揺れる金天秤:帝国領 第四幕 手紙
新月の星の降る夜、ルルが久しぶりにマニューエの部屋に遣って来た。 最近、マニューエが部屋に居ない事が多い為だった。中央のテーブルの上には温かいカップが二つ。ルルのお気に入りの”ショコラテドンナ”だった。甘い香りが部屋に漂っている。
「マニューエ・・・ハンネ殿下から頂いた髪留め、壊れちゃったんだってね」
「・・・ええ、私の不注意で。でも、その話何処から?」
「ふ~ん、貴女の不注意で?」
鼻を鳴らしながら、ルルはマニューエを見る眼つきを細くする。 ”本当に、この子は!”と、言いたげな眼つきだった。
「学園の一部で広がり始めている噂話があるの・・・マニューエは学園に来てないから知らないと思うけど」
「???」
「貴女がハンネ殿下を誑かそうとしたから、注意した。 ストナ嬢の一派が何やら騒いでいたらしいわ」
「???」
マニューエは何の事だかさっぱり判らない。 帝国舞踏会が終わって、学生達が学園の寮に戻って、授業が始まったあたりから、マニューエの「聖堂薬草園」のお手伝いは始まっている。 週に一回の報告をするだけに登校するだけだ。 ハンネ殿下にも一度きりしかあっていない。 そもそも、ほぼ、ずっと「聖女の館」に詰めている。 どんな話が出回っているかすらわからなかった。 ルルが続ける。
「まぁ、アナトリー様に対する忠誠と、ピンガノに対するゴマすり。 内容はそれだけなんだけど、彼女達と「教会」と「学園」の間で逢ったことあるでしょ?」
「ええ、まぁ」
「生意気なマニューエを懲らしめたとか、云ってたから、仲の良い子に何が有ったのか聞いてもらった」
「・・・うん。 たぶん、その子の云った通りだと思う」
「やっぱりねぇ・・・ハンネ殿下の耳に入ったら、大事になるわよ」
「謝っても、許してくれないかなぁ・・・高価そうな髪留めだったものねぇ」
「はぁ?」
ルルは、マニューエの反応に言葉がつっかえた。 髪留めを壊してしまったのは、彼女のせいで、それを殿下が叱責するものだと思い込んでいる。 ”どこまで・・・この子は・・・” 絶句しながらも、ルルは、彼女の言葉の真意を伝える。
「逆よ、逆! ハンネ殿下は、ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢に良い感情を持っておられない。 原因は、妹君のセシリア=レゾン=アートランドの護衛への侮辱の件。 アナトリー様が何とか取りなしているから、普段はそんな事はおくびにも出しては居られないのだけど、かなりご立腹なんだって」
「へぇ、そんな事あったんだ」
棒読みの様な感想を口にするマニューエ。 大げさに溜息をつくルル。
「言ったじゃない、帝国舞踏会の日にストナ嬢がルーチェ卿に謝罪したって! あの件よ」
「あれは、ルーチェ卿がお許しになったって・・・」
「ハンネ殿下は執念深いのよ。 大事な妹君が”貴族の誇り”をきちんと示された事には喜んでおられたようだけどね」
「・・・メンツですか?」
「それもあるわね。 だから、この話が、ハンネ殿下の耳にはいると、とても危ない。 仲のいい子を介して、それとなくストナ嬢に、これ以上この話が広がって、ハンネ殿下の耳に入ったら、ビージェル侯爵家がどうなるか判らないと、お伝えしといた。 あの子も馬鹿じゃないから、広がらないと思うけど・・・」
「あの髪留めは、一応ブローチに仕立て直して使ってますよ。 もし、ハンネ殿下にお話しする機会が有れば、”マニューエの不注意で、壊してしまったけれど、ブローチに仕立て直して使ってます”って、お伝え頂けるかしら?」
「なんとか、・・・してみる。 ピンガノに頼むのもいいかもしれないか」
「お願いします」
薄ぼんやりとした灯火の下で、二人の話は続く。 ルルの持ってきた手土産のケーキを口にしつつ、楽しんでいるマニューエに彼女は聞いて来た。
「最近、とっても忙しそうね。 いつも、お部屋に居ないし」
「ええ、教会の聖堂薬草園に詰めていて、ポーションつくってますよ」
「楽しいの?」
「ええ、とても・・・何でですの?」
「久しぶりに会ってお話してるんだけど、マニューエとっても幸せそうな顔してる」
マニューエは、ちょっとドキリとした。ルルの目は確かだ。 確かにマニューエは幸せを感じている。ただ、それは聖堂薬草園の仕事が原因ではない。 彼女が感じている幸福感の元は先日届いた手紙だった。「マスターからの自分宛の手紙」を受け取り、内容はともあれ、タケトの近況が判った事が原因だった。その事を言おうか言うまいか少し逡巡した。
「なによ、云いなさいよ。 何か良い事が有ったんでしょ」
「・・う・うん。 有ったよ。 マスターから手紙が届いた」
頬を赤らめるマニューエの顔をみて、ルルは少々びっくりした。
