揺れる金天秤:帝国領 第三幕 教会 バヌアン
いよいよ、第三幕本編です。張り切りすぎない様、頑張ります。
学園に生徒が戻り始めた。 と云っても、まだ社交シーズンは終わっていない。 初等科の十二、十三歳の一般貴族の子弟が戻って来たに過ぎない。要は、此処からは大人の時間と云う訳だった。
初等科の生徒は詰まらなさそうに実習をこなしていた。この時期学内に居る中等科、高等科の生徒は、何処にもお呼びのかからない貴族の子弟か、問題を起こした子弟しかない。 幸いな事に今年は、各方面からの苦情が例年に比べ著しく少ない。 何故ならば、女子生徒の多くが出席する夜会をかなり絞り込んでいる為だった。
”ハンネ殿下のご婚約のお祝いの為に、ハンネ殿下家族の出席するパーティに積極的に出席するため、他家の方々の小規模なものはお断りしている。” 多くの女子学生達が、その様な理由をあげて、細々とした夜会をキャンセルしてしまっていたのだ。 当然、よくある夜会での男女間のトラブルが減少している。 しかし、彼女達女子生徒の本当の目的は、ハンネの妹の護衛官にあった。一目、護衛官を見ようと、ハンネ一家が出席すると噂される夜会、舞踏会、御茶会に集中してしまうのだった。
ハンネ一家は帝室関係者な事もあり、十分な警護人数が割かれる。 それゆえ無用のトラブルが減じ、今年の社交シーズンは、平和的に、穏やかに進んでいっていた。
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夏休暇の期間中、ほぼ毎日マニューエは第二軍団 騎士詰所に通っていた。いつ緊急の呼び出しが掛かるか判らなかったからだ。 特に夕刻から夜半。 その為、彼女の日課は、薬学の教授に頼まれていたポーションを朝から昼にかけて作り、それを教授の下に届けてからその足で詰所に向かい、待機すると、いうものだった。
薬学の教授に頼まれたのには訳が有った。 地の大精霊の加護を持つマニューエが薬草園の世話をするだけで、薬草の効果が高まっていたからだった。 ポーションの素材となる薬草は、本来ならば山野で摘まなければならないが、授業の為の薬草を帝国領域内の原生地に行くことは甚だ非効率で、危険も伴う。その為に、学園内の薬草園で育てられているが、どうしても原生地に比べ、薬効は落ちる。
しかし、マニューエが世話をするだけで、原生地よりも高い薬効を持つ薬草が茂り始め、薬学の教授が其処に目を付けたと云う訳だった。 特に夏休暇の間、薬草が良く育つ。マニューエが学園内に夏の間留まる事を知った教授が彼女にお願いしたのだった。 もう一つ重要な事もある。彼女の作る初級ポーションがの薬効が初級ポーションなのに、薬効自体が高品質級並みと云う、高位薬剤師並みの能力があった。
初等科、から高等科の魔術師の卵が頻繁に使う「マジカ回復薬」もその中に含まれる。彼女は教授に請われるまま、そのポーション類の大量生産を行っていた。彼女の朝の散歩は、その薬草園に向かう為のものであり、帰りは十分に育った薬草を摘んで、薬学実習室でポーションを作る。 町で買えば金貨数枚を払わなければならない品質のポーションが、毎日大量に作られていた。
そこまでしても、マニューエのマジカが切れる様子は無く、彼女の潜在能力に薬学の教授は唯々驚いていた。
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「マニューエさん、少しいいかしら」
「はい、アンリ先生」
薬学の教授のアンリ=ウエイバーがマニューエ薬草を持って薬学実習室に入って来た時に、呼び止めた。申し訳なさそうに、アンリは彼女の伝え始めた。
「マニューエさん、夏休暇の間は、本当にありがとう。 お陰で学園で使う一年分のポーションの在庫が出来ました。 それでね、このまま、実習室を使ってもらおうと考えていたのだけれど、初等科の授業があって・・・貴女の錬成鍋を置く炉が無いの・・・ごめんね」
