断章 副王エリダヌス領 激戦跡地
今次大戦の最大の激戦地での話です。
タケト君、がんばれ~~
副王エリダヌスは、妖気で空間すら歪んでいる立入禁止区域へ向かうタケトの背中を見ていた。彼の妖気探知の感覚は、エセリウム街道の先に3ヶ所の巨大な妖気の柱が立っている様に感じている。 たとえ、副王の自分が命じても、魔人神官ですら、入っていかないであろう危険地帯だった。
彼は、思う。 何故あの男は危険を冒すのかと。 何が彼をそうさせるのかと。 荷運び人の矜持と言っていた彼の顔を思い出す。 ”契約は決して違えない”と、あの男は言った。 違えない事によって、何が与えられるのか? よほどの対価なのであろうと、想像するしかなかった。
*************
余りの妖気の量と敵意に、大地を踏みしめている感覚すら怪しくなってきた。 精霊魔法導師の称号を手に入れた後で、北の竜王に貰った魔道術体系の中に存在した、妖気遮断の「呪符」を使ってはいる。 視界が歪む。 高位の魔人神官でも、この中を歩むことは難しい。 妖気の敵意が体を突き抜ける。 よろめきそうだった。
目的の場所へ到着する。 もう妖気が固形化している様相を呈していた。
「やはり・・・居ますね」
虚空に呟くようにそう口に出す。 濃密な妖気の中に人影があった。霊体と化している人の様に見えた。 よく観察すると、二体いる。 一体はもう一体を護る様に立っていた。 ”話が通じますように”と、念じながらタケトは彼らの話しかけた。
「此処におわすは誰ぞ。 光の精霊神の名において問う」
「我が名は バハムート。 バハムート=キア=フォーズ そして、聖女スミレ。 光の精霊神の名において問う、貴殿は何者ぞ」
「我が名はポーター。 光の精霊神の御意思の具現者。 此処へ至る経緯を聴こう、精霊神の御意思は魂の救済」
”よし、話が出来る” タケトは思わずガッツポーズをとる。 妖気が若干揺らめく。 状況は彼が予測していた通りだった。
エセリウム街道のこのあたりで、魔人族軍と、帝国第一軍、第二軍が、激突していたはずだった。その時、帝国軍は、魔人族軍の激しい抵抗に切り札ともいえる三人の”人”を投入した。 第一軍に居た勇者ダイスケと聖女アリサ。 第二軍に居た聖女スミレ。 名前からしてこの世界の住人ではない。 ”召喚されし者”だった。 三人は勇戦し、多大な戦果を挙げ 屍山血河を作り上げたが、いかんせん此処は”北の大陸”。 莫大ともいえるマジカ容量もついに尽きる事に成った。 勇者も聖女もマジカが尽きてしまえば、只人となる。
ーーー
タケトの問いかけに、霊体の男が、応えた。 バハムート=キア=フォーズと言う第二軍近衛騎士は、ラマアーン第二王太子が任命した「聖女」スミレの護衛官だった。 倒しても倒しても湧き出て来る魔族の軍兵。 マジカも尽き果て、体力も根こそぎ奪われる。
聖女には別に、「教会」から聖堂騎士団も彼女の護衛に配されて居たが、彼らは魔法で戦う者達だった。 「神」の名前を口にして善戦していたが、彼等もまたマジカが尽き果てる。
必死に回復回路を回すが、得る物は妖気のみ。 ついには体内に妖気が満ち、”妖気暴走”が起きる。 聖堂騎士たちのマジカ経絡が青黒く変色し、血液が沸騰する。 ついには”魔獣化変異”に至る。 剛毛が全身から生え、牙が口元から飛び出す。 妖気で何倍も体が膨れ上がり、人の魂が食い尽くされる。 よほどの信念を持たない限り、そのまま怪異な肉塊に成り下がる。
「神」への妄信的信仰から、聖堂騎士は肉塊とはならず、形を成した魔獣に”魔獣化変異”した。 もはや”人”としての知能を期待するべきでは無かったのか、護衛対象を襲い始めた。 そう目の前にいた、柔らかそうな肉の「聖女」を。バハムート=キア=フォーズは戦った。かつて、同じ対象を護る為に轡を並べた、尊大な態度の聖堂騎士の成れの果てと。 ただ「聖女」を護ると、ラアマーン第二王太子にたてた誓いを遵守するため。
