揺れる金天秤:帝国領 第三幕 驚愕と懺悔 ルル
第三幕 開催です。 時間は少し巻き戻ります。
あらすじと、章立てレイアウト少し変更します。
また、別の機会にサブタイトルに若干の変更をしていきたいと思っております。 m ∵ m
ルルは、焦っていた。 マニューエと夜のお茶会をしている時に、彼女に帝国学院舞踏会の招待状が来ていない事が分かった。 翌日、学園内の舞踏会事務局に朝一番に直行し、事実関係を確認した。 開催日まであと二週間しかない。 その思いが彼女を急き立てている。
事務局に着き、近くに居た女性の事務官にそれとなく話を振る。
「小耳に挟んだのですが、今年の舞踏会は全生徒が出席しないそうなんですってね」
「・・・はい、そうです。 しかし、ほぼ全員が出席しますよ」
「ほぼって?」
「あの・・・言いにくいのですが、参加資格をお持ちでない方が一名いらっしゃいまして・・・」
「一名なんですの?」
とぼけながらも、情報を引き出そうとするルル。
「はい、今年は戦争からの帰還者の方々も参加されます。 また、帝室の方が二名在学中です。 上級貴族の方々から、会場の品位を保つために、爵位を持たれていなかい方、および、親族、保証人の方が爵位をお持ちでない方は参加資格を与えないようにとの通達がございまして・・・誠に残念ながら、全生徒の出席は出来なくなりました」
「そうなんですの・・・ありがとう、教えてくれて」
礼を言い、事務局を後にするルル。 自分のうかつさに腹が立っていた。噂話の方向を捻じ曲げる事に腐心していた間に、とんでもない通達が貴族側から出されていたのだ。 マニューエのみを標的にするような、それでいて心情的には全く違和感の無い理由付け。
此れが現実となると、学院舞踏会から後、マニューエの学院内、および、帝国貴族社会からの評価は徹底的に破壊される。 いくら自分一人が庇おうとしても、周囲の目がそれをさせてくれない。 彼女が完全に孤立してしまう。 誰からも相手にされない学園生活、そして、卒業後の生活。それ程の衝撃力を持っていた。
誰に相談すべきか昨日も悩んだ。 一晩考えても"答え”は出ない。 緊急に自分の父親を庇護者に加えるという事も出来たが、それを実行に移すには、余りにも時間が足りない。 審査だけでも一ヶ月はかかってしまう。
”二週間・・・二週間しかない”
絶望的な気分になった。 教室へ続く廊下、窓の外を見るルル。 中央の広場には舞踏会に備え、大きくボールルームが設置され始めていた。 本来なら楽しいはずの舞踏会。 今は苦しく、悲しく、遣る瀬無くその設置作業を見ていた。
「あの・・・ルル=トレオール様」
茫然と立ちすくむ彼女に先ほどの事務官が、ルルに声を掛けて来た。 手には分厚い紙束を持っていた。
「何でしょうか?」
努めて、冷静に聞くルル。
「私達、事務方は全ての生徒さん達に出席していただきたかった。 通達はあくまでも通達、しかし、規則上、貴族の方々の主張はなんら問題ではなく、むしろ、そちらの方が合致してしまいました。 推測ですが、ルル様は誰が招待状を受け取れなかったか、御存じなのではないでしょうか?」
「・・・マニューエ=ドゥ=ルーチェ様・・・」
細く消え入りそうな声で、そう答えるルル。 やはり知ってましたかと云うような眼で、彼女を見る事務官。
「教官の方々も、彼女の勉強に対する真摯な姿勢、および、優秀な成績などから、この決定に不服を申し立てた方もおいでに成りました。 しかし、上級貴族の方々を敵に回すことは、彼等にはできません。 ”学長権限でならば”と、学長様が上級貴族の方々に打診されましたが、反応はこの通りです」
差出された紙束。 それは、彼女の不参加を要請する署名がだった。正直、此処までするかとの思いもあった。 それにしても、自分は、こんな署名が出回っているとは知らない。 どういった経緯で、この署名が成されたのかもわからなかった。 事務官が混乱しているルルに手短に話した。
「学園のトップの方々には知られない様に集められて居たようです。 特に、ピンガノ様、ルル様、アナトリー様には、絶対に知られない様にと」
「何故?」
「理由は、『大事御三方に、学園舞踏会を前に御心乱すような不躾な署名を見せるわけにはいかない』だそうです」
「署名は誰が?」
「・・・筆頭は、ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢で御座いました。 伯爵家、男爵家、子爵家の御子息、ご令嬢には有無を言わさず、強引に署名を促された様子でした・・・」
「ほぼ、全生徒から集めたわけね」
「残念ながら」
「学長も、首肯するしかなかった・・・ですね」
「申し訳なく」
「マニューエには、伝えたの?」
「・・・事務方、誰もが言い出しにくく、時間ばかり経ってしまいました」
「彼女は知らないのね」
「・・・今年から入学されました、マニューエ様は、学園舞踏会について、御存じないかと・・・同じクラスの生徒たちすら、まともにお話していないとか。 ・・・すべては、上級貴族様達からの無言の圧力かと」
ルルは、此処に来て、目の前が真っ暗になった。 手の打ちようが無い。 学園側も最善を尽くしてくれたようだ。 力が抜けて、崩れ落ちるように倒れた。
”ルル様!ルル様! だれか! 医務官を!”
意識が失われる前に、事務官の悲痛な叫びを聞いた様な気がした。
*************
薄ぼんやりとした意識が戻った。 高く白い天井が目に映る。
”ここは、何処だろう?”
疑問に思うルル。 自分が医務室のベッドに寝かされている事に気が付いた。 次第に記憶が戻ってくる。 途端に涙が溢れだす。 絞り出すような声で、呟くようにルルは言った。
「ごめん、マニューエ。 私は無力だわ」
「そんな事無いよ?」
突然、応えられて、慌てて声のした方を見るルル。 ベッド脇にマニューエが居た。 リンゴを剥いていた。 にっこりと微笑みながら、マニューエは続ける。
「突然倒れられたってね。 お疲れになったの? ほぼ毎晩、私の部屋にいらっしゃるから、寝不足?」
「な、なんで、マニューエが此処に?」
「丁度、通りがかってね。 医務官の方と一緒に来たの。 そうしたら、事務方の方が、暫く一緒に居てくださいって」
「それだけで?」
「友達なんでしょ?」
溢れる涙は止めようが無かった。 こんなにも優しく、友達思いな人が何故そこまで嫌われているのか。 全く理解しがたい。 一緒に舞踏会に出て、踊って、食べて、飲んでみたかった。 楽しい時間が過ごせるに違いなかった。 一気に周囲を巻き込んで、マニューエの寂しい学園生活を楽しい物に変えたかった。
全ては、自分の状況確認が甘かった事が原因。
ルルはそう結論付けた。 もう、間に合わない。 どれだけ謝罪してもし足りない。
「リンゴ、食べられます? 剥いたんだけど。 これ、兄弟子様が送ってくださったの。 大事に保管されていたそうなのよ。 美味しいと思うんだけど」
泣き止まないルルに優しくそう語り掛けるマニューエ。 ルルは思う、”マニューエはいつもそう。 まず、他人を思いやる。 自分はどんな扱いを受けようとも、一切気にしない。 強いよ、本当にお強い”
差出されたリンゴを頷きながら受け取る。
”甘くて、酸味が有って、切なくて、本当に美味しい”
彼女の目から零れ落ちる涙は、止まる気配すらなかった。
舞踏会決闘事件 ”仮面の騎士現る”周囲から見た情景から始まります。




