揺れる金天秤:帝国領 第四幕 新学期
長い夏休みが終わりました。
第四幕 幕開けです。
中等科、高等科の生徒が、学院に戻って来た。 今年の活発な社交シーズンは終了する。 季節は秋になっていた。 各人が、社交の結果、手に入れた貴族社会の中の自分の立ち位置を、確認し、披露していた。親の爵位を自慢していた男子生徒は、そんな物が、貴族社会の中ではありふれた物で、自慢に値する事では無かった事実にショックを受けて居た。反対に、今まで取るに足らないと、ほかの男子生徒に軽視されていた生徒が実は、帝国でもなかなか居ない、細工師マイスターの直系の弟子だった事が判明し、女子生徒を中心に人気を集めていた事も判明した。
初等科よりも一月長い、”夏休み”。 夏休みの最後を締めくくるのは、帝国舞踏会だった。帝国の主だった上級貴族、高位文官、名誉が与えられる騎士が、招待を受けるその帝国舞踏会に参加できるのは、学院の生徒の中では、少数だった。 そんな、豪華絢爛な帝国舞踏会に参加した生徒たちは、出来なかった生徒たちの羨望のまなざしを受けつつ、其処であった事を細かく伝えるのが、夏休み明けのサロンの日常だった。
そんな騒ぎの中心から、遥かに離れた場所にマニューエはいた。
薬学の教授のアンリ=ウエイバーから”お願い”された事があり、それに掛かり切りになっていたからだった。彼女の”願い”の元は、「教会」からだった。 教会でも、学院と同じような、「薬草園」を持っている。そこは、聖女がポーションを作る為に造園された物だったのだが、近年、新たな聖女候補がおらず、現在の人員では、荒れ放題となっている。
その為、「教会」から、その「薬草園」の手伝いをしてほしいと、学園に依頼があった。 それも「名指し」で。 教会関係者がアンリから受け取った「マジカ回復薬」の効能を高く評価し、市販されている物では無く、学院の生徒が錬成した物と云う事が判明した後、その作り手に、「薬草園」の再生の手助けを要求した。当然、学園の教師がそれに「否」を唱えるはずも無く、あくまで「お願い」と云う呈でマニューエに”その仕事”を命じて来た。
学院舞踏会からの排除の結果、彼女の学院内のヒエラルキーは地に落ちていた。教師たちは招待状否送付について、後ろめたさを感じていた、もちろん貴族の息子や娘はあからさまに彼女を無視していた。クラスメイト達ももうどうする事も出来なかった。 もし、彼女と絡むようなことが有ったら、他の貴族の子弟たちから排除される。 内心、”もう教室に来ないで欲しい”とまで思っていた。
この状況は教師陣としても、甚だまずかった。 生徒としてマニューエは大変に優秀で、各科目もほぼトップの成績を修めている。彼女が耐えきれず退学すると言い出すと、学院にとっても、帝国にとっても体面が大きく傷つけられる。 この雰囲気を敏感にマニューエは感じ取ると、薬学の教授のアンリ=ウエイバーから”お願い”を受けざるを得なかった。 幸い、今後の授業の内容は、先に教授陣に指導されており、これからの授業はほぼ”実習”と云う名の配属先決定の期間だった。
教授陣は、マニューエに対し、一つの決定を下した。 彼女が「教会」の薬草園の手伝いをする事を、授業とみなすと。
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秋の月が銀色の盆を天空に掲げている。 清々した光がマニューエの部屋に降り注いでいる。中央のテーブルに月影が淡い濃淡を描き出し、二つのコップから温かい湯気が上がっていた。
「・・・それでね、マニューエ。 学院の方の舞踏会でねお会いした騎士の方なんだけどね、とっても素敵だったの・・・」
マニューエの部屋に久しぶりに、ルルの声が響いていた。彼女は学院に戻るとその晩からほぼ毎日、マニューエの部屋に忍んで来る。 彼女との約束を守りに来たと言っては居たが、その実、自分の見た光景を誰か気の置けない人と共有したかったのもある。 と言うより、マニューエに逢いたかったから来たと云うのが本音だった。
