください”

 ”ごめんなさい”

 ”では、始めましょう”


 光の精霊神から莫大なマジカがタケトに送りこまれた。 優しい柔らかな感触のマジカだった。 そのまま彼女に返そうとしたが、受け入れ口が見つからない。 マジカ回復回路の入力が異常に細くなっている。 精霊界で行われた”何か”の為にその辺がひしゃげているらしい・・・


”困ったな”


 もう一つ、マジカの回復は食事と共にとる方法が有った。 つまりは食品に含まれる微量のマジカを体の内側から受け取る方法だった。 つまり、経口注入。 端的に言えばキスである。 彼女のマジカ回復回路を修復する方法は、時間が掛かりすぎ、何かあった時対処が出来ない。 いまだ危機的レベルのマジカ残量をせめて四分の一まで回復させないと、回路修復は出来ない。 他に道はない。


 ”ええい、後から謝ろう”


 タケトはマニューエの愛らしい口に自分の口を乗せ、光の精霊神から返してもらった彼女のマジカを直接彼女の体に注ぎ込んだ。 途切れ途切れに成っていたマニューエの意識が深淵から戻って来た、戻って来た時に感じたのは、唇に当たるタケトの口づけの感覚だった。 まだ、意識ははっきりしていないマニューエは夢だと思っている。 そうなればいいなと、夢見た情景だった。 注ぎ込まれるマジカが有る一定の量を超えると、急激にマニューエの意識がはっきりしてきた。


 夢だと思っていた情景が現実のものだと理解したとたん、彼女の目は鮮やかな ”未来” を映し出していた。光の精霊神が彼女に贈った【贈り物】だった。 『未来視とうみ』 危機回避や、選択を迫られるときに自動的に起動する彼女の内部呪印。 彼女は二つ未来の見た。 今回は選択の時だったらしい。


 タケトとキスをしているという現実に、恥ずかしさと嬉しさが込上げ、マニューエは冷静さを失っていた。 彼女は無意識に、だらりと垂れさがっていた手を、タケトの背中に回し、しっかりと抱き締めてしまった。 彼女は選択をした。”マスターにどこまでもついて行く”と。 理性よりも感情が先に出た。後悔はない。『未来視とうみ』から、片方の未来が消えた。


 タケトは光の精霊神から返してもらったマニューエのマジカの最後の一片まで彼女に返し終えると、唇を離した。マニューエと抱き締め合っている格好だった。 マニューエの真っ直ぐな視線を受けて、彼女が全てを受け入れている事が判ってしまったタケトは、もう彼女に謝る事を放棄した。謝れば怒るかも知れない。そんなマニューエを見る事は嫌だった。


「大丈夫かい?」

「・・・・・はい」


 消え入りそうな声でマニューエはそう答えた。 ヴァイスも、フォシュニーオ翁も目を見開いてその光景を見ていたが、マニューエが危機を脱した事が明確になると、タケトの処置が一番彼女にとって良いものだと理解した。


「兄者・・・結構大胆なんですな」

「な、なにを! 白!」

「小僧、 もう、放すなよ」

「赤様・・・皆さん、何ですかもう!」

「おい、それより、此方は?」


 フォシュニーオ翁が、背後に佇む男を見て云った。


 ラアマーンが、変化モーフ解いたタケトを見たのは、彼が長距離転移門ロングポータルを生成する前だった。エリダヌス陛下の許しを得て、王城に帰還できると喜び、生成され起動した長距離転移門ロングポータルを抜けると、其処には重苦しい雰囲気が待ち構えていた。 飄々としていたタケトが、必死の形相で少女を抱き、キスする様子を見て、彼もまた、大切な人を置いて北の大陸オブリビオンへ、来ていたのだと理解した。


「こちらは、帝国第二王太子、ラマアーン=トゥー=アートランド殿下にあらせられます。 長き戦闘から今、帝都に帰還されました」

「そうか、よくぞ無事でお帰りになられた。まずは、御帰還、祝着じゃ」


 タケトの紹介と、フォシュニーオ翁の出迎えの言葉に、ラアマーンは本当に帝都に帰ってこれたのだと実感した。 フォシュニーオ翁の威厳のある姿に、只者では無いと感じ、また、背後に居並ぶ帝国学院最高顧問達の顔を見て、彼が何者かなのかを理解した。膝を折り、腕を胸に当て、騎士の礼をを取り、フォシュニーオ翁に向かい答礼した。


「『龍族の片王』最高位魔術師ハイマジシャンフォシュニーオ=プロショポル様とお見受けいたします。お出迎えの辞、誠に栄誉に御座います」

「ほう、我が何者か何故分かった」

「帝国学院最高顧問の方々が背後に居られますゆえ」

「良い目をされておるの」


 マニューエも、タケトの腕の中から立ち上がり、着衣を直し、ラアマーンにカテーシーでの礼をとった。ラアマーンは彼の救出にこの娘が深くかかわっている事を感じ取り、マニューエにも深く頭を垂れて感謝の意を露わにした。


「こうやって、帝都に帰り着いたことは何よりうれしく思う。 また、皆様の尽力により帝国、人族、ひいてはこの世界に住まうすべての人が救われた事に深く感謝いたす。 誠に有難う」


 深い鳶色をした瞳に感謝の色と浮かべ、召喚の間に居る者達を見回す。 失われた命を思い出し、後悔もした。 しかし、これで、やっと今次大戦は終わったと、その時ラアマーンは初めて確信した。






