揺れる金天秤:帝国領 第四幕 薬草園にて ルーチェ卿再び
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有難うございますですはい!!
季節は巡る。
春のうららかな日差しが聖堂薬草園に降り注ぐ。潅水も十分だ。 早朝から、日の入りまで、セルシオはずっと薬草園と聖女の館に居る。 マニューエも同じだった。 忙しく充実した毎日が過ぎ去っていく。 薬草園の草木は勢いを増し、ややもすると乱雑に生え散らかす。二人は手分けをして、十分に育った薬草を摘む。 セルシオは何の気負いも無く解らなければマニューエに尋ねる。彼女も何の蟠りもなくそれに応える。
薬草園は全盛だった頃の面影を取り戻し、それを超え始めていた。 収穫される薬草はどれも一級品と云ってもよい物に育っている。エルフィンはそんな高効果の薬草を丹念に丹念に錬成していく。 錬金鍋はいつも一杯の状態だった。 効果を高める為の器具類も納屋の奥から持ち出され、エルフィンの手で修理され今では高濃度の薬の抽出に使用されている。
エルフィンもまた真剣に取り組んでいる。 そんな彼女を見守り、手伝うセルシオ。 エルフィンの手元を見ながら、次に何が必要かを探る様に見ている。 セルシオの姿に、マニューエが声を掛ける。
「ポーション作りに興味が有るのなら、ご自分でもお作りになればいいのに」
「・・・俺は、聖女でもないし、錬金は習った事無いし」
「でも、エルフィンさんのお手伝いしてるんでしょ?」
「そうだが・・・」
「手順は判っている、材料も豊富。 なら何で作らないのですか? 誰かに止められているのでしょうか?」
「い、いや・・・そんな事は」
「もう、じれったいなぁ。 貴方が初級ポーションを作れば、エルフィンさんのお仕事も更に助かるんですよ? それに、聖女様じゃないとか言ってましたけど、町の薬剤師の人達はみんな聖女様なんでしょうか?」
「ク、ククク、・・ハハハ。 そうだな、そりゃそうだ。 なにも、聖女じゃなくても薬くらいは作っても構わないんだよな。 ありがとうマニューエ。 やってみるよ」
「どういたしまして。 ・・・お昼、何にします? エルフィンさんも、一緒にね」
笑い声が薬草園に響く。 昼は簡単にサンドイッチと紅茶にした。 使っている材料は薬草園で取れたもの。自然と回復系の効果が付加されている。美味しそうに食べている三人。 思い出したように、マニューエがセルシオに言う。
「錬成のお手伝いをするのなら、「樹の精霊」様に加護をお願いされた方がいいですねぇ」
「ははは、それは無理だ。 人族で「樹の精霊」の加護を受けられる者なんて、居ないんじゃないか?」
「まぁ普通そうですね。でもまぁ、薬草を扱うんですから、お願い位はしてもいいのでは? 聞く聞かないはあちらの御意思ですからねぇ」
エルフィンがサンドイッチを頬張りながら、セルシオとマニューエに、笑いながら言った。
「マニューエさん、素敵な提案ですね。 セルシオ、お願いしてみれば? お願いだけなら、だれも傷つかないんだし」
「それも、そうか・・・まぁ、そうだな」
マニューエは簡単な「祈り」の呪印を組んだ。 テーブルの上に魔方陣が浮き上がる。
「いつも見て思うんだが、マニューエの魔法は、必ず呪印を組むんだな」
「そうですね、効果を確かなものにする為に組みますよ。 学園では ”精霊魔術師” の課程を学んでますしね」
「それにしても鮮やかに”呪印”を組むね。 俺が知っている者の中で、そんなに簡単に”呪印”が組める奴は、ポーター以外知らないぞ」
「へぇ・・・そうなんですか。 知らなかった」
かなり焦ったマニューエ。 タケトとの教授では、いつも言われていた事があった。”呪印を組む、マジカを流して起動する、効果を調整する。 これ一連の流れで、息をする様にできなくちゃねぇ” あの龍塞の『瞑想の部屋』の中で、時間をかけて習得した技術だった。タケトが”まぁ、これで大丈夫でしょうねぇ”と言ってくれるまで、何度泣いたことか。 苦笑いを浮かべながら、「祈り」の呪印を完成させ発動させる。 ぼんやりと光る、呪印。 さあどうぞと云うように、セルシオに目を向ける。
