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揺れる金天秤:帝国領 第三幕 状況打破

帝国舞踏会(初秋)前の状況


マニューエ: 「私は、只静かに暮らしているだけです。自分の出来る事をしているだけです」


彼女の心の呟きですね

 マニューエは少しだけ緊張していた。 帝都のキノドンダス上級侯爵家にセシリアが招かれていたのだ。 護衛として彼女は付き従わなければならない。 一度の訪れた事の無い、キノドンダス上級侯爵の屋敷。 封印したはずの過去が、自分に何かを問いかけて来るような気がした。


 先触れが、キノドンダス上級侯爵家に届いていた、門前に使用人たちが頭を下げて待っていた。整然と整列し、見事な統制を見せている。


「さすがは、『帝国の牙剣』の者達だな」


 呟くようにダコタ伯爵はそういった。 確かに他家の者達の動きよりも遥かに素早い。 執事と思われる男は隙が無く、良く鍛えられている様に見受けられる。 多分、皆戦闘経験者なのだろう。 馬車が到着地、扉が開かれる。 先行して護衛マニューエが降り、周囲を警戒する。 問題は無い。 馬車の中にマニューエが声を掛ける。


「姫様、お出ましください」

「はい、出ます」


 可憐な少女が馬車から降りる。 音もなく背後に回るマニューエ。 右前にダコタ伯爵が先導する。 使用人が、予定よりも早く到着してしまった事を、執事に謝罪していた。 執事の方は、特に気にしている様子も無く、にこやかに笑いながら、玄関に誘導していった。 大きな玄関扉が広く開き、明るいホールが彼らを迎え入れた。 其処には、当主 エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵と その妻アトゥール、 そして、アナトリーが頭を垂れて、出迎えていた。


「神聖アートランド帝国、第二皇太子ラマーン=トゥー=アートランドが娘、セシリア=レゾン=アートランドで御座います。どうぞお見知りおきを。 本日は、御家の御予定を乱してしました。謝罪申し上げます」


 彼らを前に、そう口上を述べるセシリア。彼女対し、臣下の礼を取らないエドアルドには敢えて何も言わない。”父に対してならば、非礼に当たるが、自分に対し臣下の礼は不必要である ” 彼女が咎めない理由はそこに有った。 非常に常識的で、且つ、エリザベートの教育の賜物だった。


「神聖アートランド帝国、西方軍団統括 エドアルド=エスパーダ=キノドンダスです。 此処に控えるは、我が妻、 アトゥール=ホリエール=キノドンダス、 娘 アナトリー=アポストル=キノドンダスに御座います。お見知りおきを。 ご丁寧なごあいさつ、誠に有難うございました。 どうぞ中へ、夜会とまでは行きませんが、御茶会の準備を整えて御座います」


「もう暫くいたしますと、母上も兄上も揃います。 また、叔父上ご一家もご一緒されると思われます。若輩の私が先に入るには、序列上問題が御座います。もし、お許しいただければ、それまで控えさせて頂けますか」


 強面で知られる、エドアルドに対し、全く動じない風に、セシリアはそう言った。 エドアルドはニヤリと頬に笑みを浮かべ、彼女に尋ねた。


「お姫様は、私を恐れないのですか」

「学院舞踏会の前ならば、きっと泣いて居たでしょう。 しかし、今は外見の恐ろしさは、帝国の為に刻み付けられた物だと理解しております。 怖れよりも畏怖と尊敬を覚えます」

「・・・よほど怖い顔をした男たちが、姫様の護衛をしていると思われるな」


 そう言って、凄みの有る笑顔を、ダコタ伯爵にとマニューエに向けた。その笑顔の意味を無視する二人。 セシリアの後ろで右手を胸に、左膝を付いた騎士の礼を取り続けている。両者とも顔はしっかりとエドアルドに向いている。 


