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揺れる金天秤:帝国領 第三幕 信頼 ハンネ、エリザベート、セシリア

ハンネ一家の懸案事項。 問題山積み。 前途多難。

 やっと時間が取れた、休日の昼下がり。 ハンネは母親であるエリザベート=ラーブ=アートランドに、学園舞踏会の準備について聞いた。今年は、母親も出席するという。四年ぶりの事だった。 彼の父親であるラマアーン第二王太子が出征してから、彼女は公式なパーティに出席していなかった。 今年、出席することを決めたのは、二つの事柄が有ったからだった。 


 一つは、ハンネの婚約者の為。 ハンネが将来を共にしたいと自分の意思を告げた相手、ピンガノ=エルフィンの体面を潰さないようにとの配慮だった。父親である、ラマアーンもきっと両手をあげて賛同するであろう。


 もう一つは、娘セシリアの為。 彼女は今年十一歳。 本来ならば社交界デビューしていなければならない年だった。事情があるとは言え、帝国学院入学までに、社交界デビューをしておかなければ、学園生活がつらい物になってしまう。 その配慮からだった。


「セシリアの護衛、まだ決まらないのですか?」

「そうなのよ。 お父様の部下だった人たちにお願いしているのだけれど。 セシリアは戦場の残滓とあの方達から立ち上る闘気が、かなり恐ろしいらしいの。 ・・・芳しくないわね」


 思案気に視線を伏せるエリザベート。 怖い思いをさせてまで、舞踏会に行くことに意義があるのかどうかと云う所まで考えてしまう。 もちろん、社交界デビューは貴族の子女にとっては重要な事柄だった。同じデビューさせるならば、もっとこじんまりとしたパーティの方が良かったのではないか、などと考えていた。


 悩めるエリザベートに、ハンネは一つ提案をした。


「私の護衛を割きましょうか?同じ第二軍とは言え守備隊ですので、恐ろし気な気配のするものはおりませんが」

「でも、守備隊の方々は、貴女とピンガノさんを護衛する予定でしょ? 割り込めないわ。 貴方たちの護衛はかなり大変だそうよ」


 エリザベートは漏れ聞く、ハンネの護衛計画に、眉をひそめている。 彼と彼の婚約者を護る為に、第二軍、帝都守備隊が全力を挙げてサポートする手はずになっている。 彼の交際範囲は、此処に来てかなり広がっている為、その対象の監視、警備、ルートの確保等、今でさえ人員が不足気味であった。 


「まぁ、婚約者ですからね。では、僕のほうからもゴードインによろしく言っておきます」

「あまり時間が無いので、おねがいするわ」

「わかりました母上」


 苦笑いを浮かべながらも、幸せそうなハンネをみて、エリザベートもまた幸せな気分がした。 後は、ラマアーンが此処にいて呉れればと祈らずにはおれなかった。


*************


 ハンネは、エリザベートとの約束を守るために、第二軍団詰所に、ゴードインを訪ねた。 詰所内の近衛魔法騎士団の指揮官室にゴードイン卿は難しい顔をして、執務を執り行っていった。ハンネに気が付き、顔をあげるゴードイン卿。


 にこやかに、協力を求めるハンネ。渋い顔のゴードイン卿


「ゴードイン卿、なるだけ早く決定してほしい」

「殿下、分っております。 わかっておりますが、適任者がおりませぬ」

「・・・やはりセシリアが怖がるのか」

「泣かれてしまっては・・・どうすることもできませぬ故」

「すまぬ、苦労を掛ける」


 苦笑いと共に頭を下げるハンネ。そんなハンネを”ご成長されたな”と、万感の思いを込めつつ、ゴードイン卿は、一つの希望を伝えた。


「いま、ダコタ伯爵と候補者を選定しておりますゆえ、近日中にはお伺いできるかと」

「いま、適任者はいないと言ったのにか?」

「第二軍の近衛騎士、および近衛魔法騎士の中にはおりませなんだ」

「では?」

「軍編成上、第二軍ではない方が一人・・・ お受け頂ければ、助かるのですが、色々と問題がありまして」


 この間、食堂でダコタ伯爵との会話を思い出しながら、ゴードイン卿はハンネに伝えた。問題は、マニューエとの約束事だった。また、ハンネにすらその事を伝えてはならないとも言われている為に、遠回しにしか物事を伝えられない。言葉を濁すゴードイン卿に、もどかしさを感じ、疑問を口にしたハンネ。


「問題の有る人物が護衛するのか?」

「問題は人品の事ではございません。 それは、高潔な方なのですが、正式に国軍で任官されているわけではないのです。 一時的に、・・・その・・・教育官として、採用されております」

「・・・よほどの腕前なのだろうな。 保証は誰がしているのだ?」

「一人は私」

「ゴードイン卿の知り合いか」

「はい、もう一人は、リュミエール第一王太子殿下でございます」


 マニューエが騎士団の施設を使用できるよう、リュミエールが取り計らった時、彼女の推薦文に署名をした事を思い出し、そういった。 それが、一番ハンネにとって納得できる理由だと思ったからだった。そして、それは、的中した。


