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揺れる金天秤:帝国領 第三幕 決意 ルル & アナトリー

 マニューエは、傍に居続けた。ルルが泣き止むのを待ちった。顔を両手で抑え。肩を震わせ続けるルル。そんな彼女を優しく見ながら、マニューエは待ち続けた。日が傾き、赤い夕陽が医務室を染上げる頃になって、ルルの肩の震えがやっと止まった。


「ルル様、・・・ルル様の御気持ちとてもありがたいです。 ルル様が気を御失いになっている間に、事務方の方に聞きました。 昨夜の、私の部屋からの帰り際、とても青い顔をしておいでになりましたね。 ごめんなさいね」

「なんで、マニューエが謝るの? 不甲斐ないのは自分だよ」

「ルル様。私は、私と親しくしてくれた方に、幸せになって欲しい。 悲しんだり、悔んだりして欲しくないの。欲張りでしょ、私って。 ルル様の嘆きの原因が自分だなんて、とっても悲しくて・・・」


 顔をあげ、真正面からマニューエを見詰め、精霊神に誓うようにルルは言った。


「・・・なんでも出来ることをする。 約束する」


 真剣な彼女の面持ちを見ながら、マニューエは考え込んだ。 なんでもするとは言うが、そんな気持ちだけで十分だった。しかし、彼女に”気にするな”とは言えなかった。 これ以上ルルに罪悪感を、感じさせるわけにはいかなかった。暫く考えた後、彼女はおもむろに口を開いた。


「そうですね。 ルル様、では、一つだけお願いがあります」

「なに?」

「舞踏会がどんなのだったか、お話してくださいね」

「う、うん。でもそれだけでいいの?」


 事務方から、舞踏会に招待されない事の意味は聞いた。 マニューエの帝国貴族社会での立場を粉砕すると云っても過言ではなかった。 そんな立場の人間に会う事がどんなに危険かも熟知している。 その事をそっと告げる。


「・・・そうそう、事務方のお話では、舞踏会の後、私の立ち位置がとても難しくなるとおっしゃっておられましたね。 ルル様、そんな私のところに、お話に来てもらえますの?」


 喰いつくように、ルルは言った。 此処でマニューエを見捨てるような事は彼女のプライドが許さなかった。 普段なら、自分から敢えて危地に飛び込むような真似をルルは絶対にしない。普通ならば距離置く。しかし、自分の不甲斐なさに対する、自分のプライドを掛けた言葉を紡ぎ出した。


「行く、絶対にいくから」


 彼女の決意を感じ、マニューエは困ったなと思った。ルルがしようとしている行動は、彼女の貴族社会の中での立ち位置を非常に難し”もの”にしてしまう事は明らかだった。それならば、彼女の行動の助けとなる”もの”を贈らなくてはと、マニューエは考えた。


「そうですか・・・では、ルル様に『いい物』を差し上げますね。 こないだみたいな一晩限りの物じゃなくて、ずっと使えるものをね」

「えっ?」


 ベッドに居て戸惑うルルを尻目に、マニューエは立ち上がる。 医務室に有った予備のシーツを一枚、拝借した。口の中で呪文を唱えると、シーツは青白く発光し、姿を変える。 純白のローブに変化した。 それを、隣の空いているベットの上に置くと、両手を広げ、「呪印」を呼び出した。 幾重にもの重なる様に浮かび上がる「呪印」 マニューエの指先が薄緑色に発光した。 「呪印」の方陣の間をせわしなく行き来する彼女の指先。 その度に方陣どうしが、緑色の細かい文字で出来ているラインで結ばれていく。 


 大きく、両手をあげ、振り下ろすマニューエ。 幾層にも描き出されていた「呪印」が一斉に重なり、ローブに落ち、定着した。 ローブの背中に、”魔技術製品マギクラフト「隠者の歩み」”が、完成した。ホッと一息つき、完成したローブをルルにさしだすマニューエ。


「はい、どうぞ。 学内はもとより、たぶん王城内も、これで人知れず入り放題。 ルル様専用の調整済み」

「・・・ありがとう・・・本当にありがとう」


 ローブを胸に抱き、涙を湛えた大きな目で、マニューエを見詰めるルル。その辺の材料ででっち上げたマニューエは少し申し訳なく思い、呟くように言った。


「材料は医務室の備品です。 見た目はかなり粗末ですね。 ごめんなさい」

「そんなことないよ。本当にうれしい。大事に使うね」


 マニューエが舞踏会に出席できない事には変わりは無いが、この友達が少しでも楽しく学園生活が送れるように、努力しようとあたらめて誓うルルだった。


 *************


「薔薇の部屋」で、アナトリーは、アルフレッドの相手をしていた。ハンネが婚約し、相手のピンガノと一緒に出席すると聞いていた。アナトリーも彼らの幸せをそうな顔をみて、満足していた 落ち着くべき人が、落ち着くべき人と上手く行っている事は、帝国の将来にとって良いことだと思っている。


 アルフレッドの話は、そこで終わらず、アナトリーに舞踏会で、ダンスの相手をしてほしいと頼んできた。周囲の令嬢たちが拍手をしながら、我が事のように喜んでいる。


「私がお相手で宜しいのでしょうか?」

「君しかいない。頼まれてくれないか?」

「喜んで、お相手させて頂きます。 でも、なぜ急にそんなお話を?」

「ハンネに言われたよ。 僕も自分自身を見つめなおした方が良いって」

「・・・光栄に思います」

「「帝国の牙剣」の御令嬢だ、私の方が相応しいかどうか」

「ほほほほほ、殿下は、ご冗談がお好きなのですね」


 アナトリーはアルフレッドの言葉を聞き、すこし慌てた。 ”彼からの好意は知ってはいるが、ハンネの言葉を借りたこの言葉は、それこそプロポーズではないか”と。 彼女の母親が心から望んでいる未来では有ったが、アナトリーは時期尚早だと思っている。


 帝国は未だ固まっていない。 今年の社交シーズンが正念場だと思ってもいた。 色々な人と会い、話を聞き、直面する危機に対して適切な行動をとらなければ為らないアルフレッド。 その彼が ”今” 口に出して良い話題ではない。 ”自分がしっかりとしなくては” と、彼女は思い、そして表情を引き締めた。


 差し当たり問題は、学園舞踏会での振舞である事は間違いなかった。 なんとしても乗り切らなければならないと、心に誓った。



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