「良い面構えの者達だ。 第二軍の者か」

「ははっ」

「ラアマーン殿下の事は・・・」

「殿下の御帰還をお待ち申し上げております」

「・・・むっ そうか。 悪かった。 姫様、良き護衛ですな」

「はい、私には勿体ない人達です」

「ははは、アナトリー、控えの間にお連れ申し上げ、他の方々がお着きに成るまでお相手して差し上げろ」

「はい、御父様」


 此方へ、と云うように、アナトリーに連れられて、控えの間で暫く待つことになった。


 *************


「一時は、どうなる事かと。 セシリア様、父がごめんなさい」

「立派な方です。 堂々と、帝国の「牙剣」として、外敵だけではなく、内部の規律も正しておられます」

「・・・どこで、そのような話を?」

「母上の下には色々なお話が入ります。 私が小さいからと、皆油断なさっております」

「まぁ、それならば、私は、とても気を付けなければなりませんね」

「「牙剣の御令嬢」のお話が本当の事ならば、私の事などよくご存じでしょ? 貴女とは仲良くなりたいと思っております」

「・・・王室関係の女性の方には、いつも驚かされてばかりです」

「恐れ入ります」


 小さな円卓を囲む二人の少女。 帝室の貴族外交をまざまざと見せ付けられて、ダコタとマニューエは鼻白む。「建前と建前の激突」 軍配は十一歳のセシリアに上がったようだ。普段のセシリアを知っているだけに、マニューエは特に驚いていた。 ”仮面があってよかった”と、本気で思う。 自分に甘えてくる姿からは、想像も出来ない。 


 ”さすがは帝室の一員。 生まれ乍らの姫様というわけだったんだね”


 彼女の弱点だった気の弱さも、自分と一緒に行動した事で、克服したようだし、強面で知られるエドアドルに対し、物怖じせず言葉を続けるだけの胆力を得ていたとは、嬉しい誤算だった。しかし、そんな彼女の肩口が少々震えているのを見つける。 仮面の下で”ふっ”と笑みが零れる。 アナトリーが少し席を立った時に、セシリアの座る椅子の横に膝を付き。彼女の目を見ながら語り掛けた。


「さすがは姫様です。 ルーチェ感心しております。 まったく、素晴らしい。 姫様は必ずこのルーチェが護り通しますので、お気を安らかにお寛ぎください」

「・・・うん、有難う。 やっぱりルーチェには、お見通しだね。 もう、怖くて、怖くてたまらないの」

「大丈夫です。姫様が怖がる必要など御座いません。なぜなら、姫様の御対応で、”相手が侮れない人物だ”との評価を下している筈です。 間違いありません」


 セシリアを力付け、元の場所に戻る。横からダコタ伯爵が小声で彼女に言った。


「得難い人物ですな」

「セシリア姫様は、帝国にとってなくてはならない人物になるでしょうね」

「・・・貴女の事ですよ」

「えっ、私の事?」

「ふふふ・・・卿は、ご自分への評価が低すぎる様に感じられますな」


 どこかで聞いた様な話を、目の前のダコタ伯爵から聴くとは思っても見なかった。マニューエは、その場で待機姿勢を崩さず、苦笑を口元に浮かた。 丁度その時、玄関から、客人の到着を知らせる先触れの声が聞こえた。 その声を聴きつつ、マニューエは思っていた。


「・・・御父様の娘は、アナトリー様おひとりなんですね」


 キノドンダス上級侯爵家に帝室の面々と、ピンガノが揃い、これからの帝国に関しての情報交換が行われた。ピンガノは、ハンネの婚約者と云う立場から、帝室の一員として認められている。 護衛に立つ面々も、第一軍団の司令部要員。 第二軍団の主要メンバーだった。 マニューエは思う、”私が居ていい場所じゃぁないんだけどなぁ”と。


 帰り際、アナトリーとピンガノに呼び止められるマニューエ。


「ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢の事はごめんなさい。いつも暴走してしまうのですわ」

「お気になさらず。 私は何も思っておりませぬ故」

「でも・・・」

「ビージェル侯爵家での出来事は、セシリア姫様が護衛の私共に対し、貴族のプライドを示されたが故。決して、誰のせいでも御座いません。 しいて言うならば、軽々に行動されたストナ嬢の自身の行いが報いたと」

「・・・そうね。 でも、ごめんなさい」

「よいのです。忘れてください」


 二人の上級貴族の令嬢に深々と頭を下げられては、困ってしまう。 そう言いながら、マニューエはキノドンダス上級侯爵家を後にし、第二王太子一家とピンガノを実家に送り届けた後、ようやく騎士団の施設に戻る事が出来た。 もう月が高く上がり、月光が三人の操る馬の行く先を照らし出す時間だった。


