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揺れる金天秤:帝国領 第四幕 薬草園の春

 

 聖女候補エルフィン=サザーラントが自分が加護を受ける精霊の力を借りて高品質薬ハイポーションの作成に成功した頃、寒さが緩み始めた。一冬を寮の自室と「聖堂薬草園」の間を往復し、ずっとエルフィンと過ごした。学内の様子はルルが、「夜の秘密の御茶会」で教えてくれた。 自分を取り巻く環境が入学前とは大きく変わっている事に気が付いている。 タケトが意図した貴族世界との付き合い方を学ぶ為に、学園に入学したのに、完全に阻害されてしまっている。少々後ろめたいが、光の精霊神様の御依頼もあり、動くに動けなかった。


 春の足音が聞こえ始め、聖堂薬草園にも、数々の新芽が萌え出している。春から夏にかけては、魔法草の生育が早い。エルフィンの課題となっている、高品質の「マジカ回復薬」の作成の為には、是非とも必要な植物だった。いつものように、薬草園で作業をしていると、これまたいつもの様に蔑んだ目をした聖職者がエルフィンに何かを話していた。 聖職者の後ろには一人の男が立っている。 マニューエには見覚えがあった。


 話が終わったのか聖職者はそそくさと立ち去り、後にはその男だけが残った。エルフィンは懐かし気に、申し訳なさげにその男を見ている。男は暗い瞳をエルフィンに向けていた。彼女は畑の作業をしていたマニューエを呼び、男に紹介した。


「マニューエ! あのね、此方・・・」


 遮るように男が口を挟む。


「セルシオ=ヨータ=オブライエン・・・いや、今はセルシオ=オブライエンだ」

「マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します。 帝国学園の生徒で、聖女候補のエルフィンさんのお手伝いを学園から言いつかっております。よろしくお願いします」

「・・・ルーチェ・・・嫌な名前だ」

「セルシオ!」

「話しかけないでくれ。 今は、ただの下男だ・・・もういいか、エルフィン」

「ええ、・・・ ぇぇ・・・」


 セルシオは、聖女の館の中に入っていってしまった。エルフィンがマニューエに頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。 彼・・・いま、とてもつらい立場なの・・・」


 消え入りそうな声でエルフィンが、マニューエに伝える。彼の身に起こった、「苦しみと」、「栄光と」、「挫折と」、「没落」をぽつぽつと、話し始めた。


「彼は・・・孤児院に居たの。 元気よくそこら辺を駆けまわっている普通の男の子だったの・・・違った事は、彼、マジカの保有量が他の男のと違って人族では段違いに多かったの。 小さい頃、「教会」の人がそれを知って、孤児院から聖女の館に引き取ったの。 でも、もうその時には人族の聖女候補は誰も居なくて、「森のエルフの聖職者」が彼に直接指導されていたってきいたわ。 あの人達基本的に人族はお嫌いみたいで、彼に辛く当たってたみたい。 良く此処を抜け出して、街に行ってたって・・・」


 マニューエは唯々聞いていた。 聞くしかなかった。 彼女にとっては、どうでもいい話だったが、エルフィンの心の平安には”必要な事”だと思って、聞いていた。


「帝国北側の国々から寄せられる、魔物達の攻撃の報告が段々と減少していた頃ね、「教会」が大きな儀式をしたんだって。 聞いたことあるかしら、「召喚の儀式」って。もう十年以上前になるんだけど、四人の勇者と聖女を召喚しようとしたらしいんだけど、実際に召喚できたのは、三人の勇者と聖女で、あとは魂だけの召喚になってしまったんです。そこで、せっかく召喚した魂が溶けてなくならない様に、依代よりしろが用意されたの。 それがセルシオ・・・かなり抵抗したらしいんだけどね。 彼は、こちらの世界の生まれだから、名前の中に、召喚さてた人の名前を組み込んで・・・孤児だと云う事がばれない様に、教皇様が皇帝様に談判して、彼を王太子の一人として叙したんだって」


 一人の人間の中に二つの魂。 やってはいけない禁忌の魔術だった。その話を聞いて、頭が痛くなった。何もかもおかしい。前提がまず間違っている。「光の精霊神様」抜きで召喚術を使う事すら禁忌だ。北の大陸オブリビオンが平穏ならなば、その間は南の大陸ミトロージアも同様に大人しくするべきであり、均衡を揺るがすような真似は控えなくてはならないはず・・・ ”フォシュニーオ様が聞いたら激怒するぞぅ” 黙ったまま口の中で言う。