「樹の精霊様に、迷える魂の救済を願い奉ります。 我、 セルシオ=オブライエン、精霊様の安寧を祈りその『ご加護』もって、祝福を戴きたく、謹んで奏上いたします」
呪印に手をつき、真摯に祈るセルシオ。 加護がもたらさ無ければ、何も起きない。 「樹の精霊」は人族には、あまり興味を示さない。相性が悪いとも云う。そんな事は人族ならば誰でも知っている。知っているから、今、目の前に起こっている現象に、認識が追いつかない。
「祈り」呪印の発光が輝度を増していた。セルシオの手、腕、体に緑の光が這い登る。 三人の頭の中に声がした。
”願い叶えたり”
余りの出来事に、セルシオは茫然とした。 エルフィンも口を開けたまま固まっている。 マニューエだけが微笑んでいた。
「祝福、貰えましたねぇ。 ごはん終わったら、ポーション作ってみましょうか」
「い、いやいやいや・・ちょってまて。 俺は樹の精霊にお願いしたんだよな」
「そうですが、何か不都合でも?」
「俺、人族だぞ。 エルフの血なんて引いてないぞ?」
「そうですねぇ、でも、そんな些末な事どうでもいいのでは?」
「えっ?」
「「樹の精霊」様がセルシオさんに祝福を与えた。 その事実は今見た通りですよ。 せっかく貰えた祝福なんですから、どんどん使って、みんなのお役に立ちましょうよ。 精霊様は、それを望んでいらっしゃるから、祝福をお与えになったんでしょ?」
エルフィンが横から言った。
「何だか・・・すごい事が起こって・・・よく理解できない」
「エルフィンさん、力強い仲間が出来たという事でいいのでは?」
「・・・そうね。その通りだわ。 セルシオ、これからもよろしくね」
「あ、ああ。 エルフィンの役に立てるなら、俺はそれで満足だし・・・そうだな、そうなんだ」
マニューエは彼女だけが見える「樹の大精霊」に頭を下げた。
”やっと、関われるようになった”
そう言わんばかりに、樹の大精霊は大きく頷いた。
*************
薬学の教授のアンリ=ウエイバーに、報告するために学園に登校する日、彼女の下にゴードイン卿からの使者が来た。アンリに報告をした後、久しぶりに会いに行こうと、第二軍団の騎士詰所に行く。 お土産は聖堂薬草園で錬成した『高品質マジカ回復薬』と、同じく『高品質回復薬』。 エルフィンと、セルシオが練習の為に錬成したものだった。
詰所に行ってお土産をそこに居た騎士に渡す。 大変喜ばれた。 第二軍団とは言え、ポーション類は常に不足気味だ。高品質ポーションとなれば更に貴重だった。来意を告げ、ゴードイン卿を待つ。 急ぎ足で彼が詰所に来た。
「マニューエ。よく来てくれた。 ダコタ伯爵も居る。 執務室に来てくれ」
手短にそう彼女に伝える。マニューエが執務室に入ると、ゴードイン卿は扉を閉め施錠する。 中にダコタ伯爵が待っていた。
「・・・施錠したという事は、マニューエに用事があるのではなく、ルーチェ卿に用事が有ると云う事ですね」
「察しが良くて助かる」
ダコタ伯爵が苦笑いで答える。溜息と共に、彼女は二人を見た。二人はマニューエを済まなさそうに見ながら、交互に状況の説明を始めた。
「知っての通り、もうすぐ学園舞踏会がある。 ・・・今年はセシリア=レゾン=アートランド姫様が初等科にご入学されている。その為、学園舞踏会にも第二軍団から警備を出すことが決まってしまった」
「護衛任務なのだ。 セシリア様は、もう我らを恐れはしなくなったのだが・・・第二王太子家を狙って大貴族の子弟共が色々とな・・・」
「残念な事に、第二軍団の騎士は第一軍団の騎士たち程名家の出身者は多くない。 大貴族共は、戦場働きの価値は認めておらん。階位を傘に我らを侮る。警護が大変難しいのだ」