 *************


「実はな・・・」


 言い出しにくそうに、ゴードイン卿が言葉を紡ぎ出した。 彼の執務室に通されたマニューエとダコタ伯爵。 扉の鍵は閉められ、マニューエは素顔をさらけ出していた。 手にはグラスを持たされ、楽な姿勢でゴードインが口を開くのを待っている。


「帝国舞踏会の護衛についてだ」

「やはり、その話か」

「やはりって、何か有ったのですか?」


 渋い顔のゴードイン卿


「ルーチェ卿がな、余りに素っ気ない態度でご令嬢たちを無視されるので、上級貴族の方々が、ついに痺れを切らしてしまった」


「はぁ?」


「情報を極力絞ったお陰で、とんでもなく厄介な話が出回っているのだ」

「ルーチェ卿は、帝国皇帝の御落胤で、御目に叶うご令嬢を身分を隠してお探しになっているって、あの話か?」

「そうだ。 だから上級貴族の面々から、ルーチェ卿を騎士卿として正式に招待するので、護衛の任から外せと言ってきているのだ」


 手に持つグラスの中の琥珀色の液体を、ぶちまける様に口に放り込むゴードイン卿。なんとも形容の付かない表情をしたダコタ伯爵。 そして・・・


「どこから、そんな話になるんです? 出来るだけ目立たない様にしていただけなのに!」


 半分怒り、半分呆れかえってマニューエは吐き捨てるようにそう言った。遠い目をしながら、ゴードイン卿は呟くように言った。


「多分、話の出所は第二軍団の若い騎士達だろうな。 随分とルーチェ卿に心酔しているようだし」

「・・・訓練で、相手にした人たちですか・・・」

「そうだろうな。 貴女と剣を交えると、自分の至らない点に気が付き、それを貴方が矯正する。 みるみる上達し、壁を乗り越え高みを目指せるようになる。 見事な教官ぶりだ・・・その事で・・・」


 大きく目を開き、驚きに言葉が出なくなっていた。


「マニューエは貴女が言った通り、精一杯協力してくれている。貴方の言葉と行動は約束通りだ・・・それが故に心酔する者が居るのもまた事実だ・・・」


 ダコタ伯爵の言葉に更に言葉を失う。一生懸命に何かをすると、自分を縛る頑丈な鎖になって帰ってくる。

 ”これって、自業自得であってたっけ?”

 失った言葉をかき集める様に、マニューエは考えを纏めようとする。


「目先、護衛の件ですが、どういたしましょうか?」

「もう、上級貴族達の要望はこれ以上無視できない。 今日有ったような事が、これからも頻発するだろうしな」

「で、では、もう護衛は出来ないと?」

「現状では加熱しすぎて、状況を制御する事が難しい」

「セシリア様には?」

「今日の対応を見る限り、十分にご説明申し上げれば・・・なんとか」

「・・・セシリア様は、もう十分に帝室の姫様としてやっていけますよね」

「ああ」


 今日のセシリアの考えかた、態度、そして彼女が身に着けた度胸。もう、マニューエが居なくとも大丈夫だ。本当に大変な時は、陰ながら護衛を務める。帝国学院に居る間はそれも可能だ。 本当にここを去るまでには、あと一年以上ある。 その間に、本当に自分なんか必要のない状況になっているだろう。 いや、そうなってもらわないと困る。


「では・・一つ考えが有ります」

「なんだ?」

「帝国舞踏会の現場で、帝室関係者を前に、バックレます」


 一瞬の沈黙を置いてから、男達の口から素っ頓狂な声が漏れた。


「「はぁ?」」

「逃げますよ、そんな毒蛇の巣みたいな場所からは、こうすれば良いのですよ・・・・・」



 彼女の提案に、二人は驚き、彼女の語る大胆な計画に最後はニヤリと悪い笑みを浮かべながら了承した。





第三幕 終幕です。


第三幕では色々な状況が生まれてきました。 帝国舞踏会、「教会」、 マニューエの立ち位置の変化

 第四幕で、それらが、うまくハマるように努力します。 まだまだ書いていきます。


次話: 断章が入ります。 乞う、ご期待

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