揺れる金天秤:帝国領 第四幕 薬草園にて
だいぶ進んできています。 季節も廻り始めました。
エルフィン=サザーラントは、自分のローブの緑色の縁刺繍を弄りながら、エルフ族の助祭が話す内容を聞いていた。 何時ものように長々とした「神」への賛美が続き、いかにエルフィンがダメな修道女、聖女候補であるかを説き、懺悔を強要され、懺悔する。 いつものパターンだった。 賛美し、懺悔している「神」の存在すらもうどうでも良かった。
あの日、”北の大陸”からの帰還後、立て続けに起こった事は、彼女の予想の範囲を遥かに超えていた。セルシオの帰還と魔王を退治したという報告を受けた、皇帝の官吏共は、私達を引き離し、各人に尋問を始めた。 それぞれが大体同じ内容の事を云う頃には、セルシオを含む私たちの処分が問題となりまじめていた。 「処遇」では無く、「処分」だったことは、後の対応を考えると妥当だ。
自分たちが帰還し、凱旋の報告が未だ戦っている前線に送られたらしい。 ”これで、戦いは収束する”と、エルフィンは考えていた。 「神」の教えでは、”魔王は魔族を率い戦い、魔王を倒せば、魔物達は統制を失い、地に帰る”と、教義にある。 だから、無理に無理を重ねてセルシオについて行った。 ”出来損ない聖女候補者”と、彼女が陰で呼ばれていた事も理由に有った。
エルフィンは魔王が倒れた事を確かにその眼で見た。 間違いの無い事実だった。 しかし、魔王が討たれた後も、魔物達は地に帰らず、仲間である、獣人族、エルフ族が雪崩を打って「北の大陸」から撤退した。 セルシオ達から離されてシステナ大聖堂の北の塔に留め置かれていた時の、監視役の聖堂騎士がそう話した。
「まったく、何てことしてくれたんだ。 おかげで、教皇様の御機嫌が酷いんだぞ」
エルフィンは、その時思った、”出来損ない聖女候補者”には、栄誉など無いと。エルフィンは、『聖女でもなく、教皇様からの使命を拝領してもいない。独断にて、第五王太子セルシオに同行、”北の大陸”へ向かった事』が罪とされた。 大司教 バヌアン=フラール から、「もし貴女がそうしたかったのならば、手順を踏み、資格を得るべきだった」と、云われ、言葉に詰まった。 最後は、枢機卿である上級大司教から断罪され、幽閉の塔に送られた。
幽閉の塔での「神」への祈りと、懺悔の日々を送った。 時間が経ち、教皇様が許しを彼女に与え、出来損ない聖女候補者に戻ったエルフィンは、システナ大聖堂、東の塔の外側にある薬草園へ送られた。 設立当初より、薬草園は聖女が世話をする事にはなっていたが、聖女候補者すらまともに集まらない今、其処は荒れ放題となっている。暗い目をしたエルフィンは感情を失ったように「薬草園」の世話を始めた。
そんな、薬草園を蔑むように見ながら、エルフ族の助祭がやっと、本題に入った。
「エルフィン=サザーラント。 貴女には失望しています。 簡単な草の世話すらできない貴女。 貴女の「神への祈り」が足りないでしう。 教皇様より、この薬草園の惨状についてお叱りを受けています。 大司教 バヌアン様の御慈悲におすがりしたところ、帝国学院の生徒を一人つけて頂ける事に成りました。丁重に持て成してください。 貴女よりも遥かに貴重な存在だそうです。判りましたか?」
「はい、エステル様」
「よろしい、では、仕事にお戻りなさい」
「はい、エステル様、神の御慈悲が有りますように」
尊大に鼻を鳴らし、踵を返して聖堂の中に入っていく、助祭を見ながら、エルフィンは思う。
”私・・・とうとうお払い箱か・・・”
何かが、崩れ落ちて行くようなそんな気持ちが渦巻いている。
”きっと、その学院の生徒とやらも、深い「神」への信仰があるに違いない、かつての自分がそうだったように・・・”
その学院の生徒は、その内、何人もの助祭やら司祭に連れられて、此処へ遣って来るのだろうと思っていた。そして、”きっと、私を見下したような眼で見るのだ”と、何故か確信を抱いている。 ボロボロになってしまったかつては美しかった手に、鍬を持ち、今日も暗澹たる気持ちで薬草園に彼女は向かった。
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教授会が決定を下した。 マニューエには、月に数度の登校日を設け、後は教会『薬草園』の手伝いをする事が決まった、 彼女の為にも、この決定は良い事だと、思われ、即日、薬学の教授のアンリ=ウエイバーが、彼女に「教会」へ行くように命じた。
マニューエは「教会」の人々の対応が精霊神様の御心に叶っているとは思えなかった。 そう、彼らが「教会」の施設の内で、「服従の魔法を使った事」だった。マニューエはタケトの ”この呪文を使う者に近づいてはならない。もし対面したら、無視を決め込みなさい。相手にするだけ無駄ですよぉ”の言葉を思い出し、けっして近づかない様にしようと、心に誓った。