 *************







 神聖アートランド帝国 帝国史 第八巻 第三章 「魔人族領侵攻戦」と「その結末」 より 抜粋


 ・・・かくして、帝室にラアマーン第二王太子殿下はお帰りになり、帝室の安寧は此処に戻った。 第一王太子リュミエールと、第二王太子ラアマーンの二人は、揃って帝国の礎となった。 後年、リュミエール第一王太子が皇帝に即位した時、ラアマーン第二王太子が帝位継承権を放棄し帝国の軍権を掌握する事で、帝国の両輪となり、神聖アートランド帝国のさらなる隆盛をもたらした。彼らをして、中興の祖と言われるようになる。・・・・


 ・・・当時の書籍、一次資料には、ラアマーン王太子が帝都に帰還された時、その祝福に、『龍族の片王』最高位魔術師ハイマジシャンフォシュニーオ=プロショポルと、六龍が揃って帝都に遣ってきたとある。 事実、当時の様子を描いた絵画には、必ず、帝都上空を舞う六匹の龍と、黄金龍が描かれている。・・・


 ・・・栄光なるかな 神聖アートランド帝国。 もし、ラアマーン第二王太子殿下が北の大陸で身罷られたら、一体どうなっていた事であろうか。・・・


 *************


 帝国内務寮 史料編纂室 秘匿文書課


 著者    : アルフレッド皇帝陛下 正室 アナトリー=アポストル=アートランド妃殿下 

 種別    : 日記 

 秘匿文書指定: 第七五号



 ・・・ラアマーン殿下の帰還の、その後の一か月の間は、帝都はお祭り騒ぎの坩堝になりました。 しかし、「教会」の陰謀は秘匿され、人心に不要な混乱をさせない様にと、事実は捻じ曲げられ、秘匿されました。 これには少々不満が残りましたが、仕方ありません。 以下、帝室、および、宰相閣下、重臣達との話し合いで決まった事を書き記します。


 一つ、 教会は、○○○○をして聖女召喚の儀を行い、ラアマーン第二王太子閣下を探し出した。

 一つ、 教会の指導者は、ラアマーン第二王太子閣下を北の大地から呼び戻すために、尽力した。

 一つ、 教会指導者たちはその身を犠牲にして、ラアマーン第二王太子閣下を呼び戻すことに成功した。

 一つ、 残念な事に、聖女はこの探索で失われた。


 我が友 ○○○○ 貴女は何処に、行ってしまったのでしょうか。 なぜ、あの日、システナ大聖堂の召喚の間からいなくなってしまったのでしょうか。 わたくしは、ずっと、切り裂かれた扉の前で待っておりましたのに。・・・扉から出てまいられたのたのは、ラアマーン殿下と、フォシュニーオ翁と、帝国学院最高顧問の方々と、ヴァイス殿だけでした。 マニューエは何処にと、お尋ねしたのですが、フォシュニーオ翁は首を横に振られるばかり・・・ 心が張り裂けそうになりました。 ああ ○○○○、何処へ行ってしまったの? 貴女の笑顔がもう一度見たい、この手で抱き締めたかった。 ・・・・・


(一部、文字が掠れ判読出来ないが、当時、聖女召喚の儀の為に立てられた女性の名前、おそらく”マニューエ”と書かれていると歴史学者は推察する)








 *************







抜ける様な青空があった。 標高が高い為かも知れないが、空気が澄んでいる。 緩やかにそよぐ風もまた心地よかった。 遠くに幾匹かの竜が飛んでいた。 野生の飛竜の子か。 浮かんだ雲の間を気持ちよさげに飛び続けていた。


其処には、旅装に身を固めた男女二人が居た。


「マニューエ、良いのか?」

「ええ、もう十分です。 あそこで消えなければ、何時までも残る事に成ってしまいますよぉ」

「まぁ、それもそうだな。 いずれ、また、何かの折に逢えるかもしれんしな」

「多分、その時はあちらは判らないでしょうね」

「そうだな。 すまん」

「私が選択した未来ですし、望んだことですから」


 龍塞のテラスから、遠く東を望みながら、タケトとマニューエは茶を楽しんでいた。 二人の傍らには装具が整えられており、いつでも出発出来る。 フォシュニーオ翁と、護衛のヴァイスは暫くは帝都に留まる事に成った。 六龍は龍塞に帰っている。 下の大門も閉じられた。 やっと、落ち着きを取り戻せたと、タケトは思っている。


「初めて一緒に旅に出ます。 どこに向かいますの?」

「東の人族の領域は色々と巡ってみたから、今度は西かな」

「獣人族の国々と、エルフの国々ですね」

「そうだね、まぁあっちの方にまで足を延ばすのも久しぶりだし、お師匠さん達が此処へ戻ってくる頃に一度戻るようにしたいしね」

「短期間の足慣らしですか?」

「まぁ、そんなところ。 お仕事もしなくちゃ、ご飯食べられなくなるしね」

「はい、そうですね。 私たちは、荷運び人ですからね」

「じゃ、そろそろ行こうか」

「はい♪」


 気持ちの良い風がテラスに吹く。 お茶の用意は片付けられたが、テーブルの上に一輪挿しの花瓶は残されている。 風にそよぐ花は、【アフェリアの花】 マニューエが一番大切にしている花であった。




’17.5.22 脱稿


有難うございました。

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― 新着の感想 ―
とても良い終わり方でした 出来ることなら遠い未来のマニューエが人知れず旧知と再開するような話が読みたかったです!
[一言] 「惜しい」の一言に尽きます。 途中での変遷が暴走気味だったのでしょうか。 全部ひっくるめて「プロローグ的な第1巻」になってしまった様に感じました。
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