断章 魔王私邸
お師匠さん:
北の大陸は、やはり体に悪いです。 出来るだけ早く戻るつもりです。
マニューエにもそう伝えてください
--- ポーター
タケトは、北の大陸、中央平原西側の街道を南下していた。 街道の周りには、細々と伸びたつる草が規則正しく並んでいた。 魔人族達の主食が植わっている。 近くに村が有るのだろう。 トコトコと歩みを進めるタケト。 街道に大きく遮断機が下りていた。 衛兵らしい甲冑に身を固めた魔人族の男がタケトを呼び止めた。
「おい、街道は通行止めだ。 通達が出ている。 妖気が濃密な為だ、『妖気暴走』するぞ。迂回しろ」
タケトは変化により、外見を魔人族の市民と同じにしているので、衛兵の言葉は、そのまま同族に対するものだった。 タケトは懐から一通の書状を取り出し、衛兵に渡した。
「魔人大神官様より、特異点に「吸魔の柱」を建てるように仰せつかりました。 どうぞ、領主様、神官様にお取次ぎください」
衛兵はタケトから渡された、書状の封印が確かに魔人神殿のものと確認してから、応えた。
「そこで待ってもらえるだろうか、大至急お呼びする。 副王様へ何度も陳情を出していたが、まさか本領から来るとは思っていなかった。 すまないが、彼方に詰所があるので、其処で待っていてくれ。 早馬を出すので、そう時間はかからないと思う」
タケトは、頷くと衛兵が指さした詰所に向かった。
”最初の一本目。 周りが、どんな具合だか見てみないとなぁ”
口に出さず、辺りの様子を伺う。彼の運搬袋の中には、二十本のマーグリフ特製の「吸魔の柱」が入っている。魔王と交わしたバーター取引だった。
話は二週間前に戻る。
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魔王の館で、魔王エクラ=ベルトールがバルコニーの円卓に座って、タケトの話を聞いていた。傍には今月の近習当番のマーグリフ=ラルディオ=ランセ侯爵が、面白そうな顔をして、座っていた。
「つまり、ポーターは魔人族領域を歩き回りたいので、許可が欲しいんだな」
「ええ、単純に言うと、そうなんですよ。 人族の男の消息を調べなきゃなりませんので」
「場所が場所だな」
「やっぱり」
「落ち着いて来たとはいえ、中央平原の南側は戦闘地帯だ。 人族のお前が歩き回れる場所ではない」
「重々承知しております。なにも、この姿で行くとは言いませんよ。それこそ自殺行為です。出来る限りの”変化”をして、魔人族風にしてから行きますが・・・」
「それでも、一般人が入れる場所に目当ての男が居る事はないだろうな」
「ええ、それで、副王様に一筆書いて欲しいなぁ と、思いまして・・・」
「・・・エリは忙しいぞ、そう簡単に捕まらん」
思案気に腕を組む魔王。マーグリフが其処に口を出してきた。
「陛下、追っかけると、なかなか逢えない副王様ですけど、興味が有ればあっちから出向いてきますよぉ?」
「ん?どういう意味だ? こいつに”変化”無しで歩き回れと?」
「違いますよ、そんなことしたら、ポーター君、一週間しないうちに畑の肥やしになりますよぉ。 ほら、こないだ出来た「吸魔の柱」 試すいい機会じゃないんですか?」
「・・・あれは・・・まぁ、そうだな。 おい、どのくらいの大きさのものが運べるんだ、お前ひとりで?」
「まぁ、運搬袋の口の大きさに合えば、ほぼ無制限に」
「重量は?」
「それも、同じ。ただ、出してしまってからは、自分一人で動させる”モノ”には限度が有りますが」
「・・・そうだな。 なら、大丈夫か・・・」
何かを考える様子の魔王。 タケトの背中がゾワゾワとし始めた。
”これは、何か途轍もなく厄介な事を頼まれるな”