「いいんですよ。 では、もうポーションを作らくても宜しいのですね」
「ええ、そうなんだけど、実は貴女の作ったポーションの一部が、教会の人の目に留まってね、一度来てほしいと言われているの。 勉強中の学生ですからと、云ったのですが如何してもと、云われてね」
「・・・教会ですか・・・」
「学園も、教会と事を構えると何かと不都合が有るの。 一度行ってもらえないかな」
「・・・アンリ先生のお願いですから、判りました。今日にでも行ってみます」
「そう、助かるわ」
アンリはホッと胸を撫でおろす仕草をした。 教会関係者のエルフ族と付き合うには、それ相応のスキルを必要とする。元来他民族を見下し、自尊心の高いエルフ族。更に教会の権威を併せ持つ彼らの言葉には、かなりの強制力がある。頼みごとをされては、まず、嫌とは言えない。 万が一彼らの自尊心を損なえば、教会の組織力を持って、下手をすれば社会的地位も脅かされる。
出来るだけ穏便に事を終わらせるために、”彼らの要望をよく聞き実行する事”が、帝国内における暗黙の了解となっている。言外にその事をにおわせながら、アンリはマニューエにシステナ大聖堂に向かう事を頼んだ。
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制服のままマニューエはシステナ大聖堂にの大扉の前に立った。 礼拝堂の周辺には衛兵が歩哨に立って警備をしている。アンリから正面大扉に居る衛兵に来意を告げると良いと、聞いて来たので、その通りにした。
「帝国学院、マニューエ=ドゥ=ルーチェ、お呼び出しにより参じました。お取次ぎお願いします」
上から下までジロジロと舐めまわすように見た後、衛兵はそこで待つように言い、大聖堂に入っていった。衛兵は、”小娘が呼ばれたとは、思えないが、取り敢えず取次ぎをしておくか” 位の、傲岸不遜な面持ちだった。時間は昼少しまえ、晩夏の太陽が容赦なく彼女に陽光を送り付ける。 さえぎる庇すらない場所に待たされ続けた。
太陽が西に傾き、ようやく建物の日影がマニューエにも差し掛かる頃、先程の衛兵が戻って来た。怪訝な面持ちだった。
「聖堂の中に入り、奥の第三懺悔室に行くように」
「はい」
やっと陽炙りから逃れられると、足早に聖堂に入る。 中も豪華で広かった。 奥と云うことで、歩みを止めず、そのまま進んでいく。 聖壇の横辺りに幾つもの小部屋が見えた。 たぶんそこが懺悔室なのだろうと当たりを付け進む。 予測は当たり、懺悔室の前まで来た。 並ぶ小部屋の番号を確認して第三懺悔室に入る。人一人がやっと座れそうな狭い場所に、質素な椅子が置かれていた。 何もためらう事も無く、その椅子に座る。 横合いの小窓が開く
「懺悔なさい。神はお許しになります」
細く驕慢な女性の声が聞こえた。 その言葉を一切無視するように、マニューエは来意を伝える。
「帝国学院、マニューエ=ドゥ=ルーチェ、お呼び出しにより参じました。お取次ぎお願いします」
しかし、その女性はもう一度同じ事を言った。
「懺悔なさい。神はお許しになります」
困惑の表情を浮かべたマニューエは、立ち上がると、小部屋の扉を開け無言で外に出た。
「何をしているのです! 神に対して不敬不遜な行いは許しません! 神は貴女の懺悔を聞き、お許しになろうと広い御心でお待ちです。 貴女の行為は神に対する罪です!」
マニューエは落ち着いた声で、声のした方に向かって言葉を紡いだ。
「呼び出しに応じ参りました。 お話が無いのならば帰ります。ごきげんよう」
立ち去ろうとするマニューエ。 もう一度、自分が間違った部屋に入っていない事を確かめるために振り返った。 確かに第三懺悔室だった。反対側の扉が大きく開き、中からほっそりとした薄灰色のローブを着た女性が、金切声とも取れる声でマニューエを糾弾し始めた。
