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揺れる金天秤:帝国領 第五幕 聖女召喚 8 「罪人」

 副王エリダヌスの迅速な対処のお陰で、今北の大陸オブリビオンに居る人族、獣人族、エルフ族、その他、南の大陸で生まれたものは、全て橋頭保である砦の前に送り届けられた。 


 前線から遥か彼方に捕まっていた捕虜たちが、妖魔の馬車に乗せられて、移動を始めた。捕虜達は死を覚悟していたが、移動に使われている護送馬車から降りると、目の前に夢にまで見た砦が有ったのだ。 狂喜乱舞して喜びに打ち震える残兵たち。 その者達を見て、護送を担当した魔人族の指揮官が捕虜たちのまとめ役に小さく言った。 


「帰りなさい、貴方達の母なる土地に。 貴方達の戦争はこれで終わりました。もう二度とこの地を踏むことの無い事を祈ります」


 捕虜達のまとめ役は大きく目を見開いて、その魔人族の指揮官を見た。 彼らの敬礼をまとめ役に捧げ、踵を返し、元来た道を帰る彼らに、捕虜たちは騎士の礼をもって応えた。 これで、北の大陸オブリビオンにいる南の大陸で生まれし者は、ラアマーンのみとなったと記録された。


 そのラアマーンは今も「隔離収容施設アルカドロス」の貴賓室に居る。 この隔離施設の中で一番妖気の薄い場所で寝起きしている。 膨大な暇を彼は魔人族に付いて出来得る限りの情報を手に入れようと、タケトに質問したり、エリダヌスの蔵書を借り受けたりしていた。 エリダヌスも彼が王族と云うことも有り、度々その部屋を訪れ、意見を交換し、街道の整備、治水、植林などの領地経営についての人族の知恵を興味深げに聞き出していた。 


 どうせ捕虜の身、情報も戦争に関するモノ以外であれば、同じ統治者として苦労する部分は分かり合える。そう判断したラアマーンはエリダヌスに、彼の知る限りの内政、農政、治水、街道の整備などの意見を交換した。 タケトから見ると、遊学に来た王族と、受け入れた王族が互いの国の行政や治世の為の知恵を交換している様にしか見えなかった。


 笑いながらその事を二人に伝えると、二人は異口同音に、


「この無益な戦争で、得られる有益な情報を欲して何が悪い」


 だった。 タケトは、思わず笑顔を綻ばせた。 住む世界が随分と違うが、悩みどころは同じものだと。 世界の均衡の為にはよい事だと感じ入った。 両者が柔軟な思考の持ち主で本当に良かったと、精霊神に感謝を捧げた。 チリリンと、軽やかな鈴の音が両方の耳から聞こえる。 そう、精霊神二柱もお喜びになっているのだろう。


 *************


「隔離収容施設アルカドロス」の土牢の中にいくつもの長距離転移門ロングポータルが出現した。タケトはニヤリと口元に笑みを浮かべ、その様子を確認した。 今日はマニューエが手紙で伝えて来た、聖女召喚の日。 マニューエには、光の精霊神の力を借りなさいと手紙で伝えていた。 彼女はやり通せたようだった。 最後の連絡で、出来るならば、教会の高位聖職者、可能ならば教皇をこちらに送って欲しいと伝えてあった。


 土牢の長距離転移門ロングポータルの数は次々と増え、最終的に二十二を数えた。


 ”おいおい、一網打尽か、凄いな。 もしかしたら、お師匠さん来てたかな? やべぇ、絶対怒られるな”


 と、内心慄いた。 今、タケトは、変化モーフは解いていない。 魔人族の商人の風体そのままだった。 土牢は広く、三~四十人程度ならば収容可能だった。この人数ならば収容は此処一つで可能だった。 他の収容施設は、捕虜の返還というか橋頭保の砦への投棄が済み次第順次閉鎖、又は転用されているので、後はラアマーンの居るこの「隔離収容施設アルカドロス」しか残っていない。


 顔に卑しい笑みを張り付けたまま、土牢の結界を抜ける。 大方の神官たちが此方に送り終わり、残るは一つだけだった。 嘆きと悲痛な鳴き声が土牢に響く。 そんな中、最後の長距離転移門ロングポータルから、一人の森のエルフ族の女が出現し、長距離転移門ロングポータルの呪印が虚空に消えた。