マニューエは考えた。
”要は『薬草園』へ、お手伝いに行けばいいのよね。 「教会」の要請も『薬草園のお手伝い』だから、別に「教会」にお伺い立てなきゃならない訳じゃないし、直接『薬草園』管理者の、聖女候補さんに話した方が早いものね”
スタスタと朝から、システナ大聖堂、東の塔の外側にある薬草園へとマニューエは向かった。 身に着ける物は、いつも通り帝国学園の制服、タケトに貰った運搬袋 それと、畑仕事用のエプロン姿だった。薬草園に着くと、其処に二人の人影を見た。
マニューエは気配を完全に消し、様子を伺った。 一人は緑色の縁刺繍が施された、薄汚れた元は白かったと思われるローブに身を包んでいた。 もう一人は濃紺地に銀糸の縁刺繍だ。 漏れ聞こえる声は、濃紺の人のもの。 内容は激しい叱責。どう聞いても、”光の精霊神”様が語り掛けて来るような内容とは程遠い、服従と忠誠を常に誓わされているといった感じか。
”だから、おかしいって。 その話の内容。 『神』とやらは、どうも偏狭で猜疑心が深いのねぇ いったいなんの”精霊”を神としてあがめているのかしら? 一度、しっかり確かめないと”
深々と溜息をつき、話が終わり、濃紺のローブの人が聖堂へ帰るのをまつ。 多分もう一人の人が聖女候補者だろうと辺りを付ける。 そう言えば、その人のローブと緑色の縁刺繍に見覚えがあった。
”あぁ、たまに早朝、学園の薬草園に行くときにすれ違ってた、あの人かぁ”
マニューエは、パンパンとエプロンを払い、その人の処に向かった。 お世辞にも美しいとは言えない薬草園を横切った。 彼女はそこに、大地の精霊の祝福も、水の精霊の祈りも見えなかった。ただ、黒々とした何か正体不明な『マジカ』の塊が転がっている様に見えた。 いくら頑張っても、これでは育たない。 マニューエはこれからの仕事の大変さを思い、気分が沈んだ。
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「お初にお目に掛かります。 貴女が聖女候補様ですね。 マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します。 学園からお手伝いするように命じられました。 授業の一環だそうです。 どうぞ、よしなに」
バッチリとカテーシーを決める。 様子を伺うように彼女を見ていたエルフィンが驚いたように目を見開く。彼女が「教会」に所属してから一切捧げられていなかった、貴人への挨拶だった。 そういえばと、エルフィンが思い出した。
”聖女候補は貴族と同等のなんだっけ”
もう一つ、思い出したことがあった。 帝国学園の「薬草園」の薬草が大層薬効が高いと噂に聞いて、夏の間にこっそりと覗きに行った事が何度もあった。 その時に、道端で彼女に貴人への礼を取った少女がいた。まさに彼女だった。
「・・・ごめんなさい。 私は、エルフィン=サザーラント。 この薬草園の世話をしています。 ・・・名ばかりですが、聖女候補です。 此方こそよろしくね」
「はい。 早速ですが・・・こちらの薬草園はどういった状況なのでしょうか? お見受けするところ、かなり荒れ果てている様に見受けられますが・・・」
周囲を見渡すマニューエ。 じっくりと観察すると、土地はやせ、精霊達の祝福も斑にしかされていない。その上、よくわからない黒々とした正体不明な『マジカ』の塊があちこちに転がっている。
「・・・ご覧の通り。 私に聖女の力が無い事が一目瞭然なの。 薬草の薬効がどうのと云う話ではないの。 薬草自体が育たないの・・・」
悲し気に目を伏せるエルフィン。そんな彼女を、マニューエは「探査の瞳」で探る。 異常に高いマジカ保有量、加護は光の精霊に加え、樹の精霊、水の精霊、土の精霊の四精霊。 十分な加護持ちと云える。しかし、加護を使用した形跡は無かった。
”魔法使いか・・・自分のマジカだけでなんでも出来ちゃうから、加護から祝福をもたらす事が出来てないんだ”
彼女の問題を見抜き、ニコリと微笑むマニューエ。エルフィンから鍬を受け取ろうと手を出した。
「エルフィンさん・・・ってお呼びしてもいいかしら?」
「ええ、私もマニューエさんってお呼びしても?」
「もちろんです。 エルフィンさん、取り敢えず、お茶でもしませんか? 何だかとてもお疲れのようですしね」
「えっ・・・ええ・・・何だかごめんなさい」
「良いのですよ、さぁ、その鍬を。 「薬草園」の再生を考えましょう。 指針から作らなくてはね」
「ええ、・・・そうね・・・」
困惑気味に、そう答えるエルフィンだったが、疲れているのには違いが無い。 マニューエを自室のある建物に招き入れた。
はて? 学園物だったはずでしたが?
そうでした、此処は、金天秤の世界ですね。