「そんなに素敵に見えたのですか」
「そうよ、凄いの。 私の知る限り、護衛としての能力は一番。 ハンネ殿下の妹君の周囲を軽く威圧しながら、彼女死角になるような場所は「探索の目」つかってたし・・・何よりも、そんな高度な事しながら、平然としているの・・・もう、凄いよ」
かるく振るだけでこれであった。 まさか、彼女の目の前にいるマニューエが本人だとも知らずに。これだけ持ち上げられては、マニューエは身の置き所が無くなってきた。 ”別の話題に振らねば”と、考えていた矢先、少し寂しそうにルルが話し出した。
「でも・・・暫く、そのお姿を見る事が出来なくなったの・・・ルーチェ卿様・・・御身内の御事情で暫く帝都を離れるそうなの・・・どこの領地の方か、父に言ってどこの領地の方か調べていたんだけど・・・」
”やばい! 商会「エキドナ」の会頭 コンカーラ=トレオール男爵の情報収集能力は、帝国でも屈指。そんな男の情報網が私を探している! これは、ヤバい。 しかし、まだ調べは付いていないようだけど・・・ホントに、しばらくルーチェ卿には出て来ない様にしなくては!”
笑顔で話を聞いているマニューエの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
「御父様はなんておっしゃってるの?」
「うん、第二軍の情報統制が固くて、何もわからないって。 きっと”北の大陸”で戦った戦士の一族の人かもしれないって。 領地を持たない戦士の一家の人なら、調べが付かないのもわかるし・・・」
「そう、そうかも知れないわね。 帝国舞踏会の会場から、いきなり「転移門」使って飛んで行かれたんでしょ?」
「そうよ、それよ! そんな事に成っているって知らない人ばっかりだったから、手渡そうとしてたハンカチ噛み締める人続出よ! すごかったわよ、その後の雰囲気。 もっとも、彼が”飛んで”いかれる前に、謝罪していたストナさんは、夢見心地だったろうけどねぇ」
晩餐会の不始末を挽回するためか、そういえばストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢が謝罪してきたな、と思い出していた。あの場では、いつも通り空気扱いしていたが、セシリア姫様の予想外の行動で、ビージェル侯爵家の名声が地に落ちている。 少しでも挽回せねば、今の自分の立場が崩壊するとばかりに、必死だった事を思い出していた。
彼女に対しては、あまりいい思い出は無いが、取り敢えずは、謝罪を受け入れた。 社交辞令を口にはしたが・・・
「あの方、ルーチェ卿が気にしていない、御家のお立場で、お嬢様とは言え警備にまで目を向けられるとはさすがですね、なんて言わる物だから、ポーっとしちゃってねぇ。 後で妙齢をお嬢様方に睨まれていたけど、笑顔で受け流してたわ・・・あれは、完全に恋する乙女ね」
たははっ と、乾いた笑みを浮かべながら、マニューエは取り合ず、自分たちが計画した”ルーチェ卿脱出計画”がうまく運んだ事を確認できた。”護衛任務”と言う一連の出来事では、いろいろ有ったが、まぁ満足のいく結末に運べたな、と マニューエは思った。
「ところで、マニューエは夏休みの間、何をしてたの?」
ルルの問いかけに、彼女は淡々と答えた。
「ええ、薬草の世話とポーション作ってた。 明日からは、「教会」の薬草園でお手伝いする事に成ったのよ。授業に来るなって事かな」
「う~ん・・・そっかぁ・・・学園側も苦労してるんだねぇ」
「そうだねぇ」
二人で顔を見合わせ”プッ”と噴き出す。何はともあれ、夜の御茶会は続きそうだった。
「教会」との関りが深くなっていきます。
彼女の行く道に光と均衡の有らん事を!




