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揺れる金天秤:帝国領 第五幕 聖女召喚 3 「断罪」

 深夜、王都の誰もが寝静まる時間。 闇夜の中に一羽のフクロウが飛ぶ。 行先はマニューエの部屋。 結界を抜け、彼女の下でその羽根を休める。術式が解け、フクロウは銀製の一籠に戻り、彼女の手の中にあった。手の中の銀製の籠の中から取り出した手紙を読む。


「マスター、会えたのですね。よかった。 あの方が生きていれば、どうにでも成りますものね」


 マニューエはその手紙を胸に抱いて、微笑む。 月の無い闇夜、彼女の周りには仄かに明るい。 月の光無しでも、彼女には二つの月の光がその体に宿る。 書状を書き、銀製の籠に戻す。


「お願い、マスターの元に。 時と場所が確定しました。 後は、光の精霊神様の思し召しです」


 籠がシロフクロウに変化して、窓から闇夜に飛び立っていった。その行方を彼女はしっかりと目に焼き付け、自身の使命の重さを、もう一度確認した。


 ”世界の均衡・・・タケト様と生きて行く世界を私は護ります”


 両手を組み、彼女は、シロフクロウの飛んで行った闇夜の天空に祈りを捧げた。


 *************


 タケトは第二王太子ラアマーンを伴い副王エリダヌス=エイブルトンと隔離収容施設アルカドロスの最も妖気の薄い一室で対面をしていた。ラアマーンはタケトの事を単なる魔族の荷運び人と認識していたが、彼らの語り合う言葉、内容から、タケトを情報担当の重臣と認識をあたらめた。


「ポーター殿、副王陛下、今後、どの様な運びとなるのか?」


「ポーターで良いですよ。 あぁ・・・貴方の出国は可能です。 許可も貰いましたが・・・一つお願いされてしまいまして」


「私の解放の条件か?」


「いえ、出来ればと云うお話なんですが、私としても、ぜひ実現したいなぁ って思っております」


「なんだろうか? もし、私に出来る事が有れば何なりと言ってもらいたいのだが」


 副王エリダヌスは、ラアマーン達残された兵士達について、一応捕虜としての扱いはしているが、扱いは極めて丁重だった。そう、まるで国の特使か何かの様な扱いと云えば、その通りかもしれない。エリダヌスの心の内は、ここ北の大陸オブリビオンの特殊事情から、彼らについては、捕虜交換の必要も無く南の大陸ミトロージアに帰ってもらいたいと、思っているらしかった。


 理由は、南で生を受けたものが、この大陸で”妖気暴走バースト”以外で死ぬと、魂が地と天に帰らず、周囲の妖気を集めてしまうらしい。 この地を統治するエリダヌスにとって、妖気嵐はその土地を放棄する事に他ならないためだった。


 ラアマーンも王族である。 人の住めない土地などは統治にとって厄介なお荷物以外何物でもない事は理解している。 捕虜達の処刑が全く魔人族の間で話題にもならないのはこの為であると理解もした。 では、何故”妖気暴走バースト”するまで放置しないのかが疑問点として残った。


「そりゃ、我が領土でお前達を養う事に成るんだよ。 敵国の捕虜を我らの食料と資源で。 それも、各人の魔力保有量で期間が異なり、その間は決して死なない様にしなきゃならん。 わりに合わんよ。 もし、莫大な魔力を保有して居たら? その者の生涯にわたり、決して自然死しない様にしなきゃならん。 一体何人いると思っているんだ? 副王領の財政が破綻する。 とっとと帰ってくれ」


 同じ統治者という立場からか、ラアマーンに対しエリダヌスは極めてぞんざいにそう言い放った。 そういう事かと、ラアマーンは思った。自然死や事故死をさせない様に管理し妖気暴走バーストまで待つ。 同じ資源を同じ民族に使えるならばどれ程の彼らの役に立つか・・・ 同じ統治者としての立場から、エリダヌスの実務能力の高さと、現実を把握する見識に感動すら覚えつつ納得した。


「では、ポーター、 副王閣下の要求とは?」


「ええ、今次大戦の首謀者の身柄です。 今までの戦は全て魔王領からの侵攻でした。 まぁ、どうしようもない理由が有りましたしね。 でも、今の魔王様の代になってからは、魔王領からの侵攻は無かったでしょ?」


「・・・前回の魔王討伐以降、魔王領からの侵攻は報告されていなかった・・・教会は魔人族が衰えていると断言したが、私は違うと思っていた。 南へ侵攻するべき理由が消滅したと考えた」


 エリダヌスはその答えにニヤリと笑った。


「王族と言うべきかな。 その通りだ。 魔王様の力が強大なのだ。 民が安心して暮らせるならば、戦争など必要ない。 やっと、街道が整備され、農耕地も増え始めたばかりだった。 お前たちが来たのはな」


