断章 副王エリダヌス領 エセリウム街道南部
断章です 北の大陸での話です。 絡んできます。
魔人族副王エリダヌスが治める、中央平原。 領内を一周するようにエセリウム街道が走る。 対人族合従軍戦においても重要な兵站線になっていた。 しかし、人族の侵攻の結果、南東部は寸断、激戦地となってしましまった。 魔人族が押し返したとは言え、その傷跡は深く大きい。 周囲の村々は焼き払われ、豊かだった農地は荒れ果てている。
さらに厄介な事に、特異点の中でも異様に妖気の濃い特異点が三か所、密集して存在していた。 あまりの妖気の濃さに、周囲の風景まで歪んで見える。 妖気に耐性のある魔人族ですら、容易には近寄れない場所になっていた。 また、その周囲では、”妖気暴走”頻発しており、状況如何ではその地域を丸ごと放棄する事も副王エリダヌスの視野に入っている。
そんな、妖気渦巻く地域へと続く街道。 封鎖された街道を前に、タケトは途方に暮れていた。 横には、先ほど立てた「吸魔の柱」の受領を確認してくれた魔人神官が立って同じ方角を見ていた。
「ポーター殿、封鎖された訳がお判りでしょう」
「ええ、まぁ・・・しかし、すごい妖気ですね」
「副王様もこの状況を見て、困惑されております」
「でしょうね。 でも、あと三か所なんです。 魔王様とのお約束は」
「魔人神官長様から頂いておられる地図を見せてもらいましたが、座標がまさしくあの場所ですな」
「ええ、そうなんです。 ここに入るには誰に許可を貰えば宜しいのでしょうか?」
「・・・エリダヌス閣下しか、おりません」
「ですよね」
大きな溜息を付き、前方の歪んだ景色を眺めていた。 そこに一騎の騎馬が駆け込んできた。大変慌てた様子で、魔人神官に言葉をかけて来た。
「神官殿! 副王閣下が、御越しになっております! 急ぎ館にお越しください!」
馬上からそう大声で呼びかけてきた。魔人神官はタケトの方を向いて、申し訳なさげな顔をした。
「そういう訳ですので、ご一緒して頂こう。 閣下は多分、「吸魔の柱」についてお聞きになりたいと思う」
「そのようですね。 私も、丁度閣下に魔王様よりお預かりした ”もの” が御座います。 お目にかかれるのならば有難いです」
「では、参りましょうか」
「はい、お供いたします」
騎馬が先導する後を二人は、魔人神官の屋敷への道を辿った。
*************
魔人神官の屋敷は物々しい警備が敷かれていた。 魔人神官とタケトはその警備の間を駆け抜け、副王エリダヌスの下に急いだ。 大広間の巨大なテーブルに彼は居た。 テーブルの上にはエセリウム街道南西部から南東部にかけての状況が詳細に書き込まれた地図が広げられていた。 二人が入って来るのが判ったのか、地図から顔をあげるエリダヌス。
「挨拶はいい。 時間が惜しい。 で、その男が、陛下の依頼を受けている男だな」
「はい、そうです。 荷運び人の”ポーター”と云わるる御仁です」
「ポーター?」
荷運び人ポーターの名前と顔は、エリダヌスの記憶に強く焼き付いているが、目の前の男は、その記憶と合致しない。タケトは苦笑いを口元に浮かべる。その笑いですべてを察したエリダヌス。 そうか、と云うように頷くと、地図に目を落としタケトに語り掛けた。
「ポーター、お前が設置してくれた「吸魔の柱」は、良く機能しているそうだ。報告が上がっている」
「マーグリフ卿の研究成果です。 遠隔地からの吸魔を可能にしております」
「なかなか良く出来ている。・・・これだけの地域を網羅して頂けるのは有り難いが、陛下は大丈夫なのだろうか」
「マーグリフ卿はその点も考慮されております。 陛下に直接お送りするのではなく、巨大な魂石に一度貯めておられます」
「うむ・・・それで、お前への対価は?」
「その前に、陛下より、閣下へ荷が有ります。お受け取り下さい」
そう言って、魔王から預かっている『魔眼石』を手渡した。 素早くそれを確認するエリダヌス。 『魔眼石』とタケトの顔を交互に見る。
「おまえ、これがどういった物か知らぬのか?」
「『魔眼石』ですね。 手にした者が、どんな相手でも、魅了し服従させる石、ですね」
「知っていて、何もせず渡すのか?」
「当然です。 これはお運びする様に依頼されたお荷物。 渡された時と同じ状態で、先様に届けるのが「荷運び人」の矜持です。約束を違える様な事はしません」
「・・・ほう。では受け取ろう」
「割符にお印を」
「うむ」
タケトが差し出す割符に、手をかざすエリダヌス。途端に塵に帰る割符。
「有難うございました。契約完了です」
「この仕事の対価は、もう支払われているのか?」
「いえ、まだです。 が、エリダヌス閣下にお願い出来る機会を作れましたから、それが対価ともいえます」
「私と、話をするのが、対価か・・・いいだろう、話を聞こう」
「・・・出来れば、二人でお願いいたします」
”つまり、人に聞かれてはまずい話と云うわけだ”と、理解したエリダヌスは、魔人神官に目配せをし、退出させた。魔人神官も、タケトが魔王と直接話すことが出来る、立場の男だという事を思い出して、頭を一度下げ、大広間を後にした。
「有難うございます。 では、対価としてお願いしたい儀が御座います」
「うむ、聞こうか」
「はい。 閣下の下に、人族の王族の者が捕虜として抑留されておりませんか? 居たと仮定して、私がその者をもらい受ける事をお願いしたいのですが」
「・・・大胆な提案だな」
「精霊神様のお願いです」
「そういえば、お前、そんな事を前も言っていたな」
「はい、荷運び人は職業です。使命は金天秤の均衡を保つ為の『分銅』です」
沈黙が二人の間に落ちた。 エリダヌスも魔王候補者だった事もある。また現在は副王として、魔王を補佐している。それが故に「闇の精霊神」については、古文書も読み勉強もしていた。 その中の一説に、『分銅』の役割の事が書きこまれていた。
「・・・古の契約か・・・」
「お判り頂けると、有難いですが・・・」
「あと、三か所ある」
「特異点ですね」
「すべてを処理出来たら、応えてやる」
「有難うございます。 では、封鎖地域へ入れますか?」
「許可しよう。ただし、随伴の者はいないぞ。あそこはそれ程危険だ」
「分かっております。 此方の方々を危険に晒すわけにはいきません」
真剣な目で、タケトは答える。 この事は、マーグリフ卿と魔人大神官の依頼を受けた時にわかっていた。自分の目でも見た。あれだけの妖気の中に入るのは、魔人族の神官でも無理だ。そんな事をすれば一発で”妖気暴走”する。 タケトは自分一人で行けると考えている。 彼は有る仮説を立てていた。
これまで17本の「吸魔の柱」を設置した場所で、必ず居た者があった。 ”南の大陸”から来た”人族の魂”だった。 彼らの執着が特異点となり、『妖気』を呼んでいるらしい。 残り三ヶ所の巨大特異点もそうだろう。 荒れ狂う妖気の中心には、彼が”予想”する者がいる筈だった。それならば、”南の大陸”魂を持つ自分が、彼らにたどり着き、この地を離れる事を説得する事は、此方の大陸の魂を持つ魔人族よりも確率は高い。
ある意味、賭けであった。
”いつもと同じ。 精霊神様・・・クエスト難易度バカ高ですねぇ”
タケトの言葉に、エリダヌスは静かに頷いた。
続きます