「あの下郎女め! マニューエめ! 聖女候補にしてやろうと目を掛けてやったのに、裏切りおって!!」


 呪詛の言葉が、その口から漏れている。 タケトは、彼女の服装から彼女こそが教皇ルーブランであると辺りを付けた。タケトの目に剣呑な光が浮かんでいる。


「これは、これは、教皇様、ご機嫌麗しく」


「なに者じゃ!」


「名乗るほどの者では御座いません。 この施設の長に成り代わり、まずはご挨拶を」


「うるさい! 帝都に戻せ! 此処は何処だ!」


「魔人族の支配領域に御座います。 貴方様が望んでいた土地。 どうぞ、ごゆるりと御検分ください」


「な、なに!・・・お、オブリビオンか」


「ええ、長距離転移門ロングポータルでお着きで。 幸い、そのような高度な呪印を施せる者は此処にはおりませぬ故、長の滞在には申し分御座いませんね」


 此処に至って、教皇は自分の置かれている立場に思い当たる。 あの娘、マニューエが後から乱入した曲者たちに自分達をどこかに送るように言っていた事を思い出した。顔色が急激に悪くなり、尊大ともいえる彼女の態度が急速に萎んでいった。 丁度その時、エリダヌスが土牢に入って来た。


「この者達か?」


「はい、陛下。 今次大戦を引き起こした者達です」


「うむ・・・よく来た、バカ者共。 さて、我は魔人族の副王である。 人族の王族と停戦協定を結んだ。 此方の被害は甚大だが、南の被害もまた甚大と言ってよいだろう。 よって、痛み分けと云う形にした。 ただし、此方の停戦条件は、この戦争を引き起こした者達の身柄の確保だ。 そして、お前たちが来たと云う訳だ。 お前たちの立場理解したか?」


 魔人族特有のなんの抑揚も無い冷徹な声で、教皇たち神官達にそう告げた。 目を見開き、ガクガクと体を震わせる神官達。 驚愕に震える教皇ルーブラン。 虫けらを見るように、彼らを見ながらエリダヌスは続ける。


「お前達を処刑はしない。 此処にいる限りは、自然死も、事故死もせぬようにしっかりと保護する。 お前たちの末路は「妖気暴走バースト」だけだ。 魂の一片たりとも輪廻の輪に入れぬ、死より恐ろしい結末だが、その時まで、まぁ気長に暮らせ。 ああ、そうだ、別に脱獄を試みるのもいい。 面白き余興と成るだろう。 誰も止めはしない。 しかし、此処は我が領の中でもミトロージアから遥かに遠い。 お前たちの足ではまず帰れるとは思えんな。 勇気が有れば試してみると良いぞ。 ハハハハ!」


 エリダヌスの高笑いは、まさに南の住民が思い描く魔人族の邪悪な笑い声そのものに聞こえた。 タケトはその笑い声を聞いて、同じようにほくそ笑んだ。 世界の理を無視する者達への見せしめとすれば、これ程、効果のある事は無い。 突然、一人の神官が苦しみだした。 顔や手足に青黒いマジカの流れが浮かび上がる。


「えっ は、早いな・・・ こ奴等、マジカ保有量残量が無かったのか?」


 エリダヌスと同じく、タケトも驚いた。 まさか、北の大地に着いて直ぐに、妖気の薄いこの施設で「妖気暴走バースト」するとは思っても見なかったからだ。 


「教皇様!!! お助け下さい!!」


 悲痛な叫び声が聞こえる。 その声の主はエセラオエ上級司教のものだった。 マニューエの改変した召喚大魔方陣に不用意に触り、弾き飛ばされた男だった。 更に言えば、彼こそが、フェガリ=アポストル=キノドンダスに対し、精霊の加護無き者と宣した男だった。 青黒いマジカの流れが脈打ちながら全身を覆い、赤く充血した目が眼球ごと前に迫り出す。 体のあちこちが不自然に膨れ上がり、体内マジカのコントロールが完全に制御不能になった。 教皇は化け物を見る様な目をしながら後ずさりし、壁に背中を押し付けている。


 バアァァァァン


 ついに限界が来た。 エセラオエ上級司教の体は弾け飛び、原型を留めない肉塊に変じた。 土牢の中に絶叫が幾重にも重なり響き渡った。 自分たちの行く末を見せつけられ、恐怖が全身を縛り付ける。


「ああ・・・彼の体内マジカはかなり少なかったのか・・・仕方ないな。 お前たちはもうちょっと長生きできると良いな」


 他の神官と、教皇ルーブランは恐怖で何も語れなくなった。 ただ、ガタガタ震え、ただの肉塊になった智謀で有名なその男の終の姿を目と記憶に深く焼き付けてしまった。


「ポーター、行こうか。 もう、此処に用は無い」

「ははっ 殿下」


 胸に手を置き、深々と頭を下げる。 ”さて、我等もここを去らせて頂くとしましょうか” タケトの目に、そういう意味の光が浮かび、エリダヌスもその視線の意味を間違えずにくみ取った。 小さく頷き、ラアマーンの待つ貴賓室に二人して戻った。




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