揺れる金天秤:帝国領 第四幕 聖女候補
第四幕 終幕です。
アナトリーが説得しても、奔走しても、事態に変わりは無かった。 第二軍の警備を担当する実務者から出た言葉は、名目上の指揮官のハンネの命令でも撤回されることは無かった。 反対に説得されてしまうありさまだった。
「済まない、アナトリー。 帝室の一員である、セシリアの安全を保障するのが、第二軍の警備担当者に課された任務だ。 やっと、平穏な日々が訪れたのだから、それを護る為には、どんな些細な事も見逃さないと、あいつらは言い張るのだ。俺は、マニューエがそんな大それたことをする様なはずが無いと、俺が保証すると云っても、首を縦に振らないのだ・・・すまない」
「ハンネ殿下・・・私達だけでも、わかってあげれば・・・少しでもマニューエの心の傷が浅くなれば・・・ごめんなさい。無理なお願いをしてしました」
「アルフレッドも、色々骨を折ってくれた。 あいつにも礼を言っておいてくれ」
「はい、もちろんお礼をさせて頂きます」
「薔薇の部屋」で、 「アナトリーの御茶会」の席上、アナトリーがハンネと話し合っていた。 学院舞踏会の開催まで、あと二週間。最後の学園舞踏会に向けて、彼女の「友人達」も、本気で準備をしている。 「薔薇の部屋」も、疎らにしか人は居ない。 あのストナでさえ、今日は居なかった。 前年の失態を取り戻すべく、あちこちに顔を出し、謝罪に回っているからだった。
物憂げに、窓の外を見るアナトリー。 窓の下の小道に人影があった。 そんなところを通る人はあまりいない。 よく見ると、見覚えが有る。 マニューエだった。 両手に一杯の薬草を持って歩いていた。 隣には「教会」ローブを被った女性が歩いていた。 にこやかに笑うマニューエの顔を見ると、なぜかホッとしてしまうアナトリー。 ”マニューエの笑顔・・・なんだか、ほっといたしますね。 今夜あたり、また、お手紙を差し上げます。 待っててくださいね” 彼女の姿にそう語り掛けた。
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「マニューエ。 セルシオの事本当にありがとう」
「良くなる人は、いずれ良くなりますよ。私はそれをお手伝いしただけです」
「でも・・・貴女が居なかったらと思うと・・・」
「エルフィンさんが側に居たら、いずれ今みたいに成ったと思いますよ」
「そうかしら?」
「もっと、自信を持ってください。貴方は聖女候補なんですよ。精霊神様の加護がおありになるのです。人々に愛と癒しを与えてください。お願いします」
「・・・でも・・・そうね。頑張ってみるわ」
「前を向いて頂けて、嬉しいわ、本当に」
聖堂薬草園で出来た高品質の薬草をもって、アンリの下に向かっている最中だった。 最近、聖堂薬草園の薬草の効能が高まり、どの薬草も高品質になっているので、一部を帝国学園に渡すようになった為だ。 近年そのような事は無かったため、色々と煩雑な手続きがあったが、それも終わり今日初めて持っていくのだった。
「そういえば、今日から夜は学園に戻られるのですね」
「ええ、私も学生ですから、学園の勉強もありますし、もうちょっと、先生たちに聞きたい事も有りますから」
「そうだったわね。あまりに近しくして呉れていたから、貴女が学生だって事忘れてしまいがちになるのよ」
「そう言って頂けると、なんだか嬉しいですねぇ」
マニューエは心の中で謝っていた。 夕方から夜は、学園では無く、第二軍の詰所に詰める事に成っているのだ。 マニューエがルーチェ卿として。 夏の終わりの帝国舞踏会のまで、セシリアの護衛を努めなければならない。去年以上に忙しい毎日に成りそうだった。
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「そ、それは、本当ですか? 大司教 バヌアン=フラール様」
「はい、教皇様がお決めに成られました」
「しかし・・・前例が御座いません」
「あの娘の努力で、聖堂薬草園は甦りました。 そんな力を持つ者は、「聖女」の称号こそ与えられるべきなのです」
「ま、まだ、卒業しておりません」
「そうですね。 卒業と同時にそうなりますから、これから彼女は聖女候補と成ります」
突然の大司教の訪問に学園長は慌てていた。 「教会」とは、いい意味で距離を取っていたと思われたが、急に、マニューエを聖女とすると宣言してきたのだ。 彼女については、学園の教授の間でも何かと話題になっており、対処を決めかねていたところもある。 しかし、急に聖女とするとは、あまりにも想定外だったために、一瞬思考が停止してしまった。
薬学の教授アンリの計らいで、学園での授業はせずに、彼女の能力をいかんなく発揮できる場所として、聖堂薬草園に送り込んだまでは良かったが、そこで、セルシオと一緒に仕事をしていたのも想定外だった。お陰で、アナトリーを中心として彼女を学園舞踏会に招待しようとしていた動きが、頓挫してしまっている。 これも「教会」の差し金か? とも思っている。 なにかと、マニューエと云う女子生徒の周りが騒々しい。
彼女自身は非常に優秀な生徒なのだ。 勤勉で思慮深く、よく学ぶ、理解の早い生徒だった。 もし、アナトリーや、アルフレッド、ハンネ、ピンガノの様な綺羅星の様な生徒が居なければ、彼女が主席でもおかしくは無い。 その思いが、彼女の扱いを難しくしていた。
「わかりました。 少し時間をください」
「ええ、わかります。 前例はありませんからね」
「・・・よく皆と、相談いたします」
そこまでが、学園長の限界だった。 帝国で、「教会」を敵に回せる者はいない。いずれ近いうちに正式に彼女に通達する事に成るだろう。気の重い仕事に成りそうだった。
マニューエの周囲が一層慌ただしくなって参りました。
彼女の行く先に光あらん事を。