”・・・お、乙女が居る・・・”
かなり良く彼女の事は判ったつもりでいたルルは、彼女の心の中における手紙の送り主に対する想いの深さに驚かされていた。今度は、マニューエから口を開く。ちょっと真剣な眼差しに、ルルは多少身構えた。時々、マニューエはとんでもない事を言い出すからだ。
「ルル様 あのね、ちょっとお聞きしたい事があるの」
「なに?」
「私は、帝都の事あまりよく知らないのだけど、「教会」の言う「神様」って何の精霊様のことかな」
「えっ 知らないであそこに行ってたの?」
「うん」
「それは・・・わかった。 教えてあげる」
ルルはマニューエに「教会」について知っている限りの事を話し始めた。 彼女自身帝都出身の人間では無かったが、父親のコンカーラ=トレオールが男爵位を継いでからは、帝都にもそこそこ居る。また、商会「エキドナ」にとって「教会」は良いお客様でもあったので、より深い内部情報も持っていた。
教会の階層社会に君臨する教皇をはじめとする上級階層のほとんどが「森のエルフ族」と呼ばれる高位魔術者で有る事。彼らの信奉する「神」が精霊では無く、精霊の上位にある特別な存在である事。「教会」の教義では、神が全世界に君臨する絶対者で有る事。北の大陸は魔物によって蹂躙されているので、必ず奪い返えす事が教義に規定されている事。かつては世界が「神」によって統一されており、今の状態が異常である事。「森のエルフ族」は「神」に選ばれし御使いであり、「神」の代理人の立場である事。よって、彼らを敬い尊ぶことは摂理なのだと云う事。 等々。
マニューエは軽く眩暈がした。金天秤が揺らぐのも当然だった。人族の領域で「光の精霊神」への祈りが妨げられている。エルフ族の大公はこれを許しているのだろうか? そんな疑問が湧き上がる。もう一つ、ルルはどう思って居るのか。この事を一番聞きたくなった。
「・・・ルル様は・・・」
全部いう必要が無かった。ルルは、鼻をならして、呆れ果てたように言葉を紡ぎ出した。
「「教会」は「エキドナ」にとっていいお客様。 私は帝国本領の人間では無かったし、「神」様とやらを信じる必要はないわ。 もう一つ、私の目指しているもの知っているでしょう?」
「・・精霊魔術師・・」
「そう、だから精霊様をないがしろにする者に敬意なんか払えないの。それに「教会」の権威が強く働くのは、帝都だけ。周辺の国々はそれぞれ信奉する精霊様がいらっしゃるわ。今次大戦も裏側から見てみれば「教会」の教義を実現するために「森のエルフ族」にうまく乗せられたって感じかな」
「・・・信じてはいらっしゃらないのですね」
「合わせはするわよ。でも聖堂にはいかない。行ったら負けかなって思ってる」
マニューエはホッとした。ルルを失いたくは無かった。 しかし、大変な事を知ってしまった。軽く状況を確認するつもりで聞いたのに、知りたい事が全部わかってしまった。もう一つ聞きたくなった。
「私の通っている『聖堂薬草園』は、どんな感じなんでしょう?」
「あそこは特殊。 と云うか抜け殻みたいなもの。システナ大聖堂の設立の経緯知ってるわよね」
頷くマニューエ。 あそこには聖女候補がいて、時折々に聞いていた。
「今の聖女候補は云わば、囚人。 重点監視対象なの。 あの方、セルシオ第五王太子と魔王討伐に向かった人よ。「教会」の考えている事は判らないけど、使ったカードの効果が真逆に出て、慌てて罪人にしたって感じ。だから、あそこは「教会」の施設であって、教会の中では異端なの。利用するだけの場所って感じかな」
「・・・そうなの」
「マニューエ、気を付けなさい。取り込まれると貴女利用されて終わりよ」
「わかった。有難う。また、判らない事が有ったら教えてね」
「いいわ、貴女は私よりも精霊様に近い気がするの。そうでなくではあんな”魔技術製品”生成できないわ。だから、余計に気をつけて」
「うん。本当にありがとう」
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その日の「夜の秘密の御茶会」が終わり、ルルが部屋を出て行った後、マニューエは一通の手紙を出すことにした。 あて先はタケト。 彼から貰った手紙に記してあった、彼の知りたかった事を書き連ね、封緘を閉じる。タケトから来た銀の籠に手紙を入れ、教えてもらっている「呪印」を施す。籠の周りが銀色に発光し、シロフクロウが形作られた。
「お願いね」
そう言って、シロフクロウの頭部に軽く口付をすると、窓を開け飛びだたせた。星空にあっという間に消え去るシロフクロウ。その姿をじっと見つめるマニューエ。”手紙が無事マスターの下に届きますように”と、光の精霊神に祈りを捧げていた。




