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揺れる金天秤:帝国領 第五幕 聖女召喚 5 「参集」

 帝国舞踏会の華やかな開幕だった。 誰しもが華やいだ雰囲気に心を躍らしている。 美しく着飾った令嬢達。煌びやかなダンスホール。 美しいと表現できる楽曲の数々。 今年の舞踏会は皇帝もお出ましになると云う事で、一層の盛り上がりを見せている。 そんな中で一人緊張の面持ちをしている令嬢が居た。 アナトリーだった。 マニューエとの深夜の密会の後、暫く塞ぎ込む彼女を心配し、あちこちの茶会に連れ出そうとした母親。 そんな彼女をエスコートしにやって来るアルフレッド。 周囲はとうの昔に固められていたようだった。


 *************


 帝国舞踏会の前々日に到着した父王エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵。 母親であるアトゥールは早速エドアルドにプロポーズの話をしていた。 鷹揚に頷く父王。 その様子を陰から見ていたアナトリーはマニューエの言葉を思い出していた。


 ”貴女は、私の分も幸せになるべきです”


 もし、アルフレッドの求婚を受け入れるのならば、覚悟を決めなければならい。 いずれ、この帝国を背負い立つアルフレッドの傍らに立ち、背中を護り、後顧の憂いを取り除く。 それまでにはまだ時間はある。 それまでに力を手に入れ、行使できるように成らなければならない。 この国と民を慈しみ護る為に。 マニューエは言った。 世界を護る事は彼女の領分。 自分の領分は帝国と人族を守り抜く事。 


 あれほどまでの覚悟を見せつけられて、自分の不甲斐なさに涙した。 しかし、それでも彼女は前を向けた。 ひとえにマニューエ・・・いや、姉妹のフェガリが居たからだった。心に信念を抱き、彼女は父王エドアルドの前に立った。そして、彼女はフェガリ事は誰にも伝えるつもりは無かった。 彼女だけの宝物にすると決めていた。


 *************


 帝国舞踏会は盛況のうちに終了した。 アナトリーがアルフレッドの求婚に応え、皇帝の承認の元婚約が舞踏会の会場で成立した。 盛大な舞踏会は、のちの世に語り草になる。 皇帝がアナトリーの目に宿る力を見ていた。


「さすがはエドの娘だ。 いい目をしている」


 皇帝の賛辞に深々と頭を下げるアナトリー。 誇らしげにその横に立つアルフレッド。 皆が祝福していた。華やかで浮ついた空気の彼らの周囲に舞い踊る。彼女の元にも光の精霊が祝福を与えに待っているのが、アナトリーにも見えた。しかし、彼女はその晴れやかな空気の中、再度、帝国のこれからの事を思い、覚悟を固めた。


”フェガリ・・・貴女の意思、覚悟、私はその想いを地に広めます。何処までも優しい私の姉妹。見ていてください。貴方の想いに負けぬよう、わたくしは、この国、人々の想いを背負います”


 アナトリーの瞳の力はその祝福嵐の中でも変わらず、その視線は帝国と人族の未来に向いていた。



 *************






 晩秋






 収穫の日々






 聖堂薬草園での仕事もやっと一段落が付いた。 マニューエはずっと聖堂薬草園に居た。 もう、学園の寮へ帰る事も無い。 帝国舞踏会が終わり、続々と生徒たちが学園に戻る頃、彼女はその居を聖堂薬草園の【聖女候補の館】に移していた。 教会からの正式な要請だった。 寮を出たのは、まだ、休暇中の事だったので、生徒は誰も彼女の後姿を見ていない。 彼女を送り出した学園長の苦渋に満ちた笑顔だけだった。


 そんな学園長に柔らかく笑みを浮かべ、頭を下げ寮を出たマニューエは「教会」の要請通り、聖堂薬草園に向かった。 待っていたエルフィンは泣き顔をしたまま彼女を受け入れ、セルシオも悄然と彼女の荷物を受け取った。


 それが帝国舞踏会の終わった直後のマニューエの処遇だった。 彼女は此処に正式な「聖女候補」としての役目を負った。もう帝国学院に籍は無く、庇護も無い。 学生の身分では無くなった。 一庶民として、聖堂に使える【巫女】となってしまった。


 薬草の刈り取りも終え、寒々とした薬草園。 来年の為に幾種類もの種を撒く。マニューエは想っていた。セルシオとエルフィンがこの場に居る限り、聖堂は元の姿に立ち戻れる。彼らをして本来の聖堂の姿を取り戻す事に成るだろうと。その礎としてこの薬草園があると。精霊の導きと加護を具現化したこの薬草園を見れば、マスターもお師匠様も光の精霊神様もそう判断してくださると。


 にこやかに鍬を使いつつ、次の春を思っていた彼女に、エルフィンが声を掛けた。


「マニューエ、お茶にしまようか」

「はい、エルフィン様」

「俺も行くぞ」

「ハイハイ」


 エルフィンとセルシオは、もうマニューエの手を借りずとも十分に聖堂薬草園を美しく保つことが出来た。緑の手を持つセルシオの世話を受けた薬草の効能は、何処よりも高く、エルフィンの魔法薬生成の錬金術も帝都のどんな薬剤師にも引けを取らなくなっている。


