揺れる金天秤:帝国領 第三幕 姦計 教皇
マニューエの周辺がきな臭くなってまいりました。
システナ大聖堂は、神聖アートランド帝国が建国された当初に建立された由緒正しきものだった。 今週当初は、次代の聖女を育てるための専門機関だった。 統一された人族領域全土から、マジカの内包量の大きい子女を集め、回復系の魔法を教え込む。候補達が互いに高め合って、最高峰にまで達した候補が、当代の聖女によって、認められると、次代の聖女として後を継ぐ。そんな、伝統と格式をもった聖堂だった。
現在の聖女は帝国皇帝王妃。彼女がその資格を持ってはいるが、次代の聖女はまだ候補者すらいない。その期間がもう三十年にもわたっている。原因は最初の篩にあった。 帝国領域全土から集められる筈の候補者が貴族の特権となり、さらに彼らは十二歳に成るまでは親元で、十二歳からは帝国学院で学ぶ。素質の有る無しではなく ”貴族社会の一員”と言う頸木が有る為、人材が揃わないのだった。
貴族の女子の中にもマジカ保有量の多い物はいるが、重要な初期の教育が親元で行われる為、魔法の発動に必要な想像力が決定的に足りていない。貴族社会の弊害が出ているとも考えられていた。 また、それを固定化させているのが、教会と呼ばれている組織だった。 長い年月の間に、設立当初の候補者を見出す立場から、”神”の恩寵を与える立場に組織が変質していた。
また、彼らの構成人種も偏りがあった。 もともとマジカ保有量が多く、魔法にも長けたエルフ族で高位の官職がうめられてる。能力が有る物が上に立つのは間違いでは無いが、人族の神聖アートランド帝国内で、巨大な発言権を持つ組織がエルフ族で占められている事を危惧する者も居た。 確かに、現在「教会」の意向は内政に多大な影響を与えている。彼らの意向を無視して新たな法は作ることも出来ない程だった。
その絶大な権力を危惧する者に対し、「教会」は、彼らを「神の敵」と呼び、容赦なく敵視している。
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マニューエはシステナ大聖堂を後にした後、待機任務に就く為、第二軍騎士詰所に足を運んだ。 「隠者の歩み」を使い、詰所に潜り込む。 最近は騎士たちの練度も上がり、二段階ほど「呪印」の強度を上げている。皆、気配を読むことが格段に上達している。自分が相手をしている騎士達の能力が上がる事は嬉しいが、組む「呪印」の難易度が徐々に上昇し、いずれ自分では対応できなくなるのではないかと、マニューエは思っている。
詰所で自分の装備に着替え仮面を付け、軽兜を被る。 そこで初めて、「隠者の歩み」の「呪印」を解く。 其処からは、ルーチェ卿の時間だった。 彼女が待機所に入ると、ゴードイン卿が其処に居た。今日の予定を聞きに彼の下に向かう。
「こんばんは。 本日の予定は?」
「おう、ルーチェ卿。 今日は一般待機だな。 緊急が無い限り、遅くまで居る必要はない」
「それは、助かります。 ここしばらく連続でしたからね」
「すまないと思っている」
「出来る限りは・・・お手伝いします。 しかし、もうすぐ夏休暇も終わりです。初等科の方々も帰ってまいりました。 帝国舞踏会まで、もう少しです」
「そうだな。 幸い、セシリア姫様も我られを恐れなくなってきているし、帝国舞踏会で貴官の任務は一旦終了だな」
とても、いい笑顔でそう答えるゴードイン卿。 マニューエはホッと胸を撫でおろした。 彼とダコタ卿がマニューエの防波堤となってくれているが、色々な所からの、ルーチェ卿に関する問い合わせが増大している。 帝国舞踏会が終わったら、一度ルーチェ卿は帝国本領から ”旅立って”貰う事に成っている。
「そうそう、ゴードイン卿は、「教会」について何かご存知ですか? 実は先程、教会からの呼び出しがあって、行ってまいったのですが・・・」
マニューエが先程有った出来事を話し始めた。呼び出したにもかかわらず、内部連絡が全くと言っていいほど機能していない事。 対応した聖職者のあまりな態度。 いきなり 「神」 に対する懺悔を強要する姿勢。 思い通りに成らなければ、服従の魔法をいきなり仕掛けて来る驕慢さ。 「聖堂」と云う聖なる場所にも関わらず、そう言った数々の行動にいささか違和感を感じていた為だった。
「そうだな・・・あそこは治外法権みたいな場所だしな。奴らの言う「神」とやらも何かしっくりこないな」
マニューエは、ゴードイン卿の言葉に思い当たる節があった。懺悔室にいた聖職者が言った言葉。
”さぁ、神の力の前に跪くのです!”
光の精霊神様は絶対に強要しない。恩寵と加護を与える事はあっても、崇拝を強要される方ではない。マニューエは自分の感じていた「違和感」の原因が分かったような気がした。
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「教皇様・・・誠に申し訳なく」
「・・・いいわ、まだ手はあるわ。それに彼女の状況は変わっていない」
「それは、そうなんですが。如何取り計らいまししょか」
「そうですね。少し時間をおいてから、もう一度接触をしてみましょう。帝国舞踏会が終わり、学院に生徒達が戻ると彼女の孤独感は深くなります。 その時にでも」
「判りました。では、”あの娘”を使ってもう少し押してみます」
「程々に、余り追い詰めるといけません。 自然にこちらを頼る様に仕向けなくては」
「御意に御座います 教皇様」
「頼みますよ バヌアン=フラール 全ては「神」の御意思なのですから」
「御意」
システナ大聖堂の最深部。 教皇の執務室で、教皇がバヌアンと話し合っていた。下級懺悔聖職者が上にあげる筈の面会依頼を握りつぶして、己が力を誇示しようとして、大事な目標を怒らせてしまった。 彼女が咄嗟に使ったとみられる魔法にも、強く興味を引かれている。
教皇は、彼女の力が、エルフ族の高位魔法使いを凌駕すると確信している。学院の教師からも、彼女の高い能力は伝えられている。何としても彼女を絡めとって、その力を「教会」ひいては「神」の為に使うのだと心に決めていた。
教会関係者が 黒いです。 えてしてそうゆうものです。正義は厄介です
この世界の理に関わらず、良心は暴走し正義の旗印の下に他者を認めない視野狭窄に陥りますねぇ