「なに! 叔父上がか。 それでは疑う余地はないな」

「さようでございますが、何故高潔な上に頑固で、教育限定で任官されておりますゆえ、その他の任務には就けないとおっしゃられております」

「・・・なんとか説得するしかないか」

「そちらの方は、ダコタ伯爵が動かれております。 上手く行くとよいのですが」

「そうだな・・・邪魔をした。 よろしく頼む」

「ははっ」


 頭を下げながら、ゴードイン卿はダコタ伯爵の説得術に期待した。頑固で融通の利かない漢として有名だった、ラアマーン殿下をうまく説得してきた実績がある。 その手腕に願いを掛けていた。


 *************


 舞踏会もそろそろと云う時期に来て、ピンガノと最後の打ち合わせをする為に、彼女を伴い屋敷にハンネは帰って来た。 昼もかなり過ぎていた。 ピンガノのドレスの仮縫いに付き合っていた為に、そんな時間になってしまった。 執事が扉を開け、彼らが屋敷の玄関に入った途端、セシリアが赤く興奮した顔で飛び出してきた。


「お兄様、ピンガノお姉様!」


 飛び込んで来た妹に、ハンネは優しく問いかけた。 お姉様と呼ばれたピンガノも顔を赤くしつつ、同じように聞いた。


「どうした、セシリア。 そんなに慌てて」

「なにか、いい事があったのですか?」


 得意気にセシリアは二人に伝える。


「はい! 今日、私の護衛を務めてくださる方がお見えになりました! とても素敵な方でした!」


 ハンネはホッと胸をなでおろした。”説得は成功したな・・・よかった。 セシリアがここまで喜ぶのであれば、きっと頼もしい漢なのであろうな”そう、考え、心の中でゴードン卿に礼を言った。


「ピンガノお姉様もきっと御気に召すと思います」

「そんなに素敵な方だったの?セシリア様」

「ええ、ええ、それはもう、たいへん素敵な方でした。 舞踏会が待ち遠しいです!」


 しかし、とハンネは思う。


 ”興奮が過ぎるぞ・・・しかし、俺がこんなに忙しくなる前には、いなかったぞ。 いったい何時来たんだ?まぁ、リュミエール殿下の保証があるのだから、無茶な人物ではあるまいが・・・”


 彼の伯父である、第一王太子の保証があるという事が心強かった。その反面、その人物を自分で見たくもあった。 遅れて帰った事を多少後悔した。ピンガノがセシリアに優しく尋ねる。


「お名前は何というの、お聞きしましたか?」

「はい。 ルーチェ卿とおっしゃいます。 まだ、帝国に来てそんなに時間が経っていないんだそうです。 話し言葉や、礼節に奇異なところがあっても、許してほしいとおっしゃってました!」

「帝国の外側の人か・・・北の大陸オブリビオンで一緒に戦った人だろうな」

「わかりませんが、ダコタ伯爵様が母様に、ルーチェ卿ならば、背中を任せられるとおっしゃってました。ゴードイン卿も頷いておられました!」


 帝国兵も潤沢ではない。 特に実戦の経験が有る者が必要だった。 在野の強者も時として、臨時に兵団に加えられてきた。 冒険者や傭兵として生きて来た者達の事だった。 兵としてあの土地での戦いに赴く為には、相当の手練れでなくてはならない。 また、帝国近衛騎士団でもその名を知られている彼らに”背中を任せられる”と云わせる程の人物ならば、護衛としては、これ程心強い物は無かった。


「・・・それは、また。 歴戦の騎士だね。 よかったね、セシリア」

「はい、お兄様、お姉様!」



 ニコリと微笑むセシリアをみて、その漢に興味を覚えるハンネだった。


 *************


 打ち合わせも済み、ピンガノを彼女の屋敷に送り届けた後、ハンネはまだ起きているエリザベートに逢う事が出来た。 リビングルームのソファに優雅に腰を下ろし、寝る前のお茶を楽しんでいる彼女に、ハンネは言った。


「母上、護衛が決まったようですね」

「ええ、そうね。決まったわ。」

「ダコタ伯爵も、ゴードイン卿も高く評価されているようで、何よりです」


 会話の内容から、護衛がマニューエだと知らされていないと考え、その事は伝えず、自分の見た護衛としての彼女の評価をハンネに伝えた。 まさしく歴戦の騎士の風格を持っていたマニューエ。 どこまで鍛えたらあの域まで達するのだろうか。 数多の戦士や騎士を見て来た彼女をして、その評価を出さざるを得ない雰囲気をマニューエは持っていた。


「・・・そうね。 ルーチェ卿なら、セシリアの護衛を完璧にしてくれるわ。そう確信している」

「母上も、そうご覧になるのですか。 よほどの人物なのですね」

「ええ、そうね、その通りよ」


 得難い人物を紹介してくれたゴードイン卿とダコタ伯爵に、エリザベートは感謝していた。


問題解決 一人を除いてみんなハッピー

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