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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす
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金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす その7

魔王さん ちーっす

 立ち上がったはいいが、まだ、十分にマジカの回復はされていない。この北の大陸では、光の精霊神の力は弱い。南の大陸に居る時の三分の一のスピードでしか回復しない。そして、何より、魔王の「吸魔の力」で吸収されたマジカはほぼ全量。立っていることすら難しい。


 ”さて、本当にお話出来るでしょうか?”


 不安で一杯な先行きでは有ったが、原初のお願いの為には、何としても魔王の誤解を解いておくべきだった。


 ”精霊神様! ご加護、マジお願いします”


 タケトは、本気で祈りつつ執務室へ向かう階段を上った。

 先程は、多重結界が張られていたが、自分や四候が何度も通過した為か、今度はあっさり扉の前に到着した。重厚で意匠を凝らした扉が、目の前にあった。目を凝らすと、意匠は防御大魔方陣を描いている。そう易々と抜けるような術式では無い。無いのだが、大きく欠けた物がった。マジカが通っていない。つまりは、ただの扉と同じ・・・ふと、振り返ると、マーグリフが親指を立てて、ウインクしている。他の三人、レグナル、ポリエフ、ゲーンは頭を垂れている。


 ”なんだよ、もう・・・”


 四候の願い。重い、重すぎる。腹を決めなくでは成らない状況に追い込まれた。扉をノックしようとして、やめた。きっと拒否される。そうなれば、中に入ることもできない。そっと扉を押す。滑らかに、軋みもせず、扉が開いた。身を滑り込ませると、扉が閉じマジカが扉に通じた。


 ”・・・嵌めやがった・・・”


 溜息が出そうだ。明るいシャンデリアの元、巨大な執務机の上に魔王が寝転がっていた。表情はよくわからない。足元の絨毯には、恐ろしいほどの防御魔法が織り込まれている。自動防御はまだ作動していない。


「・・・あのぉ~~~。すみません。ちょっといいですか?」


 取り敢えず、声を掛けてみる。


 *************


 薄ぼんやりとした特徴の無い顔をした荷運ポーターび人が、こちらを伺っていた。


「なんだ、お前か? 何の用だ?」


 眼から溢れだした涙をぬぐい、そっぽを向いた。


「・・・少しお話がしたくなりまして、はい」


「話? ・・・まぁ、いいが」


 体を起こし、執務机から降りる。対勇者用の装備が重い。音は立てないが、そこら辺の重装備より、はるかに魔法防御力も物理防御力もある。ざっと見積もっても、数百倍。勇者の渾身の一撃を、並みの衝撃力に落としてくれる。その代り、重い。


「あぁ、すまん。話をするんなら、この鎧 外していいか? それとも、装備したまま話さなきゃならんことか?」


「もちろん、外してもらって結構です。私には、まともな装備もないし、魔王様をどうこうするなんて、思ってもおりませんから」


「そうか。じゃぁ、ちょっと待て」


 マント、肩当を落とす。手甲を外し、ブーツを脱ぐ。 脇の留め具を外し両肩のヒンジのピンを抜く。ガシャリと胸当てが落ちた。軽くなった。 魔方陣の縫い込まれた鎧下を脱ぎ、同じくズボンを落とした。一糸まとわぬ姿に成ったが、別段なんとも思わない。


「・・・ふぅ。 着替えてくる。誰か! 装備を元の場所に置いといてくれ!」


 そう言ってから、自室に向かう。なに隣の部屋だ。何を着ようか。一応客人だし、害意も無いと言っている。まぁ害意があった時点で、絨毯が引き裂いてくれるが・・・そうだ、久しぶりに”あれ”を着てみよう。転換術で男の体になってから、もう大分たつ。せっかく貰ったのに、着る機会もそうそう無かった”あれ”を着てやる。 あいつ、どういった反応するか、ちょっと楽しみだ。

 クローゼットの奥から、古びたトランクを出す。封呪を外し蓋を開ける。中からトルソーが立ち上がり、右側に小物入れ、左側に履物収納が起き上がる。


「あいつらの特注品らしい」


 頬に笑みが浮かぶ。 下段の小物入れから下着を取り出す。ストッキング、ガーター、ショーツ。ブラは無い。 上段の引き出しからブラウスを出す。パフ袖のブラウス。生地は夢魔蚕の吐く糸を魔力と一緒に紡ぎ、とある大魔方陣を地模様に作ってあるブラウス。袖を通すのはこれで何回目だろうか。トルソーから、胸当てのついたスカートを外す。首に輪を通し、腰のベルトを締める。前垂れをつけたら、ウエストニッパーをつける。おなかの方で締め上げるので、一人でも着られる。後は履物収納から、ハイヒールを出して、履き、足首の留め具をとめた。 鏡の前に行き、上から下までチェックしてみる。よし、作った時と何も変わりは無い。


