閑話休題:帝国学園それぞれの春
帝国学園には四回の卒業式がある。 学園生活の最後の年は、それぞれの生徒が歩むべき進路を決める期間だった。 騎士に挑戦するもの、文官を目指すもの、魔法をもって帝国に貢献しようとするもの、そして、貴族の娘たち。それぞれが見習いと、優雅な学園生活の期間を終え、正式に帝国に登用される日が卒業式だった。
卒業の日の早いのは、騎士を目指す者達。騎士見習いは騎士へと任官されると、それぞれが所属する騎士団へと移動する。 家柄と個人の能力が高ければ、第一軍団へ、家柄と魔法が使える騎士ならば聖堂騎士団へ、個人の能力が高く、戦術魔法が使えるならば、第二軍団へ、それ以外は衛兵団、駐屯地防衛隊などへの配属される。もちろんすべての騎士団は栄誉が与えられるが、序列は明らかに存在していた。
次に卒業の早いのは、宮廷魔術師が率いる部署へ、登用される者達だった。帝都を魔法障壁をもって守り、外敵の侵入を随時監視する役目を負っている。常に人手不足気味の部署だった。防御や防壁の魔法を使える者は希少で、入学早々勧誘される。彼らは帝国の守りの要と自負しており、人気も高いが、能力を最大限に考慮される部署でもあった。
文官採用の者達は、その親が文官であることが多い。 帝都の官僚団の一員になるべく、幼少の時から折に触れ、文官の仕事を手伝い、理解している。彼らが居なくては、巨大な帝国は一日も持たない。同じ貴族とはいえ、総じて位の低い彼らだったが、矜持は誰よりも持っている。それ故、上昇志向の強い者たちが、大多数を占める。帝国を支える為に、日々の役目をこなしている。彼等は宮廷魔術師達の後に卒業する。
最後の卒業者たちは、貴族の娘たちであった。 貴族の間での婚姻が決められていくのも、帝国学園の最終年度だったから、誰が誰に嫁ぐか、誰と婚約したかが話題の中心だった。家同士の未来を繋ぐために、彼女たちは居るといってもよかった。卒業してしまえば、社交界でしか係わりを持つことは無い。それも、同程度の家柄の者たちが中心だった。いわば、学園は身分の差を無視した付き合いができる唯一の場ともいえる為、低い身分の家は、高い身分の家の子弟との婚約を成約させるために、暗躍する。最終年度に決まらければ、あとは同程度の家柄の者との話し合いしか道はなかった。
悲喜交々(ひきこもごも)の卒業風景が、冬の間中、学園のあちこちで見られた。卒業者は各グループで集まり、学園長の祝辞や、各所属先の高官からの祝辞を受けた後、「教会」の枢機卿から祝福を受ける。 卒業者の顔に栄誉と誉が刻まれる卒業式の重要な儀式だった。 最後の貴族の娘たちには毎年、特別に教皇が出席し、彼女たちに「神」の教えを説き、大きな祝福を与える。 光の羽が辺りに漂い、神聖で荘厳な雰囲気の中、彼女たちは卒業していった。
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「ルル様は、どうされるのですか」
帝室の一員として認められているピンガノは、後宮での勉強に時間がとられ、あまり学園に姿を見せない。そんな彼女が久しぶりに学園に顔を出した時、ルルを見つけたので、一緒にサロンへと誘った。
「私は、別に何も考えていませんわ、ピンガノ様」
「あら、どこかにいい方を隠しておいでとか?」
「精霊魔術を極めて、実家の役に立ちたいと思っておりますの。結婚なんてまだまだ先の話ですわ」
「そうなんですの」
極めて他人行儀なのは、周囲に目がある為であった。いつものように砕けた調子のルルと話がしたかったピンガノは、少し残念そうに彼女を見た。気になっていることをルルに尋ねるピンガノ。
「そういえば、マニューエ様見ませんね」
「・・・彼女は、聖堂薬草園でお手伝いを命じられているわ。もう学園の授業は受けなくていいそうよ」
いい淀むルル。周囲の目を探る。 彼女の話題は、公の場ではほぼタブーとなっている。後宮に詰めているピンガノには事情が分からないので、目で”その話題は避けろ”と、強く見た。ピンガノもその視線の意味を理解し、深くは聞かなかった。
「いろいろ大変ですのね」
「そうですわ。 いろいろとね」
二人の間に沈黙が落ちる。
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卒業者が居なくなると、今度は入学者が大勢やってくる。 今年は第二王太子令嬢 セシリアの入学が決まっている。いつになく警備の人員が多い。第二軍団から相当数の騎士が送り込まれていた。
彼女の側には常に強面の第二軍の近衛騎士か近衛魔法騎士が付き従い、美少女の誉れ高いセシリアを一目見ようとしてやってくる貴族の子弟の二の足を踏ませている。彼女の安全というより、彼女の家族からの意向が強く、ごく少数の人しか近寄れない雰囲気を作り出していた。
学園の女性たちは、ある意味落胆している。 セシリアに興味があるのは確かだが、それよりも彼女の護衛に、”あの仮面の騎士が付き従うのでは”という淡い期待があったからだった。彼女たちにとって残念なことに、ルーチェ卿はその姿を見せず、第二軍に近い貴族からの情報では、ルーチェ卿は未だ帝都に帰還していないとの話だった。
アナトリーは、そんな厳重な警備の中、セシリアに接触できる数少ない人の一人だった。 アルフレッドとハンネに頼まれて、セシリアに学園生活での諸注意を話してもらうためだった。
「アナトリー様は、何時、アルフレッド殿下とご婚約されるのですか?」
幼いながらも、セシリアは周囲の気配をよく読む。 なぜ、兄であるハンネが、義姉になるピンガノではなく、アナトリーにこの役目をお願いしたのかをよく理解していた。
「セシリア様・・・まだ、何も決まっておりまっせんわ」
「ごめんなさい。差し出がましいお話をしてしまいました。」
「私は、まだ早いと思いますが、アルフレッド殿下が如何お考えかは、存じでおります。帝国は今が大事な時です。お気持ちは嬉しいのですが、足元を固めなければならない時だと思っております」
「やはり、貴女は「帝国の牙剣」のお嬢様ですのね。 先を見据えられておられますね。私も、アナトリー様のように、思慮深くなりたいと思います」
「勿体なく。・・・それにしても、セシリア様は、護衛の方々が怖くはないのですか? 私はまだ慣れませんが」
セシリアは目を閉じ、祈るように言葉を繋いだ。
「あの者達は、北の大陸からの帰還兵です。 帝国の御楯ですよ。 あの方たち無くして帝国は存在できません。私の護衛などに着くような方たちでは無いのです。 あの怖いお顔や醸し出す雰囲気に畏怖と感謝しか感じなくなりました」
セシリアの言葉に、帝室の一員の矜持を感じたアナトリーは、彼女を見直した。 幼いながらも、彼らを大切に思う気持ちは、傍にいてよくわかった。 少し残念なのは、あの仮面の騎士の姿が見えないからだ。思い切って、アナトリーは、セシリアに聞いてみた。
「流石は姫様ですね。 私の屋敷に来られた護衛の方がいらっしゃるのかと思っておりましたので・・・」
「ルーチェ卿ですね。 まだ、帝都にはお戻りなられていないようですね。 ・・・いずれ、機会があれば、私もお願いしたいですわ。 アナトリー様もあの方に興味が御有りなのかしら?」
いたずらっぽく笑うセシリアに、アナトリーは少し慌てながらも、同意した。




