揺れる金天秤:帝国領 第五幕 聖女召喚 1 「通知」
第五幕 開始します。
ルルがマニューエの部屋にやって来たのは、学園舞踏会の翌々日の深夜だった。 手にお土産のお菓子を大量に持ち、「隠者の歩み」の「呪印」が施されたローブに身を包み、誰にも知られないように、彼女の部屋にやって来た。いつもと同じ笑顔でルルを部屋に招き入れるマニューエ。 しかし、彼女の笑顔は、いつもと違いすこし愁いを含んでいる。 ルルは学園舞踏会での出来事をマニューエに話そうと意気込んでおり、彼女の愁いのある笑顔に、気が付いてはいなかった。
「マニューエ! 今夜は寝かさないわよ!」
学園舞踏会での出来事は、それほどまでに、ルルを興奮させている。 まずは、セシリアの護衛に”あの” 仮面の騎士が付いていたこと。 女生徒の多くが、その姿に彼女たちの目が釘付けになり、舞踏会の進行滞りがちになるありさまだった。 そして、セシリアの入学もあってか、第一王太子一家、第二王太子一家揃っての出席になり、さながら、帝国舞踏会のような、豪華さであり、彼らの出席に、高位貴族達もが先を競うように学園に入ってきたため、ちょっとした混乱さえあったほどだった。
そして、驚きの連続を締めくくるのは、アルフレッドが、アナトリーに正式にプロポーズした事、そのプロポーズをアナトリーが即時に受け入れず、”父王の許可を求める為に待ってほしい”と言ったこと。 ルルはこれらの出来事を、次々とマニューエに、語り聞かせた。 もちろん、その場に”ルーチェ卿”として居た、マニューエはずべての話を知ってはいたが、黙って、彼女の話を聞いていた。
ルルが、それほど興奮したのは、彼女が”ルーチェ卿”と直接言葉を交わした事にも原因があった。 彼女が第一王太子家と、第二王太子家に挨拶に行ったときに、何者かが足を引っかけ、盛大に転びそうになった。運悪く、ルルは着飾っており、足捌きがいつもとは全く違っていた。彼女の倒れ込む先にはセシリアが立っており、そのままでいると、ルルがセシリアを巻き込む形になりそうだった。
「お嬢様、大丈夫ですか」
ルルは、仮面の騎士の腕の中に居た。 一瞬、どうなった分からなかった。 クルリと上を向き、騎士の腕の中で抱かれるような格好になっていた。 状況が分かると、ルルの顔は真っ赤になり、慌てて立とうとしたが、
「お嬢様、足にお怪我があるやもしれません。 私が運びましょう」
渋くハスキーな声で、そう言われた。 ルルは、何も言えず仮面の騎士の腕で、”お姫様抱っこ”をされたまま、近くの椅子まで運ばれた。猛烈に恥ずかしかったが、今まで、ある意味冷淡な反応しか見せていなかった仮面の騎士が、自分に対しそのような事をしてくれた事に、驚きと、嬉しさが綯交ぜになり、しばらく思考停止してしまった。
「お気をつけて」
”セシリアがその後すぐ退場されたので、一緒に仮面の騎士がその場を去った為、お礼が言えなかったので、後悔している”と、マニューエに語った。ルルの顔は幾分上気しており、その事が余程うれしかったのだろうとマニューエは思っていた。
「私も、分っているわ。 セシリア様に当たりそうだったから、あの方が助けてくださった事ぐらい・・・」
ルルの言葉は、周囲の令嬢たちの”やっかみ”の言葉でもある。 マニューエは苦笑いを浮かべながら、彼女に言った。
「ルル様が可憐だったので、つい、お助けされたのでは、ありませんか?」
「・・・ないよ・・・そんな事」
「普通・・・。護衛対象から、護衛官が離れるなんて聞いたことありませんから」
その時の事を思い出したマニューエは、とっさの判断でルルに手を差し出していた。 目の前の友人がけがをしそうな時に、無意識に出た行動だった。仮面のおかげで、声まで変わっている為、彼女がルーチェ卿とは知れずに済んだが、本当に危機一髪だった。 セシリアには後で謝罪したが、彼女は笑って許してくれた。