 さぁ、話を聞こうか


 *************


 魔王が突然装備品を脱ぎ始めた時は、思わず止めようかと思ったタケトだったが、まぁここは魔王の館だし、相手は魔王だし、いいか~~などと思っていた。しかし、現実はタケトの想像を超えていた。まさか全部脱ぎ捨てるとは思っても居なかった。魔王の裸体は、魔族特有の匂い立つような妖艶な空気を撒き散らす。白磁よりも白い肌、メリハリの利いた体形。世界でも最高峰の彫刻家が、渾身の力を振り絞って彫りだした、白大理石の裸像がそのまま動いているようなそんな気がした。


 ”ちょ、ちょ、ちょっと、魔王さん、貴方何をしておいでですか? この世からサヨナラする前のご褒美ですか? いえ、いえ、まだサヨナラするつもりなんか、有りませんから!!”


 そんな彼に、一瞥もくれず、魔王が扉を開け、隣室に去った。ちょっと”ホッ”としたタケト。魔王の言いつけが虚空に消える前に、横の扉から一人のメイドが出てきた。

 メイドが魔王の装備を運び始めた。部屋の隅にあったマネキンに装具をつけていく。かなり重そうだっだ。


「・・・手伝おうか?」


「結構です!」


「はい、すみません」


 ピシャリとメイドに断られるタケト。


 ”そうですよね~~そりゃそうだ。それは、貴方の仕事で、私は此処に来た人ですからねぇ”


 敢えて、好意的に考えようとしたが、冷たいメイドの視線で現実に引き戻された。


 ”招かれざる客ですもんねぇ”


 魔王の鎧も片付き、手に鎧下とズボンを持ったメイドは執務室を出て行った。執務室に静寂が戻った。広い部屋に一人でいると、何となく心細く思う。何気なく天井のシャンデリアを見上げた。


 見事な作りだった。 よく観察すると、キラキラ光るシャンデリアのパーツはガラスではなく、すべて輝石で出来ていた。大部分はたぶん金剛石。つまりダイヤモンド。アクセントにサファイヤ、ルビー、アメジスト、オパールなども使われている。光源はルーモス。熱を出さない光る蝶だった。何千匹もいると思われる。瞬きが感じられるのは、蝶の羽ばたきあるからか。


 あっけに取られるように、シャンデリアを見つめていたタケトに、


「見事なもんだろ。子供のころ、これが見たくてこの部屋に侵入しようとした事があった」


 そう声がかかった。魔王が部屋に入ってきた。タケトの視線が魔王に向いた時、魂の叫びを聞いた。

 ”うぉ いい女!!!”


 そこには、にこやかに笑う、魔王がいた。美の女神に”特別に恩寵を与えたんだろ、そうなんだろ”と問い詰めたくなるような、恐ろしくも妖艶な女性が歩いていた。 一歩一歩 足を運ぶたび、前垂れと、スカートの間にあるスリットから漆黒のストッキングに包まれた足が覗く。


 ”やっぱり、ここでこの世からサヨナラなんですか、精霊神様?”


「でだ、話ってのは、何かな?」


 魔王の言葉で戻ってきた。


「い、いや、その、まぁ、なんです」


「私からも、ちょっと尋ねたい事があったんだ」


「えっ? ええ、判りました。魔王様からどうぞ」


「そうか、悪いな。 お前、私の顔を見て話が出来るのか? 人族だから出来るのか?」


 タケトは”あぁ”と納得した。魔王は魔人族と目を合わせられない。つまり顔を見て喋る事が出来ない。彼女が魔王として立った後、魔人族の誰一人として、彼女の顔を見て話をしたものは居ない。