「マニューエのお陰です。 本当にありがとう。 短期間でこんなに出来るようになるなんて、思っても居ませんでした」

「エルフィン様には、それだけの能力ちからが備わっていたのです。 そのお手伝いをしたまでです。 セルシオ様も同様ですよ」


 ニコリと微笑む彼女にエルフィンは暗い顔を向けた。


「マニューエ・・・貴女は本当にいいの?」

「俺は当事者だから云うが、あれは相当辛いぞ」


 彼らの懸念は聖女召喚の儀についてだった。 確かにセルシオも勇者召喚で、依代となったが、その時とは状況が違う。 あの時は、召喚された魂の器として彼が呼び出された。 しかし、マニューエの場合は、彼女にその対価としてのマジカを払わせようとしているらしいと、助祭達の話から理解している。


「俺の場合は召喚というより憑依だから・・・意識は自分のものだったが・・・マニューエの場合、最悪入れ替わりになるよな」

「ええ、知っています。 召喚された人の力が大きければ、私の居所が無くなると・・・そう説明されました。 それは、大変名誉な事だとも・・・」

「・・・何が名誉よ! おかしいじゃない! マニューエが、マニューエじゃなくなっちゃうのよ!」

「お、おい、声が大きい」


 そう言われてエルフィンがはっと気が付き、悄然と頭を垂れる。 彼女が何といっても、もう止まらない。あと、少しで夜が一番長くなる日。 その日が今のマニューエとお別れになる日だった。エルフィンは泣きそうになりながらも、必死に堪えている。


「大丈夫ですよ。きっと光の精霊神様が見ておられます。私は自分を明け渡す事は事はしませんよ」

「そうはいっても・・・」


 セルシオも暗い顔になる。 しかし、彼にもどう仕様もなかった。 出来れば力になって遣りたいと思ってはいた。もし逃げたいと云ってくれるなら、どうとでもしようと考えても居た。 しかし、マニューエはそんな素振りをちらりとも見せず、相変わらず薬草園で草花の世話をしてくれて居た。 覚悟の差を見せつけられているようだった。 


 ”おれも、あの時これ程の覚悟が有ればなぁ・・・” 


 セルシオの心の言葉は誰にも届いては居ない。






 *************






 良く晴れた冬の日の「龍塞」





 白亜の殿堂に冬の優しい光が満ちている。 中央聖堂の中に居るのは二人。 龍王フォシュニーオと北天狼の王ヴァイス。 


 フォシュニーオ翁の元に一通の親書が届いていた。届けたのはヴァイス。親書を一読したフォシュニーオ翁の眉間に皺が寄る。 ヴァイスにその書状を見せた彼は、深く溜息をつき腕を組んだ。 ヴァイスはその親書がマニューエからの物だと知っていた。 しかし、内容は見ていない。 フォシュニーオ翁から渡され始めて知った。 冷徹と言っていい性格をしている彼の手が震えている。


「お師匠様。下の大門を開けて、飛竜達を準備させます。 直ぐに準備は整います。 殲滅戦闘装備です。 影は飛ばしました」 

「うむ・・・小僧は知っているか」

「兄者は・・・多分知っていると思います。 この間のフクロウ便で”少々厄介ごとが起こりそうだ”とありましたから」

「うむ・・・奴め・・・我が愛弟子の卒業試験をするつもりじゃな・・・しかし、儂も行かねばならぬ」

「御意!」

「しかし、飛竜達は留置く。 それは、後の話じゃ・・・マニューエは出来た御子じゃからな」


 苦渋に満ちた表情でフォシュニーオ翁は絞り出すようにそう答える。ヴァイスの瞳の光は深く鋭く、その言葉を吸い込んでいる。


「いつでも、御同行できます」

「うむ、付いてまいれ。 転移門ポータルの準備を。 それと、六龍達も一緒にと」

「ははっ・・・御意に御座います」

「手数は多い方が良い。 小僧が何をしているか判るか」

「北の大地に居りますゆえ・・・」

「うむ・・・北の悪たれ娘も来るじゃろ・・・ど阿呆どもめ・・・よし、行くぞ」

「御意」


 弾かれるようにヴァイスは飛び出し、転移門ポータルを開錠する。 膨大なマジカが注がれ、転移門ポータルが開く。 ぼんやりと薄緑色に光る大魔方陣。 呼び出された六龍が転移門の近くに来た。一様にフォシュニーオ翁に頭を垂れた後、次々と転移門ポータルに消えていく。


「ヴァイス」

「ははぁ」

「帝都は幾年ぶりだ?」

「年を数えるのは無益かと」

「そうじゃな。 では、行くかの」

「御意に」


 フォシュニーオ翁の頬に苦い笑みが張り付き、殺気を孕んだヴァイスが後に続く。金色に輝くフォシュニーオ翁のローブが風に揺らぎ転移門ポータルに消えた。


 彼らの行先は・・・ 


 帝都 


 帝国学院最高顧問居室



*************


「今日か・・・マニューエは上手くやるだろうけど、お師匠さん達も来るんだろうなぁ・・・きっと、修羅場が出来上がるんだろうなぁ」


呟くようにタケトの口から言葉が紡ぎ出されている。 「聖女召喚の儀」に際して、光の精霊神をその場に召喚するようにマニューエに連絡を取った。 これで、異界の神については収束する。 事は成るだろうが、マニューエはかなり消耗すると思っていた。


「いわば卒業試験みたいなものか・・・ しっかりと役割を果たせ。 これが終わったら共に歩もうな」


小声で呟くタケト。 隔離施設の一室で光の精霊神に祈りを捧げる。


”金の天秤に均衡有らん事を”





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