断章 魔王 その2
魔王様のお立場、微妙です。
居室は魔王の御座所としては、かなり小さな部屋だった。本来の御座所は更に奥の間にあるが、現在は使われていない。
”私一人の為に、大勢の小間人を必要とする”御座所”は要らない。 そんな人がいるなら、各役所に分配し仕事をさせろ”
との、魔王の命令で、決まった。口の悪い文官達からは、”本当の魔王様が来られた時、すぐに明け渡さなければならないから、使わないのだ”と、陰口をたたかれた命令だった。
かつては、家令の部屋だった”魔王の居室”に、二人を招き入れ、応接用にと入れたソファーに座らせた。メイドが茶器を持って入り、各人に配ると、一礼して退室した。三人切りになったことを、エイブルトン卿は確認してから、魔王に問うた。
「陛下、その御姿は?」
当然の質問だった。エイブルトン卿の知る魔王は、先程、傲然と虚空を見詰めていた”生き人形”だったからだ。館から王位継承の儀式の為に王都ラルカーンに招集された時、候補者であったのは、まさしく彼女『エクラ=ベルトール』だった。魔王を彼女が継承したのち、大議事堂で、”先の魔王の重臣達”の『魔王様は勇猛で威厳に満ちた御姿でなければ、ついていけない』との言葉に、両性同体者だった彼女は、”性別移動”の特異能力を使い、もう一つの性別に変異していた。たしか、それ以来、ずっと男性型の御姿のままだった筈だからである。
「うん、こないだの勇者とのアレコレで、四侯爵の同時再生をしてさ」
「よ、四人同時に再生ですか・・・」
「さすがにバランス崩しちゃって、今は女性に成ってる。 ”もと”はこの形だし、この方が”吸魔の力”が安定的に使えるし、表には傀儡に行ってもらってる」
確かに、再生術を使用すると、莫大なマジカを消費する。いかな魔王でも只では済まない。 その結果が「性別移動」の変調で、本来の姿である女性型に戻ってしまったと推測された。 異変から、そう時間もたってはいないし、まだ万全とは言えないのだろうと、エイブルトン卿は理解した。しかし、それでも疑問は残る。大議事堂では、男性型の傀儡が至高の玉座に座していた。もし、その事をあの気位が高い文官共が知れば、それこそ大騒ぎになっている筈だった。
「・・・誰も、不審には・・・」
「結構、気が付かないもんだよ。大議事堂では、魔王は「そこに居るだけ」でいいんだ。威厳が有って周囲を睥睨すれば、傀儡でも、まったく問題ないよ。誰も彼もじっくりと見る事もない」
「・・・」
「そんなもんだよ。 ・・・それで、戦況の方は?」
気まずそうに口を噤んだエイブルトン卿に魔王は話題を転じ、彼女が本当に聞きたかった真の戦況を聞き出しにかかった。エイブルトン卿も、それに合わせ、各地の戦況、兵力配分、勝率、支配地域の経営について、話し始めた。 話の内容は、大議事堂で話と様な漠然と”勝っている”と言うような曖昧なものでは無く、生データと裏情報を元に組上げた詳細なものだった。
「はい、各所において我が軍は・・・」
二刻ほどの、報告が終わった時、魔王は分厚い仮面の下に僅かに見える口元に笑みを浮かべた。
「・・・よさげだね。うん、これなら、東方辺境域も安定するね」
「はい、左様でございます。 一両年中にはからなず」
自信に満ちた表情で、エイブルトン卿は胸をはった。
苦笑しつつも、同意した魔王は、一応釘も刺した。
「もう、本領には兵力は無いから、手持ちで何とかして」
魔王の言葉に、彼の自信が萎んだ。
「わかっております。兵力不足から、勇者のほぼ単独侵攻を許してしまうとは、レグナル様の領域の兵共が其処まで逼迫しているとは存じませんでした。私の不徳の致すところです。ご迷惑をおかけいたしております。」
「気にするな。私はまだ生きている」
さらりと魔王は交わした。
「陛下・・・何だか御変わりに成られたようですね」
ふと、漏らすように、エイブルトン卿は呟いた。 以前の魔王とは明らかに違う。 以前はどこか頑なな態度で、余裕も無かったような気がする。 突然、”魔王の位”継承をし、大議事堂では味方がは少なく、本当の意味での魔王の責務を理解する者は更に少ない中、決意と覚悟が空回りしていた感じがしていた。少なくとも今は、肩の力が抜け、魔王本来の責務に真摯に対応している。
『安定感』が、最もふさわしい形容だと思った。
魔王は居室の天井を振り仰ぐと、呟くように語った。
「闇の精霊神様に感謝しなければ成らない事が有ったからね。そうだね・・・たしかに、私は、変わったかもしれない。」
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「陛下」
「どうしたポリエフ」
ポリエフが”念話”で何か受信したようだった。話が一段落した彼らに、控えめに伝えた。
「レグナル卿より、至急お会いしたいと」
「ほう、・・・どこで?」
「館にいらしてほしいと。マーグリフ卿も参られるようです」
「じゃぁ、ゲーンも呼ぼう。 お茶会の準備が必要かな」
「ええ、彼の者が参っているそうですから」
其れまで、物憂げなそうな魔王は、身を乗り出した。まるで、愛しい恋人からの伝言を受け取ったかのような変わり様であった。
「すぐ、行く。 ・・・エリも連れてっていいかな」
「よろしいのでは無いでしょうか」
ニコリと微笑むポリエフ。 エイブルトン卿は、状況が掴めなかった。
更に魔王は続けた。
「エリ、この後時間はあるかい?」
「御心のままに」
「じゃぁ、懐かしの館に一緒に行こう。大事な人を紹介する」
「????」
「行けば判る。 転移門の準備は?」
「もう開けて御座います」
「さすがはポリエフ。 じゃぁ、皆、行こうか」
さっと立ち上がると、ポリエフがいつも用意してくれる転移門のある中庭に向かって魔王は、走りそうな勢いで向かっていった。