そんな気がした。
「マーグリフ、魔人大神官を呼んでくれ。 此処に来てもらおう」
「はい、陛下。 それじゃぁ 呼んできますね」
彼女は、立ち上がり、一礼をしてから席を離れる。 近習当番の時は、至ってまともな彼女は、魔王が言うがままに魔王の命令を伝えに行った。 二人きりになったタケトと魔王。 魔王の目がキラリと光る。
「エリには、なんと書けばいい?」
「出来れば、”この男の言う事を聞け”くらに書いて頂けると・・・」
「それは無理だ。 いくら私の”大切”な人族とはいえ、それは、余りに個人的すぎる関係だ。エリには通じんよ」
「ですよねぇ・・・どうしましょうか・・・」
「・・・そういえば、エリが個人的に欲しがっていた『魔眼石』が、手に入ったな、あれをダシに使うか・・・」
「そ、それは、また”ヤバイ”ものを・・・」
「魔人族の副王なのだ、要るだろう?」
「・・・相手を魅了し服従させる石ですよ、そんなものなくったて・・・」
「あははは、魔人族の中には強硬な奴らもいるんだよ。 知ってると思うけどね」
「・・・そんなに”ヤバイ”のが中央平原に、居るのか・・・」
「どこだっているさ、今はおとなしいがな」
サバサバと言うが、その強硬派が集まると、”人族領域への侵攻”なんて話にも繋がる。今の北の大陸は、そんな余裕があるわけが無いのだが、無いがゆえに無茶をしたがる者もいる。言外にそういった意味を含ませた魔王の言葉に、タケトは考え込んだ。
「”妖気暴走”が、頻繁に起きているんですか?」
タケトが北の大陸を歩き回るのを躊躇する『懸念』の一つがそれだった。 ここ北の大陸は、大地から妖気が湧き上がっている。止めようは無い。魔人族はその妖気に耐性を持つが、余りに多くの妖気を受けると、体内のマジカが変質し始め、魔人から魔物に変化する。 これを「妖気暴走」と呼んで、この地に住む人々が怖がっている現象だった。
静かに魔王が続ける。
「私の支配地域はそうでもない。私が居るからな。 東部辺境王達の領地と、エリの領地は深刻だ。 なにせまともな収集線が構築できていない。 一番深刻なのがエリの居る『中央平原』だな。 お前が歩き回りたいと言っている地域だ。エリの所にも何か所もの『特異点』の発生が報告されている。 人族との戦闘で、エリがまともに活動できていないから、状況は悪化するばかりだ。手助けをしようにも、竜骨山脈が邪魔をして、収集線が引けない」
魔王の言う「収集線」とは、周辺の妖気を文字通り収集する「吸魔の柱」と、吸った妖気を搬送する管で構成されている。 魔王の一番の仕事である、妖気を吸収する事に欠かせない社会資本だった。
「・・・なぁタケト、助けて呉れないか?」
「はぁ」
「これ以上エリに負担を掛けたくない。・・・マーグリフが、面白い物を作ってな。搬送管無しで吸収した妖気を”うち”の巨大魂石に飛ばす事が出来る「吸魔の柱」を作ったんだ。其れをな、エリの領地の特異点においてもらえんかなぁ」
「先ほど言って居られた”もの”ですか」
「そう。 詳細は、魔人大神官と、マーグリフが戻ったら、教えよう」
「・・・嫌な予感がしてたんだ」
「そうか?一石二鳥だぞ うふふふふ」
面白そうに魔王が笑い声をあげた。ほうっと大きなため息をつくタケト。 魔王に何らかの便宜を図ってもらう為には、必ずと言っていいほど、バーター取引を持ち掛けられる。
”まぁ、魔王様だしねぇ”
溜息をつきつつ、そう無理矢理に自分を納得させようと、タケトは努力した。 バルコニーから、回廊に続く扉方が騒がしくなってきた。 マーグリフがお目当ての人物を連れて来たのだろう。 タケトは姿勢を正し到着を待った。
断章 北の大陸での、お仕事です。