「勇者のメダルを授与されて、勇者だけが使えるっていう「光の剣」を教会から授けられたわ。でも、彼、しばらく此処に籠っちゃって・・・他の三人が帝国騎士と魔法騎士に鍛えられていた頃、隙をみて、やっぱりここを抜け出しちゃったの。それから六、七年外で勇者としての力を付けて、ある日、「教会」へ戻って来たの。 司祭様に自分の役割を聴く為だったんだって言ってたわ。 ちょうどその頃、私が学園を卒業して、聖女候補見習いの資格で、此処に来たの。 でも名前だけ。本当の聖女様達は勇者様と一緒に戦う準備をしていて、私は今と同じで「薬草園」の世話の為だけに此処に呼ばれたそうよ。 後から助祭様がそうおっしゃってたから」


 ”成程、苦しみと、栄光なわけだ。 庶民の中でも最底辺の男の子が、禁忌の魔術で二人分の魂を宿して、王太子になったって事よね”


「凄い人なんだ、と思ってみていたの。 ・・・彼は、私に聞いて来たの、初めてあった日に。 『回復魔法は習得してるんだろ』って。 学園で習った事は出来たし、先生たちもそちらの素養は十分にあると云う事で、聖女候補見習いとして、此処に来たわけだから、『出来ます』って答えたわ。・・・『一緒に来い、魔王を倒す。その栄誉を受けよう!』そう言って手を取ってくれたのよ。 嬉しかった・・・」


 懐かし気に目を細めるエルフィン。 しかしその表情も次第に曇っていく。 段々と運命の瞬間に近づいて来たかのようだった。


「三年くらいかけて、仲間達を集めて魔王の所へ向かったの。 北の大陸オブリビオンへ行ってからはとても大変だった。常にマジカ枯渇との戦いだった。 南の大陸ミトロージアで、”狩り”をして、手に入れた素材を換金して、出来るだけ多くのポーション類を買い貯めて、それでもやっとだったの。 ・・・魔王の館にたどり着いて、死に物狂いで戦って、やっと魔王を倒した時、彼も瀕死の重傷を負ってたわ・・・あの時、光精薬エリクサーをポーターが出してなかったら・・・私達、誰一人として生きて戻れなかった・・・」


 ”ポ、・・ポーターって、マスター何やってたの?! だ、黙っておこう・・・話せないよぅ”

 マニューエは、困惑してしまった。まさか、タケトが絡んでくるとは思ってもみなかった。タケトに会った時に聞く事にした。黙ったまま、エルフィンの話を聞く。


「此れで、魔物達も滅んで、平和な世界が来ると思って、帰って来たの。帝都に・・・でも、全然違った。私達はバラバラにされて、断罪されたわ。 「教会」は知らんふりね。それでも、彼は勇者のメダルの保持者で、「光の剣」を使える第五王太子だったから・・・でも、今年の帝国舞踏会で・・・何もかも無くしてしまった。 そう、地位も名誉も何もかも。 ・・・今は平民に落とされて・・・それでも帝国も「教会」からも監視されて・・・此処の下男として・・・」


 最後は涙で声が濡れていた。


 ”まぁ、とどめは私が刺したわけね。 でも、勇者のメダルって光の精霊神様の加護が無くては、ならなかったはずだけど・・・なんで、そんな禁忌の魔術で召喚された人達に渡ったのかしら?”


 疑問は、有ったが取り敢えず話は聞いた。 セルシオの話も聞けたし、マスターが絡んでいた事も分かった。なぜ、エルフィンを手伝う事で金天秤の均衡が取れるのかも何となく理解できた。しかし、セルシオの事は半分自業自得な気がする。 異常に膨らんだ自意識が破裂したんだと思っていた。


 *************


 壁に背をつけ、ぼんやりと虚空を見詰めるセルシオ。 どこで道を違えたのか? 何がいけなかったのか?これが助祭たちが言っていた「神」の試練なのか。自分が成したことは一体何だったのか? 黒い想いが渦巻き凝り固まり、体に毒が回ったように重くなる。 










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