「ええっと、それはですね、ちょっと込み入った話になります」


「ん?」


「人族は魔王様を見れません。端的に言うと、私は”只人”では御座いません。」


「そうなのか?」


「人族ならば、見る前に、魔王様の妖気に当てられて、ぶっ飛びます、物理的に」


「あぁ・・・そうだろうな。 じゃぁお前はなんだ?」


「ええっと・・・これは、ご内密にお願いしたいんですが・・・」


「もちろん、そのつもりだが?」


「私はこの世界の人族ではないんですよ」


「はぁ?」


「勇者と同じ、異世界からの召喚者なんです。それもかなり変わった立ち位置の」


「両精被守護者?」


「ええ、そうです。だから、光の精霊神様から、直接陽性のマジカを頂いております。と言っても、その必要が有る時に限りますが」


「その時って?」


「まぁ、今みたいに、精霊神様のお願いを実行している時でしょうか・・・私も今しがたわかりました。魔王様がこの部屋に入られた時、何か上位の回路が開いて、直接注ぎ込まれている感じがします。」


「ふ~~ん。そうか。お前が吸い取っているわけじゃないんだな」


「違いますよ、さっきお話しした時、まだ、回路が開いてなくて、自前のマジカで対応しましたが、消滅寸前でした。ほんとにやばかった」


「あはははは、そうだったんだ。 たしか、古文書にそんな事が書いてあったようだな。相対消滅だったか?」


「その通りです。魔王様が全力を出して吸わないなぎり、私の方は少しづつしかマジカを消費しませんから、問題には、なりませんし、魔王様の方はマジカの保留量が減りますから、時間が稼げるようになります」


 ”はっ”とした顔をした魔王。そして探るような眼をタケトに向けた。


「どこまで、知っている?」


「闇の精霊神様との古の契約の事ですか? それなら、此方こちらの世界に来た時、教えてもらいました。たぶん全部」


「そうか、お前は両精被守護者だったな。古文書と辻褄が合うな」


「そう、こうやってお話をする。この世界にとって、とても大事な時間です。貴女が居なければ、この世界の均衡は崩れ、魔人族も、人族も、大地も、空も、世界も、混沌に飲み込まれてしまいます。」


「精霊神様の御意思か?」


「そうですね。世界の未来を紡ぐ為」


 魔王は目を伏せ、考え込むようなしぐさをした。実際、時が固まったように、すべてが動かなくなった。しばし後、


「うん、わかった。」


「よかった。誤解は解けましたか?」


「そうだな、お前が何者で、何を成そうとしているか理解した。どうだ、ここでは何だ、バルコニーに出て茶でも飲まんか?」


「いいですね、魅惑的な『お嬢様』との御茶会。素敵な響きです」


 タケトの顔に笑みが浮かんだ。魔王は茫洋としたタケトの表情に初めて人らしい感情のこもった表情を見た。なぜか、とても安心した。


「そうか、それは良かったな。サキュバス共”数百人”灰にした価値はあった」


「はぁ?」


 果てしもなく物騒な言葉が魔王の口から出て、タケトは驚くよりも困惑した。


「この”服”だ。私を良く思わない先代の重臣共が、サキュバスの長に働きかけてな、そん時、怒りに任せて来た奴等を片っ端から灰にした。あいつ涙目で”もうやめてください”って言って、絶対服従のしるしに、この”服”を作ってくれた」


「・・・噂に聞く『サキュバスの聖衣』ですか・・・見るものを淫欲の塊に変え、その魂を永遠に着ている者に従属させると云う・・・」


「さすがのお前でも、実物は見た事ないだろ」


「精霊神様のご加護がなかったら、今頃、ぶち切れて魔王様に襲い掛かって、灰になるところでした ナンテモノ着てるんですか・・・」


「フフフ、だが、お前は撥ね除けた・・・これから、よろしく頼む」


 満足げな笑みを、魔王は浮かべた。


「いえ、此方こそ」


「それでな、こう言っちゃ何だが、お前の使命が判った今、私から一つ贈り物をしたいと思う」


「えぇ、頂けるなら、お断りする理由もございませんよ」


「うん、ありがとう。私の”真名”サラーム=エクラ=ベルトール って言うんだ」


「また、軽くトンデモナイ物を・・・誠に大きな『贈り物』で御座いますね。有難く頂戴いたします」


「じゃぁ、お茶会しようか」


 魔王は、バルコニーに続く外回廊への扉を開きながらそう言った。

タケトは、今、まさに、「金天秤、闇の上皿」に乗ることが出来たと、確信を持てた。



「魔王さん ちーっす」


次章 「金天秤 光の上皿」乞うご期待

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