揺れる金天秤:帝国領 第三幕 晩餐会 ストナ
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帝国舞踏会の開催式次第が騎士団へ伝えられた。 第一軍、第二軍の近衛騎士、近衛魔法騎士には、当日の要人護衛が割り振られてた。 第一軍はリュミエール第一王太子一家および関係者。 第二軍はラマアーン第二王太子一家、鉄血宰相レヒト=エルフィン侯爵一家、および関係者 と、通達が成された。
またも、第二軍の近衛魔法騎士を束ねるゴードイン卿が頭を抱える事態が勃発していた。原因はセシリア=レゾン=アートランド姫様の護衛についてであった。 エリザベートからは当然の様にルーチェ卿の専任を要求されている。これは想定内で当然の要求だった。 今年の社交シーズンを通して、完璧にセシリアの護衛の任務を果たしていたし、突発的な要請にも、即時対応できていたからだった。
問題は、他家の方々、特に上級貴族の方々からの要請だった。 内容が内容だけに、取り扱いに困り果てていた。 簡単に言えば、ルーチェ卿の護衛任務を外せだった。 ルーチェ卿が問題行動をして、懲罰的に任務を外せと云うのなら判らないでもない。 以前、護衛対象に恋慕した不届きものが居た事があった。 当然、その者は解任、降格人事を受け騎士団から去った。
しかし、ルーチェ卿にそういった事実は無い。 対象が十一歳のセシリア姫、また、ルーチェ卿一人ではなく、諸般の事情により、必ず強面の騎士か魔法騎士が付き実質二名体制での警護になっている。相互監視もしているので、その懸念は発生しない。 ゴードイン卿は要請文を確認してみる。 書き方は、丁重な物から、高圧的なものまで、多種多様だったが、内容がほぼ一致している。曰く
”第二王太子家ばかりずるい。 ルーチェ卿を自由にして差し上げろ。 我が家の娘にも、機会を与えよ”
もう、何も言う事が出来無い。 大貴族の横紙破りはいつもの事だったが、これはひどい。 ルーチェ卿の優秀さは衆目一致で認められている。 たとえ仮面で顔を隠していても、その佇まいから、高貴な家の者で有る事は間違いなく思われる。 北の大陸で戦い、顔に大きな怪我でも受けたのだろうと、噂されている。 そこまでは、良い。 しかし、ルーチェ卿としか記載されていない騎士名簿から、貴族たちは、どこかの銘家の隠し子、皇帝陛下の御落胤を疑っている。
第五王太子セルシオを鮮やかに撃退した”学院舞踏会決闘”事件。 それが根拠になっているらしかった。 勇者の称号を持ち、「光の剣」を振るうセルシオを 『素手』で撃退し、光の剣を破壊した程の腕前。 セルシオと同じく、神聖アートランド帝国皇帝の隠された御落胤では無いかとの噂。
上級の貴族達が色めき立つのも無理は無いと思われ、誰に相談しようかと思案に暮れる。溜息をつきつつ、要請文を纏めていると、ノックの音が聞こえた。
コンコンコン
「ルーチェです。 本日のご予定をお聞きしたい」
ゴードイン卿は渋い顔をしながら、マニューエを招き入れた。 椅子を勧めた。
「待っていた。 本日、セシリア姫様は、キノドンダス上級侯爵家 と ビージェル侯爵家に、ご訪問される。 最初にビーシェル侯爵家。晩餐会の後、キノドンダス上級侯爵家へ移動、エルフィン侯爵家のピンガノ様がご訪問予定だ。 エルフィン侯爵家には私が行く。 貴官の今宵の同僚は ダコタ伯爵になった」
「承りました。 すぐにセシリア姫様の下へ向かいます。 申し訳ございませんがいつも通り、馬を借り受けます」
「頼んだ。ダコタ伯爵は厩にて待っている筈だ」
「急ぎます」
「うん・・・」
「如何しました?」
「任務終了後、帰還したら少し話したい」
「重要な話のようですね。判りました。 では、行ってきます」
マニューエは立ち上がると、急ぎ厩へと向かった。 護衛対象者を待たせるわけにはいかない。 本日の任務も、長時間になりそうだった。
*************
ビージェル侯爵家、晩餐会。 帝室の方々を招き、盛大に執り行われる。姻戚関係者が多数詰めかけていた。侯爵家は、第一軍の軍事参謀職を代々輩出している銘家だった。当代当主もリュミエール=アジーン=アートランド第一王太子の参謀職に任命されているが、担当は帝都守備隊で、北の大陸には出兵していない。 後方守備隊の参謀職だった。戦闘部隊でも遠征部隊でもない当主は、血の匂いも命の遣り取りも知らずにいる。
銘家の誇りだけはたっぷりと持った男だった。 北の大陸での戦いが収束し、遠征軍が帰還した現在、軍内部で生き残りをかけて暗躍している。 この晩餐会もその一環だった。 ここで、リュミエールや彼の側近に気に居られておけば、まずは安泰と考えられる。
リュミエール第一王太子が、ビージェル侯爵家の門を潜ったのは、夕刻。 夜の帳が陽の光を駆逐し始めた時だった。 豪華な帝室関係者が乗る馬車が、門前に着きリュミエールと、その妃グレース、そして アルフレッドが降り立った。 リュミエール一家の護衛には、北の大陸での側近たちが務めており、さながら第一軍の司令部そのものが、現れたような物々しさだった。
ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢もその場に居て、接待をする様に父親に命じられていた。戦場帰りの荒々しくも禍々しい雰囲気を纏った男達に腰が引けてしまっている。 笑顔が固い。 他人が見れば無理をして付き合っている様に見える。 とても、歓待している様に見えなかった。 当然、会場の雰囲気も固く、談笑も弾まない。 当主は焦っていた。 その時、ラマアーン=トゥー=アートランド一家の到着が伝えられた。
エリザベート=ラーブ=アートランド妃殿下が、にこやかに入室してきた。”夫ラマアーンの名代として参りました”との口上に、ビージェル侯爵は、助けられた思いがした。 グレース妃は、エリザベート妃に近寄ってホッとした様に談笑をはじめ、その周りにビージェル侯爵家の姻戚女性が集まり始めた。
ハンネに付き添われ、セシリア=レゾン=アートランドも屋敷に入って来た。 可憐なその姿に、ピージェル家の老女達は目を細める。 セシリアは招待の礼を述べ、老女たちは彼女を囲んだ。ハンネは、アルフレッドの下へ行き、周囲を軍関係者に囲まれる。 セシリアを取り囲んでいる老女達は、二人の護衛の視線を感じた。 一人は若く鋭い、もう一人は老獪な視線を配っている。 けっして、無作法なわけでは無く、警備について知る物ならば、当然の事だと思っていた。
しかし、その視線に耐えられない者が一人いた。ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢だった。
「当家には、ご招待した方々に不快な思いをさせる様な者は居りません。 御下がりください」
侯爵家の警備体制が不十分だと言われている様な気がして、ついそう言ってしまった。 その実、彼女は目の前にいるルーチェ卿と、少しでも会話を交わしたかっただけだった。 緊張した目が彼女に集まる。 ルーチェ卿も何も言わず、静かに護衛を続けている。 ダコタ伯爵は不遜な態度を示したストナを見下ろしていた。 セシリアが老女達の間から抜け出し、ストナの前に立った。
「ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢 セシリア=レゾン=アートランドです。 お見知りおきを。 さて、私の護衛が貴女様の御不興を買ったようですね。 誠に申し訳ございません」
「い、いえ、そのような事は・・・」
「彼らは、我が父の良き相談役であり、盾でした。 その縁もあり、私の護衛に心を尽くしてくれています。 彼らに対する御不興は全て私の責でもあります。 謝罪いたしますわ。 ストナ様には、かなりご立腹の御様子、ここは、私に免じお許し頂けないでしょうか?」
「ひ、姫様のせいでは決して、有りませんわ、 あの方達が不躾な目で・・・」
「ストナ様は、お許し頂けない様ですね・・・仕方が有りません。 せっかくのご招待ですが、これで辞させていただきます。 母と、兄をよろしくお願いいたします。」
「そ、そんな・・・」
毅然とした態度でそう言うと、
「ルーチェ、ダコタ、行きます」
と、二人を従えて、そのままビージェル侯爵の屋敷を後にした。
*************
「姫様・・・あれは、如何なものでしょうか?」
馬車の中で、マニューエが苦言を呈した。かなり姫様の我儘な部分が多い。 招待された晩餐会を、挨拶だけしてさっさと抜け出したのだ。いいわけが無い。
「姫様にしては、珍しいですな。 なにか、御気に障った事でも?」
ダコタ伯爵が問いかける。
「あの人、文句を言いに来た振りをして、ルーチェに言い寄りに来たのよ。 ダコタ卿判らなかった?」
「ああ・・・やはりそうでしたか」
「最近、特に上級貴族の令嬢たちに、そういった行動が見受けられましてよ、私にも判るくらいに。 お小さい人達は、私にも苦情を言ってこられます」
「なんと! それは、いけませんな」
「ダコタ卿は、驚かれた振りがお上手では御座いませんね」
にこやかに微笑みながら、ダコタ伯爵の痛い所をつく。 長年箱入り娘として大切に育てられて来た姫様では有ったが、それがゆえに、母親譲りの人を観察するする術は、長けている。逃げ道を与えながらも追い詰めるさまは、父親のラマアーンにそっくりだった。
「姫様、ダコタ伯爵様は姫様を御守したいだけなのです」
「わかっております ルーチェ。 でも、私は只守られてばかりです。貴方達の負担を軽くするのも私の役割の一つです。 ごめんなさい、私が出来る手立ては余りないの。 ああいえば、子供の我儘で済むでしょ」
「姫様・・・申し訳ございません。 我らが不甲斐ないばかりに」
「いいの、・・・あのストナって人、ちょっと嫌な方だなと思ったまでです」
騎士二人は、十一歳の少女に深々と頭を下げた。この事で、大事な『賓客』の気分が台無しになってしまった晩餐会は、所定の時間よりだいぶ早く散会となり、彼の立場は益々微妙なものになってしまった。せっかく作った機会が、ビージェル侯爵の首を真綿で締める結果に終わってしまった。彼の姻戚達は、彼について、「子供の躾すら満足に出来ぬ男」のレッテルを張り、以降彼の言動に重みが無くなってしまった。
この事態を引き起こしたストナは、余りの余波の大きさに唯々震えるしか無かった。
小さな出来事が、思いもよらない結果を生みます。