「奴らが認めているのは、帝国舞踏会で”勝手御免”の約束を帝室関係者から捥ぎ取った『ルーチェ卿』なのだ。ルーチェ卿が姫様の護衛を務められたら、そうそう勝手な真似は出来ぬのだ」
マニューエは目頭を指で揉みながら、言葉を紡いだ。
「ハンネ殿下の差し金ですね。 ご自分はピンガノ様の護衛で一杯一杯だからと」
「・・・」
「・・・」
「社交シーズンの間中ずっとって訳ですね」
「・・・」
「・・・」
「どうするんです? 私はこれでも、結構、忙し・・・」
「曲げて頼む!」
「そこを何とか!」
深く、長い溜息を吐き出してから、マニューエは応える。
「・・・夕方から夜だけです。 日の出から日の入りまでは、どんなに頑張っても無理です。それと、マニューエが社交に出ない正当な理由が要ります。 前年は招待されていませんでしたが、今年はキノドンダス上級侯爵令嬢達が何とかしようと頑張って呉れています。 それが条件です」
二人は腕を組み、何かを考えていた。彼らはマニューエの置かれている状況を良く知っている。学園の内部情報も騎士見習いの子供から聞かされていた。状況は去年と大体同じなのだが、学園側も、マニューエが言ったアナトリーの動きも把握している。マニューエが学園舞踏会に出席できるように色々な所に働きかけていて、それが実現しそうなのも知っている。 二つ目の条件が厳しい。
「・・・マニューエは今、聖堂薬草園で仕事をしているんだったな」
「そうですよ」
「・・・あそこに、あのバカが仕丁として置かれているよな」
「バカって・・・セルシオさんの事ですか?」
「そうだ。 改心したのか実直に仕事をしていると聞く」
「そうですよ。根は真面目な方でした。 よく働いて、薬草園もとても良い状態を維持してますよ」
「・・・使うか」
「何を?」
「バカの仕出かした事を」
何となく嫌な予感がした。目の前の二人は、徹底した機会主義者。利用できるものは何でも利用し、手に入れる物は何としても手に入れる。戦場での働きは彼らの ”人” としての良心を削り込んでいる。
「マニューエの立場を潰す事になるんですよ伯爵!」
「それ以外の名案が有るのかゴードイン」
「・・・」
二人の間に通じるものが有ったのだろう、済まなさそうに二人してマニューエを見る。
「学園舞踏会の護衛に限ってだが、有用な手が有る。 マニューエは絶対に出席できなくなる手がな」
「・・・その手を使えば、君の学園内での評判は地に落ちる・・・他に方法は無い」
「セシリア様の為だ・・・堪えてくれないだろうか」
二人が頭を下げて来る。 マニューエは、ほんとに嫌な予感しかしない。
「何をされるのですか?」
「バカと仲良くなっている君を排除するように、第二軍団から要請を出す」
ダコタ伯爵が言い出した。ゴードイン卿が少しだけ説明を加える。
「あのバカは 何をしでかすか判らない。 そういった評判を利用する。 今は如何かとか関係は無い。 あくまで以前の評判を利用する」
「・・・それは・・・」
「第二軍団から、学園に、セルシオと接触を持っているマニューエが出席するならば会場の安全は保障できないと伝える」
暫くの間、沈黙が三人の間に落ちた。腕を組み、難し顔をしているダコタ伯爵に、”もうどうにでもなれ”と云うような雰囲気で、マニューエが口を開く。
「・・・学園は了承するでしょうねぇ・・・ついでに私の評もガタガタになりますねぇ・・・」
「済まない。 君が出した二番目の条件は、これくらいしないと達成できない」
「・・・はぁ・・・わかりました。 学園舞踏会の二週間前からこちらにお世話になりますよ」
「分かってくれたか!有難い!」
「ダコタ伯爵・・・貴方は追い詰めるのお上手ですね」
項垂れるマニューエを前に、ゴードイン卿、ダコタ伯爵が、申し訳なさげに、しかし、頬にはきっちりと笑みを浮かべ、頭を垂れた。