「懺悔なさい! 貴女は神に対して不遜に過ぎます。 跪き神に許しを請うのです!」
マジカの揺らめきを感じるマニューエ。 ”そっか、これが皆の言ってたエルフ族の聖職者なんだ”と、何故か納得した。口の中で「魔法反射」の「呪印」を結び、自分自身に固定発動させた。
「さぁ、神の力の前に跪くのです!」
相変わらず金切り声の、その女性は、マニューエを真正面から見据え魔法を発動した。服従の魔法だった。タケトからこの呪文に関しての予備知識を教えられていた。 ”この呪文を使う者に近づいてはならない。もし対面したら、無視を決め込みなさい。相手にするだけ無駄ですよぉ” マニューエはタケトの言葉が判らなかったが、今完全に理解した。そして、忠告通り無視を決めた。
踵を返し、聖堂を出て行こうとするマニューエに魔法が襲い掛かる。幾筋もの金線が彼女を縛り付けようと彼女を取り巻いた。 怒りに満ちたエルフの聖職者が魔法を放っていたのだった。その金線が彼女に到達したとき、逆転現象が起こった。彼女に襲い掛かった魔法が全てエルフの聖職者に返された。 普通の「魔法反射」であるならば、それで済んだのだが、マニューエの呪印は特別製だった。彼女の放った魔法が倍以上の強度で彼女を縛り付けた。
いきなり、何が起こったかの判らないエルフの聖職者。 まさか自分が目の前の少女に跪く結果になるとは思ってもみなかった。
憐みをたっぷりと含んだ視線をエルフの聖職者に送り、聖堂を出て行こうとしたマニューエに別の方から声が掛かった。
「失礼した! マニューエ=ドゥ=ルーチェ。 貴女を呼び出したのは私だ」
先程の聖職者とは違う、威厳に満ちた声だった。声のした方を見るマニューエ。 背の高い、女性エルフの聖職者が、純白の生地に金糸で縁飾りがされた聖職者のローブを纏って立っていた。
「本日、この聖堂を任されている、バヌアン=フラール大司教だ。 貴女にお尋ねしたい事が有ったのだ」
「・・・」
「すまぬ、この者は少し教条的でな。 許してやってくれ」
「・・・尋ねたい事とは?」
「直線的だな。 ああ、君があのポーションを作ったのか?」
「あのポーションと云いますのは、何でしょうか?」
「ああ、事情が分からんのだな。 少し話をしないか?」
「次の予定が有ります。 昼から大扉の前で先程まで待ちました。 質問は簡潔に願います」
「・・・済まぬ・・・手短に聴こう、学園の薬学備品から「マジカ回復薬」を譲り受けた。たいへん素晴らしい効能であった。 それを作ったのは学園の生徒だと聞いた。 それが本当なら、本人と話したいと思ったのだ」
「・・・この夏季休暇の間に作られた「マジカ回復薬」ならば私が作ったものに相違ございません。 これでお答えになりますでしょうか? すみませんが次の予定の時間が差し迫っております。 これにて失礼申し上げます」
「い、いや、まて、 今しばらく」
「無理です。 それでは、ごきげんよう」
マニューエはもう一度踵を返し、今度は本当に聖堂を出て行った。 彼女の後ろでマニューエの後姿を見送りつつ、軽く舌打ちをするバヌアン。 金色に輝く魔法で懺悔の姿勢を取ったままもがく、薄灰色のローブを纏った聖職者に、蔑んだ一瞥をくれると、彼女にしか聞こえない声で話しかけた。
「お前のせいで、取り込めなかったではないか、時間をかけて囲い込んだのにどうするつもりだ。 教皇様に何と報告すればよいのだ、馬鹿者め。 あれだけのモノ、そうは居らぬのだぞ」
暗く冷たくそう言い放つバヌアン。 その声を震えながら聞く薄灰色のローブの聖職者。 自分の不始末は、自分で如何にかしろと言いたげに、バヌアンは彼女をそのままに、自室に戻っていった。
教会を敵に回しそうな勢いですねぇ 大丈夫なんでしょうか?