”ルーチェのお友達なんでしょ? あの方。 当り前ですわ。 謝罪など必要ありません”
セシリアの声がまだ、頭の中に残っている。約束事を守ることは本当に難しいと、マニューエは思っていた。
ルルはやっとマニューエの笑顔に影が有る事に気が付いた。 いつもの屈託ない笑顔とは少し違う、なにか、”影の様なモノ”が纏わりつている様に感じた。
「どうしたの? なにかあったの?」
その影がどうしても気になり、ルルは彼女にそう聞きただした。
「ええ・・・実は・・・」
*************
マニューは、少々困った事に成ったと話し始めた。学園舞踏会の日、彼女は午後からの”仕事”に備え早めに騎士団詰所に向かおうと部屋を出る時に、学園長の呼び出しを受けた。 何か悪い知らせかと思い、直ぐに学園長の部屋に向かう。 学園長の部屋で彼の話を聞いて、正直びっくりした。
「マニューエ=ドゥ=ルーチェ。 教会から君を聖女候補にすると、通達が来た」
「えっ? いま、なんと?」
「君を聖女候補に据えると教会が言って来たのだ」
「聖女候補ならば、もういらっしゃるのでは?」
「彼女は、あくまで、仮なのだそうだ。 聖女としての資質に疑問があると」
「・・・それで、何故私が?」
「此処の薬草園と、聖堂薬草園の再生をご覧になられて、決められたそうだ」
学園長の話は、それだけでは無かった。 彼女の聖女への諮問と一緒に、神へ”召喚”をお願いするとの事だった。つまりは、マニューエを依り代とした、異界からの聖女召喚を行うとの通達でもあったのだ。彼女は帝国に後ろ盾がない。また、有力貴族の子弟でも、爵位を持つわけでも無い。 力の在る只人。 依代にはうってつけだと云う訳だった。
「いつ、その召喚の儀を行うのでしょうか?」
「うむ、帝国舞踏会の後、そう、夜の一番長くなる日と言っていたな」
「・・・そうですか」
「反対はした。それに、君はまだ学生だ。 学園の庇護のもとにある。 しかし、今の教会を止める手立ては無いのだ」
「・・・理解しております」
「うむ・・・学園舞踏会の出席も許可できず、さらに、君を守る事すらできない学園を、いや私を許してほしい」
「学園長様のせいでは御座いません。 この話に否をいう事は、学園ひいては、帝国の如何なる人も無理でございましょう。 ご心中お察し申し上げます」
「・・・すまぬ」
丁寧に頭を下げる学園長を見ながら、マニューエは、さて困った事に成って来たと思った。
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「なにそれ! マニューエを何だと思っているの!」
ほぼ、絶叫に近い声でルルは言った。 マニューエを召喚する聖女の依代にするという事は、今のマニューエは何処か別の世界に飛ばされてしまうか、封印されてしまう事に成る。 ”一体、彼女が何をしたと云うのだ!”ルルの怒りは、彼女の友人としては当然の事だった。
「ルル様、お声が大きいです」
「マニューエはそれでいいの?」
「否と申しましても、皆様にご迷惑が掛かりますので」
「そ、そんなぁ」
「ルル様の御気持ち、嬉しく思います。 依代と云っても、全てが無くなるわけでは御座いませんし、彼方から拒絶されることも有ると聞き及びます」
「でも、でも・・・」
「大丈夫です。私は、私です。 ちょっと不安も有りますが・・・」
「マニューエ・・・」
覚悟とも決意とも、どちらとも取れる顔を見て、ルルはもう何も言えなくなってしまった。 どうして、何故、こんなにも彼女ばかりがつらい目に合わなくてはならないのか。 ルルは目の前で微笑むマニューエを思い切り抱き締め、涙した。