剣を振るい、殴り、蹴り、力の限り戦った。 しかし、彼は取り囲まれ、切り刻まれた。 視界と耳に入るのは、マジカを使い果たした無力な「聖女」の弄られる情景と、彼女の悲鳴。 絶望の中、ラマーン第二王太子に許しを請い、記憶がなくなる。 気が付くと、霊体となり啜り泣く「聖女」の姿。 自分も霊体となってはしまったが、この魂の尽きるまで「聖女」を御守すると再度誓う そして、今、タケトが来た。
霊体の語る凄惨な戦闘に言葉を探すタケト。 聖女スミレに彼は問いかけた。
「聖女スミレ 汝は召喚されし者。 元の次元に送還を望むか?」
啜り泣きを続ける彼女の口から、嗚咽と共に悲鳴のような声が出る。
「帰りたい、帰りたい、帰りたい・・・・・」
タケトは頷く。
「汝が願い、光の精霊神聞き入れたり。 聖女の証と共に送還せん。 ・・・もう大丈夫、精霊神様の処へいこうね。・・・・」
彼女を腕に抱き、「光の精霊神」へ、さまよえる召喚者を一時精霊界に滞在させてもらうように”お願い”をする。 まだ、あと二人いるとも伝える。それも同様に了承された。この世界の均衡を護る為のお願いは、即座に聞き入れられる。
霊体の「聖女」スミレの体が金色に発光する。 手に持つ聖なる錫杖と一緒に光の粒となって虚空に溶け始めた。その様子をじっと見ている、バハムート=キア=フォーズ。 タケトは彼に問いかける。
「・・・バハムートさん。 御役目お疲れさまでした。 彼女は光の精霊神様の下へ旅立たれました。 如何しますか? 護衛の任務が完結した今、ラマアーン殿下の救出に向かわれますか?」
「・・・私にその資格が有るのだろうか? 誓約を立てたのに、最後は貴殿に頼ってしまった。 殿下はお許しになるだろうか」
「きっと、大丈夫です。 貴方は精一杯やり遂げられた。 私はそう確信しています。 今、私は、十七人の騎士達と一緒に、ラマアーン殿下を探してます。どうでしょうか、一緒に来ませんか?」
「出来るのか? 私に? こんな私に?」
「貴方はラマアーン殿下と”南の大陸”へ、帰らねばならない人だ。 私が先導しましょう。此処に御移り下さい。お手伝いします」
そう言って、傍らに転がっている、彼の剣をとった。 タケトは「魂定着」の呪印を発動して、霊体を誘った。 彼は、呪印発動の光に誘われるように剣に入っていった。 光が弱まり、消える。 恭しく剣を押し頂き、静かに両精霊神に奏上する。
「精霊神二柱様に、迷える魂の救済を願い奉ります。 彼、 神聖アートランド帝国 第二軍団 第一近衛騎士団 近衛騎士 バハムート=キア=フォーズの魂を、故郷の土地に返す為、暫しこの剣に封じ、安寧を祈ります。何卒、ご加護を戴きたく、謹んで奏上いたします」
タケトの祈りが通じたのか、剣がぼんやりと光に包まれた。
「ありがたき幸せ・・・あと、何人いるんだろう? 少なくとも勇者と聖女、一人づついるし・・・俺、生き残れるかな?」
*************
副王エリダヌスは、妖気の質が変わった事が感じられた。 あれほど凶暴で敵意に満ちた妖気が、量だけは莫大ともいえるが、穏やかになった。何が起きたのかは分からないが、あの男が何かをした事だけは確かだった。 妖気が非常に強い三ヶ所の上空に、簡易転移門が形成された。 転移門が繋がった証である、「呪印」で出来た二重の輪の間が薄緑色に発光している。 深紅に発光する三本のラインが上空の簡易転移門に向けて走った。
「あいつ、やり遂げたのか・・・約束は、守らんとな」
副王は、その情景を見ながらつぶやいた。
断章、終了です。 次回から第四幕始まります。