「強大だから南に侵攻していたのでは?」


「逆だよ・・・妖気の保有量が今の魔王様程おおきくなかった歴代の魔王様達はその妖気を放出しなくてはならなかったのだ。 端的に言うと、その為の戦争だったからな」


 ラアマーンに言葉が出なくなった。 沈黙が彼らの間に落ちた。 その沈黙を破ったのはタケトだった。


「殿下、この世界は二つの大陸から成り立っています。 が、その成立は不安定な天秤が支配しています。 たとえるなら全く異質な二つの世界がこの世界に同居している様なものです。 少しでもバランスが狂うと何方かに大きく傾き、世界自体が崩壊します。 崩壊した世界に人の住むべき場所は御座いません。 精霊神二柱はこの世界を大変愛しておられます。 危ういながらもなんとか踏みとどまって、悠久の時間を紡いでおります。 ご理解いただけましたでしょうか?」


 タケトの簡潔な説明にラアマーンは頷いた。


「そこでですね・・・この世界の均衡を根底から揺さぶる者達 つまりは「教会」の指導者階級の者達にですね、ちょっとは現実を理解させないといけませんよねぇ」


 魔人族に変化モーフしているタケトの顔に薄気味の悪い笑みが浮かんだ。


「エリダヌス副王陛下も今次大戦の陰の主導的役割を果たした者達についてはご存知です。 それが、いかに危険な者達であるかも認識されております。 南での断罪は不可能であれば、北でするぞと、そうご提案頂けました。 死ぬより苦しい事がこの北の大地には御座います」


「あやつらを此処へ? しかし、奴らは大聖堂から出てこない・・・」


「引きずり出しますよ、ええ、必ずね。 で、殿下に置かれましては、その時まで、此方に留まっていただく事に成りました」


「・・・わかった。 他の捕虜達については?」


 エリダヌスがその問いに悠然と笑った。”もはや戦は終わった。厄介ごとのタネなど必要ない”と、云うように、エリダヌスは続けた。


「もう、出立の準備は整っている。 お前たちが死守している砦の前に捨て置く。 やっと隔離施設も整理できる様になるぞ」


 ラアマーンは頭を垂れ、エリダヌスに感謝の意を表した。 震えそうになる声を抑えつけた。


「礼を云う。 誠に有難い。 ・・・そうか・・・彼らは帰還できるのか・・・有難い・・・」


「ああ、これで今回の戦も終わる。 後は、全員が南に帰った後、あの砦を打ち壊しさえすればすべてが終わる」


 はっとした顔でエリダヌスを見る。 当然、北の大陸オブリビオンに作った橋頭保は必要なくなるが、今次大戦の策源地として莫大な手間暇を掛け、強固に固めた砦は、そう易々と打ち壊せるようなものでは無い。 ラアマーンはその事実をエリダヌスに伝えようと口を開いた。


「・・・砦は・・・強固に守られております。 結界も多重、重結界で・・・」


 彼の言葉に答えたのはタケトだった。 気負う事も無く淡々と吐き出す言葉に、ラアマーンは驚く事に成った。


「リリス様にお願いしようと思います。 龍の片王 ”大賢者”であれば一瞬ですよ? 地形ごとなくなります」


「ポーターは、そんなところにも知己が?」


「仕事柄ですね。 貸しも有ります」


 エリダヌスが笑う。 お前はそういう奴だと、爆笑する。 苦笑いを頬に浮かべタケトは頷いていた。 そんな二人をみてラアマーンは南の大陸の人族達にある認識が現実とまるでかけ離れていると実感していた。ラアマーンは一つ思いついた事を口に出してみた。


「ポーター殿・・・貴方は南にお越しになる事は無いのですか?」


 改まった口調にタケトはキョトンとした。 南にいくも何も、タケトは一応、南で魂を受けた人族・・・その惚けた顔にエリダヌスが更に笑った。


「ポーターよ、変化モーフが完璧だと、こういう誤解も生じるな! ラアマーン! こ奴は人族だ。 北を歩き回る為、便宜上魔人族に変化モーフしているだけだ。 安心せよ」


 今度は、ラアマーンがキョトンとする番だった。 人族が何故、副王の信頼を勝ち得ているのか? 魔人族と人族は相いれないのではないのか? 輻湊する想いでラアマーンが混乱した。 其処にエリダヌスが追い打ちをかける。 たった一言。


「なぁ、精霊魔法導師ハイソーサラー殿」


 ラアマーンの混乱が零れ落ちた。


「ポーター、彼らの断罪は任せろ。 私に考えがある。 此処に連れてこい。 待っている」


 忙しいエリダヌスは笑いながら立ち上がり、その部屋を出て行った。 いまだ混乱から覚めぬラアマーンと、困った顔をしたタケトをその場にのこして。



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